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双子の大学生、事件も恋も解決します  作者: 如月 紬


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第十話「ハーバータウンの週末」後編

「誰か触りました?」

 足元に大きなカメラバッグを置いた男性が眉を顰めて少し大きな声で言い、周囲の人々を見回す。放っておけずにエドウィンたちが事情を聞くと、確かにさっきまで壁際にあったはずのバッグが、気づいたら彼の足元に寄せられていて、ファスナーも半分開いていたのだという。

「バッグが独りでに動くわけがない」

 男性に疑いの目を向けられ、周囲の撮影者たちは困惑した様子で顔を見合わせた。

「誰かが盗もうとしたと疑っているの?」

「この辺、観光客多いしな」

 ざわつく空気の中、エドウィンは無言で地面を見た。

 ――バッグの元の位置と、今の位置。その間に、溝の浅い自転車のタイヤ痕が残っている。

「……自転車が、通りましたね」

 エドウィンの言葉に男がきょとんとする。

「誰かが自転車で道路の真ん中を突っ切ろうとしたところ、カメラを構えている人たちがいるのを見て、望まれずに映り込むのを恐れ、敢えて端を通ることにした。だがあなたと壁際に置いたバッグが道を塞いでいたから、一度自転車を降りてバッグをあなたの足元に移動して通り抜けた。」

「誰か、見た人いますか?」

 マリルーが集まっていた人たちに声を掛けると。

「さっき、自転車押してた若い子が『すみません』って言いながら通って行ったよ」

 という証言を得た。

「それだ」

 エドウィンが頷く。クラリッサはカメラを抱えた男性の方を見て、少しだけ笑った。

「きっと、夢中だったんですよね。ここの景色、素敵ですもの」

「ファスナーが開いていたというなら、中を確認してみたらどうだ?」

「それもそうだな」

 兄妹の言葉に男性は一瞬気まずそうにしてから言い、バッグの中を確認した結果、何もなくなってはいなかった。

「ファスナーは俺が閉め忘れたのかも」

 頭を掻きながら言う男性に、人々は安堵して散って行った。



 その後、四人が埠頭を散策してからベネット家に帰ると、モーガンが笑顔で彼らの帰りを待っていた。

「ユリウス殿のくれたぶどうジュースを冷やしてあるから、クララさんのクッキーとともに皆でいただこう」

 “おやつの時間”は過ぎていたが、まだ午後遅くはなかったため、モーガンの提案でティータイムを楽しむことにした。

「ぶどうジュース、自然な甘さで美味しい」

「んー、この芳醇なぶどうの香り!」

「このミックスナッツクッキーの香ばしさは格別だ」

「おば様のクッキー、とても美味しいわ」

「新鮮なフルーツジュースと娘の手作りクッキー、生きててよかったわい」

 双子、兄妹、祖父が口々に感想を言い合う。

 皆が菓子を粗方平らげたとき、モーガンが口を開いた。

「おお、忘れるところだった。エド、先ほど送ってくれた写真だが、保安官のジェフリーに伝えておいたぞ。警察と協力して印のついた家に注意喚起をし、巡回でも立ち寄るようにしたそうだ」

「よかった。それなら安心だね」

 エドウィンは胸を撫で下ろした。



 その夜。ベネット家の食卓にはモーガンと双子が腕を振るった料理が並んだ。

 豚肉とりんごのオーブン焼き、かぼちゃのポタージュ、温かいロールパン、葉物野菜に薄切りのりんごとナッツ少々を載せ軽くドレッシングをかけたサラダにレモンスライスの入ったスパークリングウォーター。

 ダイニングはセントラルヒーティングで十分に暖かかったが、その日リビングの暖炉には客人のために小さく火が灯されていた。

「ユリウス殿、あなたのような都会の紳士には口に合わんかもしれんが、遠慮なく食べてくれ」

「とんでもない。このような温かい家庭料理が一番の贅沢です」

 ユリウスはモーガンに嘘偽りのない気持ちを込めて答えた。

 食事中、話題はエドウィンの幼少期のエピソードや、ハーバータウンの歴史などに及び、和やかな時間が流れる。

 エドウィンの胸に、住む世界の違う彼らが自分の家で祖父や妹と作った素朴な料理を食べる光景に愛おしさと幸福感が込み上げた。

 ――こんな時間が続けばいいのに。

 つい、そう考えてしまう。

「良い街だろう? ハーバータウンは」

「ええ、とても」

「素敵な街ですね」

 モーガンの言葉に兄妹が口を揃えて答える。

「おじいちゃん、ちょっと圧が強いわよ?」

 マリルーが茶目っ気たっぷりに指摘した。彼女の言葉にさざめくような笑いが起こり、ディナーはより盛り上がった。



 夕食を終えて。

「どれもとても美味しかったです」

 ユリウスが感想を述べる横でクラリッサも同意するように微笑むと、モーガンは嬉しそうに笑い、そしてハタと思い出した。

「おお、そう言えば昼間にアップルクランブルを作っておいたんだ」

「それなら俺、バニラアイスを用意するよ」

「私も手伝うわ」

 デザートを用意しようと席を立った祖父を双子が追いかけた。



 デザートを食べた後に皆で食器を片付け、各自部屋に戻ろうとしたとき、

「一杯どうだ?」

 モーガンがユリウスに声をかけた。ユリウスが足を止めると傍で『先に部屋に戻るわ』とクラリッサが小さく言い、双子とともにダイニングを後にする。

「喜んで。ご相伴にあずかります」

「孫が夏にくれたプラムの酒がある。甘いが、よければ少し。それともビールがいいか?」

「プラム酒で」

 ユリウスの答えにモーガンは頷き、キッチンからプラムリキュールの瓶と氷を入れたウィスキーグラスを2つ持って戻ってきて、二人はソファの角を挟むように斜めに腰を下ろした。暖炉の火は彼らの視界の端で、静かに揺れている。

 モーガンはグラスに琥珀色の酒を少なめに注いで一つをユリウスの前に置き、一つは自身の手に持ってゆったりとソファに凭れかかった。ユリウスはソファに浅く腰掛けたまま、グラスを持ち上げ、一口飲んだ。

「……良い酒ですね。甘みの中に、芯の通った酸味がある」

 ユリウス自身が経営するホテルがあるリゾートの名産品の酒。当然口にしたことはあったが、そんな野暮なことは言わない。

「……ハーバータウンまで遠かっただろう」

「遠いことは遠いですが、車なら数時間ですから」

「はは、そうかの」

 モーガンが笑い、グラスに口を付けた。

「仕事は忙しいのか?」

「季節によって差がありますね」

「どんな仕事を?」

「まあ、色々と。オフィスで事務仕事をすることもあれば、現場に出向くこともあります」

「なるほど。ところで……あの子たちとなぜ友達に?」

 それはもっともな疑問だった。学生と社会人、年齢差もあり、趣味が同じとも聞いていない。

「春に彼らが首都に来たとき……私がチンピラに絡まれていたところをエドに助けてもらったのがきっかけです」

「ほう?」

 モーガンが意外そうにユリウスを見た。

「そんなことがあったとは……」

「それ以来、彼らが私の助力を必要としたときは協力させてもらっています」

「そうだったか……」

 モーガンは納得がいったように頷き、目を細めてグラスを揺らした。

「エドは自分の足で歩くことを覚えたばかりの仔馬のようなものだ。ようやく自分の車を手に入れ、世界を広げようとしておる」

 モーガンが温かい眼差しをユリウスに向ける。

「あなたのような完成された大人の目に、今のあやつはどう映っているのかね?」

 ユリウスは逃げることなく、その視線を真っ直ぐに受け止めた。

「……彼はとても、眩しいです。彼の持つ誠実さと、強さ……私は『完成された大人』かもしれませんが、彼はこれからもっと輝くでしょう」

 神聖なものでも語るかのようなユリウスの口ぶり、そして……

 ――単に将来が楽しみだと思う若者に向ける目ではない。

 彼の眼差しにもモーガンは少々違和感を抱くが。

「……そうか」

 数秒の沈黙を置いた後、短く言って笑った。

「改めて、ユリウス殿。遠いところを来てくれてありがとう」

「いえ、いい機会でした。妹も喜んでいますし……」

「それはよかった」

 モーガンは自分のグラスを、ユリウスのグラスに軽く合わせた。カチン、と小さな音が響く。それはモーガンがユリウスを家族の輪の中に招き入れた合図だった。

 その後は言葉少なに酒を飲みながら過ごしていたが、ふとモーガンが壁掛け時計を見てグラスを置き、立ち上がった。

「もういい時間だ。暖炉の火を落とすか」

 彼のその言葉で二人の静かな飲み会はお開きになった。


 *


 翌日、日曜日の午後にマリルーとクラリッサをパン作り教室のためにルビーで降ろすと、エドウィンはユリウスを乗せて車を走らせた。

「どこへ?」

「街の象徴である灯台へ」

 ユリウスが聞くとエドウィンは答えた。

 海沿いの道を東へと走ると、やがて青空を背景に、岬に立つ白い灯台が見えてきた。エドウィンが岬の近くの平地に車を停める。

「少し、歩きませんか」

「ああ」

 車から降りた二人の髪とコートを強い潮風がはためかせた。灯台に向かって歩きながら、エドウィンが口を開く。

「……ここ、祖父が若い頃に祖母にプロポーズした思い出の場所なんです」

「そうなのか?」

「ええ。……この街のあちこちに、俺や家族の思い出の場所があります」

 エドウィンは一度言葉を切った。

「……何というか……ハーバータウンは、俺の一部です」

 会話が途切れ、二人は暫し無言で足を動かす。エドウィンが再び口を開いた。

「……昨日と今日、俺の故郷を見てどう思いましたか? ここにはヴァルム美術館のような壮麗な芸術も、リーガル・シティのような刺激もありません。ただの静かな港街です」

 そのときユリウスが足を止めたのでエドウィンも足を止めた。

「エド。君がここで、その真っ直ぐな瞳を培ってきた理由がわかった気がするよ。ここは、守るべきものが明確な場所だ。街と住人たちの静かな誇りに満ちている」

 ユリウスはエドウィンの言葉の奥にある、彼が言いたいことを理解していた。

「君の育った街を見て、私は君を、君を育んできた街ごと尊重したいと思った」

 本当は、近くにいて欲しかった。将来も道場を継ぐことなく、リーガル・シティの学校の教師になっていつでも会える距離に。だが自身のエゴでエドウィンを悩ませたくはなかった。

「ユリウスさん……ありがとうございます。……俺、不安だったんです。俺は街への愛着と家族のしがらみ……どちらも捨てることはできない。……あなたが好きでも」


『あなたが好きでも』


 エドウィンの最後の言葉がユリウスの頭の中でリフレインした。思わず彼の手を掴む。

「? ユリウスさ……! ……」

 ユリウスはエドウィンを引き寄せて、唇を重ねた。二人を冷たい晩秋の風が吹き抜けたが、重なった唇は温かかった。



「……将来的には。ヴェリディア市に、君の大学の近くに、セカンドハウスを買おうと考えている」

 灯台の白い壁に、蒼い海の方を向いて並んで寄りかかりながら、ユリウスは言った。エドウィンが驚いて彼を見る。

「え……セ、セカンドハウス……?」

「ああ。セカンドハウスがあれば、そこで一緒に過ごせるだろう?」

 ――恋人になったのだから、一緒に居られる環境を整えるのはごく自然なことだ。

 ユリウスは思う。だがエドウィンは恐怖に近い驚愕とともに彼の言葉を聞いた。

「け、けれど……」

 ――俺はユリウスさんとの交際のために車を買った。だがそれは、いずれ買う予定だったものを早めたに過ぎない。

 セカンドハウスと比較したら、その必要性も価格も比べ物にならないことは明白だった。

 ――長く続かないかもしれない自分との交際のために高額な投資をさせるのは……

 エドウィンは戸惑い、

「賃貸アパートじゃ……だめなんですか……?」

 そう提案したのだが。

「……賃貸?」

 欠片ほども頭に浮かばなかったかのように、ユリウスは眉を顰めた。

「俺の周りでも同棲している人はいますが皆、賃貸アパートです」

 エドウィンが付け足すと、ユリウスは少し考えてから口を開いた。

「実は前々からヴェリディア市で仕事をする際に拠点となるセカンドハウスが欲しいと思っていたんだ。買うのは私の都合、君はただ私と一緒に過ごしてくれればいい」

 嘘である。ユリウスにヴェリディア市で拠点を必要とするほどの仕事などあるわけがなかった。だがエドウィンには知る由もない。

「そ、そう……です……か?」

「良い物件を探しておくよ」

 戸惑うエドウィンにユリウスが微笑み、彼を引き寄せて額に口づけた。



 パン作り教室は一時間半程度と聞いていたため、ユリウスとエドウィンは岬を散策したり海岸沿いの道をドライブしたりして過ごした後、頃合いを見てルビーに妹たちを迎えに行った。

 二人が店内に入ると、パンの焼ける良い香りが漂っていた。

「兄様、やったわ! 完成よ!」

「すごいじゃないか、クララ」

 クラリッサが兄たちにふっくら焼き上がった天板の上の丸パンをミトンを嵌めた手で持ち、見せるとユリウスは感心したように笑った。

「今コーヒーを淹れるわ。パンを試食しましょう」

 メイが提案し、皆で焼き立てパンとともにコーヒータイムを楽しんだ。



 出掛けた時と同じ四人でベネット家に帰って来ると、ユリウス・クラリッサ兄妹はゲストルームの荷物をまとめ始めた。

 帰り支度を整えた彼らを前にモーガンと双子が家の前に並ぶ。

「二日間お世話になりました」

「またいつでも来るといい」

 ユリウスがモーガンと握手を交わす。

 そして街を去るユリウスの車を、双子とモーガンが見送った。

「また来てくださいね!」

 マリルーが手を振ると、クラリッサが開けた助手席の窓から笑顔で手を振る。

 家の前の歩道まで出て見送る三人の姿がサイドミラーの中で小さくなっていき、やがて見えなくなった。

「楽しかったわ」

「ああ……そうだな」

 ユリウスは口元に自然に浮かぶ微笑みを隠すことなく答え、遅い午後の陽射しの中、北……リーガル・シティへと車を走らせた。



 ~第十話 終わり~




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