第29話 残しておく端
布袋の底へ、白い包みを入れた。
残ったずきんの一角だった。最後にもう少し歩かなければならなくなった時のために、リタはそこだけを分けておいた。
叔母は袋の持ち手をリタの手首から外した。
「巻かないでね」
リタは頷いた。首を引かれた痛みは、まだ覚えている。
鋏と、紬の紙の写しを持っていくことにした。籠は家に残す。
「全部なくなるかもしれない」
リタが言うと、遥は布を見た。
「嫌だよね」
「うん」
遥はなくならないとは言わなかった。
*
日曜の昼、地上の自転車修理店と地下の靴修理屋には、叔母が先に話を通していた。
人が出た時の待つ場所も空けてもらった。
遥は白いタイルの上から案内板を見た。
あの裏に黄色い線があった。
膨れた板を右足で踏み、肩を壁に擦った。足が覚えている場所は、そこまでだった。
紬の家の地図を何度見ても、その先は増えない。
「同じ所へ、戻るんだね」
リタが言った。
「うん。知らない床には出せない」
「遠くにいても?」
「迎えに行く方の道は、分からない」
リタは地図を畳んだ。
「じゃあ、わたしが戻る」
*
いったん家へ戻ると、リタは冷蔵庫を開けた。
四つのリンゴがあった。出して持っていきたくなったが、今日は置いておく。籠の中には、森へ持ち帰る紙が残っていた。
遥が玄関で靴を履いていた。
リタは短い赤い糸を持っていき、左の袖口に結んだ。机の脚で切った、もうどこへも続かない端だった。
「目印?」
「うん」
結び終えても、リタは袖を放さなかった。
遥が待っている。
「帰ってきたら、怒っててもいい?」
遥は少し驚いた顔をした。
「いいよ」
リタはようやく手を離した。
*
紬の家では、水が細くなっていた。
佐伯さんが空き缶を洗い、少しずつ汲んでいる。まことも一個選んで、胸へ抱えた。
道を探していた二人が戻った。
「別の家に、二人いる」
年を取った女性と、茶色い靴の青年。廊下が細くなり、こちらへ連れてこられなかったという。
紬は紙へ丸を二つ増やした。
「ここから出る時、知らせられる?」
眼鏡の人が頷いた。
「道が残っていれば」
九つの丸を描いた紙の上で、まことの缶から水がこぼれた。
紬は急いで紙を上げた。丸の一つが滲み、そこだけ描き直した。




