第28話 土曜のアイス
金曜の帰り、遥は最後の階段を踏み損ねた。
あるはずの一段がなかった。体が先へ出て、手すりに肘をぶつける。
後ろの人に謝ってから、振り返った。
いつもの駅だった。工事もしていない。
家へ帰ってその話をすると、叔母は靴を脱ぐまで待っていた。
「痛む?」
「ぶつけた所だけ」
「今日は壁、触らないで」
遥は頷いた。リタは玄関の段へ座り、自分の靴の紐を結び直していた。横へ詰めてくれたので、遥も座った。
ここも何度も上がった段なのに、足を置くまで高さが分からなかった。
*
夕飯の後、叔母が二人を食卓に残した。
「火曜のこと、まだ怒ってる」
リタは膝へ手を置いた。
「私が止めた後も、続けたね」
「紬の顔が見えたから」
遥は答えた。
叔母は頷かなかった。
「私にも、帰ってきてほしい人がいる」
皿を拭いていた布が、叔母の手の中で止まった。
「紬も。遥も。リタも」
遥は顔を上げた。
「分かったって返事をして、また二人で決めないで。できなかったことを教えて。手伝えないこともあるけど、知らないままは嫌だから」
リタは自分の手を見た。指の溝は薄くなっていた。治れば同じように握れる。たぶん、それが怖いのだ。
「足りなくなったら、言う」
そう答えると、叔母はリタを見た。
「それで、帰ってきて」
*
土曜は昼まで何もしなかった。
午後、二人でアイスを買った。
リタは一口かじって顔をしかめた。
「冷たい」
「そういうものだから」
日陰で食べているうちに指へ垂れた。リタが慌てるのを見て、遥は久しぶりに笑った。
帰りはゴミ箱を探して、少し遠回りした。
*
紬は届かない返事を書いていた。
『前の靴は、もう小さいと思う』
佐伯さんに何を書いたのか聞かれ、内緒です、と答えた。
まことは空き缶を床へ転がしている。昨日は柱に当たったのに、今日は手前で止まった。
紬も一つ借りた。同じ所で止まった。
「次に変わったら、教えて」
まことは頷いた。
台所の向こうから姉の声がした。
「紬、こっち」
全員が黙った。
紬は紙を裏返した。
戸の下に灰色の影がある。
「お姉ちゃんは、この戸の向こうに来たことがない」
言ってからも、開けて確かめたい気持ちは残った。
戸の向こうの声が低くなる。
「待っても、道は細くなる」
紬はまことの缶を拾った。
「知ってる」
それだけ答えて、飯田さんの椅子を広い方へ寄せた。




