第十一話「冬の首都」Ⅰ 光の都へ
作中の「BOXパッド」は二〇リの商品で、和製英語なので海外では恐らく通じないし、欧米人にもそれほど普及していないと思いますが、来客が多いときはあると便利だろうなと思い、取り入れました。
初冬のある日、エドウィンとマリルーはコーヒーショップ“ルビー”を訪れた。
「いらっしゃいませー!」
メイがいつもの笑顔で出迎え、二人はカウンター席に座るとコーヒーを注文した。
「大学、冬休みに入ったの?」
コーヒーメーカーを作動させながら、メイが尋ねる。今日は平日で二人は大学に行っている時間だった。
「ええ。それでメイ、あなたに話があって来たの」
「話?」
「今年のクリスマスは私とエド、おじいちゃんで首都に行って両親と一緒に過ごそうと思っているの」
去年は母がハーバータウンにいたため、テレビ通話で単身赴任している父と繋がりながら自宅で過ごしたのだが、今年は母も首都の父の許にいるため、そちらに行こうという話になったのだ。
「家族皆でクリスマスを過ごせるなんて素敵ね!」
寂しさを隠して、メイが笑顔を作る。去年までは施設で職員、仲間の孤児たちとともにクリスマスを過ごしていたが、施設を出た身ではそれもできない。今年から一人だと思うと、メイの胸は孤独に張り裂けそうだった。だがマリルーの口から続けて出た言葉にメイはは驚くことになる。
「それで……あなたも一緒に来ない?」
「え……」
「数日間、お店を休むことになってしまうけど……」
マリルーはメイに気遣いに満ちた目を向けた。
「どうかな、って」
「ルー……」
思わぬ提案にメイの胸が感激でいっぱいになる。
「え、ええ! もちろん、喜んで!」
「よかった! それならイブの前日に迎えに来るわね!」
目端に涙を滲ませ、笑顔で答えたメイにマリルーが言い、エドウィンは二人を微笑みながら見守った。
*
クリスマス・イブ前日の午後。双子とモーガン、メイはエドウィンの車でレジェリアの首都リーガル・シティへと出発した。運転席にエドウィン、助手席にモーガン、後部座席にマリルーとメイが座り、休憩を挟みながら数時間の道のりを走って一行はついにリーガル・シティに到着する。
閑静な郊外の街並みの中に、双子の父が勤務する巨大な建造物、セントラル軍メディカル・センターが見えてきた。
「確か父のマンションは軍病院の傍にあるグレージュ色の建物だった」
春休みに母の引っ越しを手伝った時のことを思い出しながら、エドウィンが呟く。病院に近づくにつれ、両親の住む軍借り上げのマンションも見えてきた。
マンションの前の道は車内にゲスト用パーミットが下げられた車が既にずらりと駐車している。
「満車ね」
「父さんの言った通り、クリスマスのこの時期に来客用スペースが空いているはずもない。道路の空いている場所を探そう」
マリルーの呟きにエドウィンが答え、近辺を探し回った結果、マンションから2ブロック離れた場所に漸く路駐することができた。車を停めるとダッシュボードから母の手紙に同封されていたプラスチック製のタグを取り出してバックミラーに引っ掛ける。
「これで合法的に路駐できる。さあ、降りよう」
そして……双子とモーガン、メイの四人は、雪が舞い始めた冬の冷たい空気の中、首都へと降り立った。
父母の部屋はマンション中層階にあり、事前に来訪を知らされていた四人を母アルマが出迎えた。華やかなクリスマスリースが掛かったドアが開いた途端、焼き菓子の良い香りがふわり、と漂う。
「皆よく来たわね。メイも」
「お世話になります」
メイの丁寧な挨拶に微笑み返し、一人ずつ順番にハグすると、ストロベリーブロンドのミディアムウェーブヘアを白いシュシュで纏め、シンプルなグレーのニット、黒のダウンパンツ姿のアルマが四人を中へと招き入れた。四十代半ばの彼女であるが、実際の年齢よりも若く美しく見える。
「トムは仕事で今はいないの。まずは部屋を案内するわね」
そう言ってアルマが奥へと歩き出す。ヌードツリーが端に置かれた広いリビングに入ったとき、
「ルーとメイはリビングで寝起きしてもらえるかしら? 父さんとエドはトムの書斎で」
と皆を振り返り、言った。
「むう……儂とエドがリビングで寝ようか?」
「え!? そんな、いいですよ、私、リビングで!」
モーガンがアルマの言葉に眉を顰めて申し出たものの、メイが慌てて否定して、男性二人は書斎、女性二人はリビングに寝泊まりすることになった。
「父さんとエドはこっちよ」
アルマが二人を夫の書斎へと案内する。書斎は窓辺にデスク、壁面に本棚があるだけで、十分にスペースがあった。
「寝るときはエアベッドを用意するわ。さあ、荷物を置いたらリビングに戻りましょう。」
アルマが言い、三人はマリルーとメイが待つリビングに戻った。
「私とトムは寝室のバスルームがあるから、父さんたちは廊下のバスルームを使って? 朝はちょっと混むかもしれないけれど……」
「構わんよ」
アルマの言葉にモーガンが頷く。
「今、お茶を淹れるわね」
「あ、私、手伝います!」
メイの申し出にアルマは微笑み、キッチンへと足を向けた。
お茶とシフォンケーキをいただきながら、アルマが口を開いた。
「メイ、ルビーはどう? 上手くいってる?」
「は……はい! ヴェリディア大学の学園祭に出店したのをきっかけに販路が増えて、前よりも……」
「まあ! よかったわ」
アルマが嬉しそうに笑う。
「あ。そう言えば母さん、首都で焼き菓子の個人販売をしているのよね?」
そのときマリルーがふと思い出して、言った。
「ええ。今日もあなたたちが来る前、たくさんのジンジャーブレッドクッキーを焼いて配達してきたところよ。SNSを見たの?」
「ううん。この前、家に首都の友達が遊びに来たんだけど、母さんの焼き菓子を手土産にくれて、それで知ったの」
「友達? 首都に友達がいるの?」
アルマが驚いて眉を上げた。
「まさかマッチングアプリで……?」
首都の人間は当然のように首都の大学に行く。遠く離れたヴェリディア大学に行くわけもなく、日常の生活で接点のない娘が知り合うとしたら、とアルマの頭に浮かんだのだが。
「あ、違うよ、母さん。春休みにルーと首都を観光していて、トラブルに巻き込まれそうになっているのを助けたのがきっかけで友達になったんだ」
「まあ……そうだったの。ハーバータウンに遊びに来るほど仲良くなれてよかったわね」
エドウィンが説明すると、アルマはほっと胸を撫で下ろした。
「……さて。今日の予定だけど。ティータイムが終わったら部屋とツリーの飾りつけを手伝って? それが終わったら夕食の準備。トムが帰って来る前に」
アルマは皆を見渡して、言った。
ツリーの下には既に父母が用意したゲスト四人分のプレゼントが置かれていた。ティータイムの後、エドウィンたちも持参したプレゼントを荷物から出して置き、飾りつけに取り掛かる。
様々なガーランドやオーナメントを飾り終えて、次は夕食の準備を手伝おうとしたのだが、
「こんなに大勢キッチンに立てないから、そうね……父さんはいいわ。エドも運転してきて疲れているでしょうから、休んでいて。ルー、メイ、手伝ってくれる?」
とアルマがマリルーとメイを指名し、モーガンとエドウィンはありがたく休ませてもらうことにした。
その日の献立はシチューにパンにサラダ、そして鶏肉と冬野菜のキャセロールだった。まずはキャセロールの下準備に取り掛かり、オーブンで焼く間にシチューを、シチューを煮込む間にサラダを作った。
夕食の用意ができた頃、双子の父・トーマスが帰宅してきた。
「「父さん!」」
「おお。久しぶりだ。よく来たね」
玄関まで出迎え駆け寄った双子を久々に再会した父トーマスが片腕で一人ずつ同時に抱き締める。
抱擁を解いた後、廊下の先にモーガンとメイが立っているのを見て、にこやかに微笑み近づいた。
「お義父さん、よく来てくれました。メイも」
「おじさま。お招きありがとうございます」
モーガンが頷き、メイがお礼を言うとリビングからアルマが顔を出した。
「あなた、お帰りなさい。夕食にしましょう」
彼女の言葉を合図に皆が夕餉の席に着いた。父トーマスは双子と同じアッシュブラウンの髪と双眸の、軍医らしい厳格な雰囲気の男性であるが、家族が揃った今は見るからに幸福そうに見えた。
「エド。自分の車を持った気分はどうだね?」
穏やかに息子に尋ねると、エドウィンも微笑み返した。
「最高だよ」
「今日もエドの車で来たのだが、車が多くてマンションから2ブロック離れた場所にやっと駐車できたぞ」
モーガンの言葉にトーマスが申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。今の時期はマンションの住人の家族が一斉にやってくるもので……」
そして更に、言いにくそうに続けた。
「実は……明日のイブは夜勤なのです。25日は休みをもらえたのですが……」
「夜勤だと?」
「仕方ないわ」
モーガンが片眉を跳ね上げるが、アルマがすかさずフォローした。
「父さん。リーガル・シティのような大都市は田舎のようにホリデーをずっと家族と過ごすわけではないの。イブは友人や近所の人を招いてカジュアルなホームパーティーを開く家庭も多いし、同僚や趣味の仲間、帰省しない独身者で集まる人たちもいるわ」
「そうだったか……」
「トムが夜勤だから、私たちも友達が経営するカフェのパーティーに参加しようと思っていたのだけど……」
「「友達?」」
昼間、双子が首都に友達がいるのを聞いてアルマが驚いたように、彼らも母に友達がいることに驚く。母は人当たりが良く社交的ではあるが、知らない土地で積極的に新しい友達を作ろうとするタイプではなかった。子供たちの疑問を感じ取ったのか、
「大学時代の友達よ。父さんは会ったことがあるわ。パメラとサリーを覚えてる?」
とアルマがさらりと説明する。
「……ああ。何度か家に遊びに来たことがあったな」
「サリーさん?」
モーガンが記憶を辿る傍ら、今度はメイが驚いて言った。
「メイ、知っているの?」
「夏のフードフェスを運営していたイベント会社の人の中に同じ名前の人がいて、とても親身に相談に乗ってくれたの」
メイのマリルーの問いへの答えにアルマは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そう、そのサリーよ。今年はハーバータウンのフードフェスを担当するっていうから、頼んでおいたの」
「そうだったんですね……また会えるなんて、嬉しいです」
「ほほう、それは楽しみだのう」
翌日のカフェ・パーティーで懐かしい顔に会えることを知って、食卓が一層、暖かい雰囲気になる。
美味しい家庭料理と楽しい会話で満たされた、和やかな団欒のときがゆっくりと過ぎて行った……
就寝時間になって、アルマはリビングに壁付けで置いてある、アームレストのない2mのソファの座面を引き、背もたれを倒してベッドにし、空いているスペースにエアベッドを膨らませた。
「ルー、あなたはソファベッド、メイはエアベッドを使ってちょうだい」
「わかったわ」
「ありがとうございます」
アルマは二人に枕とBOXパッド、掛け布団を用意すると、次は書斎で父と息子のエアベッドを二つ膨らませる。
そして皆、それぞれの場所で眠りに就いた。
*
翌朝。
「エド。昨夜はベッドに入ってからも随分とスマホを弄っていたようだったが……」
洗面所で鉢合わせて、エドウィンが歯を磨き終えるのを待つ間、モーガンはふと気になって聞いてみた。彼がスマホゲームやSNSをやらないことは知っていたので、不思議に思ったのだ。
「……ああ、ほら。ユリウスさんだよ。首都にいる間、一度くらい会えないかな、って……」
エドウィンは今のような場面で嘘を吐くのはリスクだとわかっていたため、うがいをしてから努めて淡々と答えた。ユリウスと恋人になってからひと月しか経っておらず、まだ互いの家族に二人の関係を話せる段階ではなかったとしても、下手に誤魔化すことなく、ただ全部は話さない、それで良いと思った。
「おお、そうか。彼は首都にいるのだったな」
モーガンは納得してそれ以上の詮索はしなかった。
夜のカフェ・パーティーは持ち寄りのため、その日は午前中に食材の買い出しに行き、昼食後にトーマス以外の五人で一品ずつ料理を作ることになった。
エドウィンは根菜ローストの和えもの、モーガンはフルーツ缶のヨーグルト和えを作ることにし、アルマはダイニングテーブルにカッティングボードなど予備の調理器具を用意して、彼らにはそこで作業してもらうことにした。
少し手の込んだものを作る予定の女性陣はキッチンで調理に取り掛かる。
「ハンドチョッパーで手間を減らして、オーブンは準備ができた人から使って」
アルマがきびきびと言い、皆が黙々と手を動かした。
「料理の合間にどうぞ。昨日の配達分の残りなの」
料理を煮込む間、アルマがパントリーからジンジャーブレッドクッキーを持って来て皆に配る。クッキーからは香ばしいスパイスの香りがした。
「アルマさん、この香りは……?」
「ジンジャーとシナモン、それにほんの少しのカルダモンとオレンジピールよ。入れると香りが引き締まるのよね」
「とても良い香りです」
「ありがと。……そう言えば去年、ヴェリディア市が企画したお菓子作り講座の講師を数か月していたのだけど、このクッキーを差し入れしたら、受講生の一人に『ぜひ香りの配合を教えて下さい!』って熱心に言われて教えたことがあったわ。確かエドとルーと同じヴェリディア大学の学生で就活中だったのよね、彼女。講座が終了して接点もなくなってしまったけれど……今、どこでどうしているのかしら……あの真剣さなら、きっとまだお菓子に関わっていると思うけれど」
「去年、就活生だった方ですか?」
「ええ。……あ、そろそろ焼けたみたいよ?」
「あ」
メイはオーブンを開けてミートローフを取り出しながら、アルマの講座の受講生のようにクッキーの香りの配合を教えてもらおうと思った。
その日の午後、時間に十分な余裕を持って、アルマのロールキャベツのトマト煮とマリルーのほうれん草とベーコンのキッシュも無事に完成し、五人は出掛ける時間まで暫し休憩したのだった。
(Ⅱに続く)




