第25話 いなくなる所まで
「紬、いた?」
リタに聞かれ、遥は頷いた。
台所で男の子へ器を渡していたこと。こちらへ掌を返してくれたこと。話している間だけは、さっき見た顔を思い浮かべられた。
家へ戻ると、叔母がもう一度話を聞いた。
今度は狼の条件も話した。
リタは最後まで黙っていた。
「返事は?」
「今は決めないって言った」
「考えるってこと?」
遥は違う、と言おうとした。
紬が椅子に座る所を考えた。代わりにリタの席が空く所も、一瞬だけ見てしまった。
「紬が帰る所を、考えた」
リタの指が膝の上で閉じた。
「でも、連れていくって返事はしてない」
「それなら、断れた?」
遥は机へ目を落とした。
昨日まで箱があった所だけ、何も置かれていない。
「断ったら、紬を見られなくなると思った」
叔母が椅子に座った。
「リタを連れていく話には乗らない。私も止める」
リタは叔母を見た。それから椅子を引いた。
「ずきん、見てくる」
遥が立ちかけると、首を振った。
「今は一人で」
部屋の扉が閉じた。
昨夜は少し開いていた扉だった。
*
リタはずきんを頭へかぶった。
顔の横には赤い布がある。肩までは届かない。鏡を見ずに外して、膝へ戻した。
廊下で遥が名前を呼んだ。
「入らない。話せる時に、呼んで」
足音が離れない。
ずっとそこにいればいいと思った。そう思ってから、帰ってほしくないのか、困っていてほしいのか、自分でも分からなくなった。
「話す」
扉を開けると、遥は少し離れた所にいた。
リタは寝床の脇へ座った。遥は入口の近くに座った。
「わたしが行けば、帰れるって」
「分かってる。だから困ってる」
声が強くなった。
遥が口を閉じる。
「行くって言ったんじゃない。遥が、行ってほしいって思ったか聞きたい」
遥の指が床を触った。
「紬が帰る所は、考えた」
「わたしがいなくなる所も?」
遥は頷いた。
考えていないと言ってほしかった。そう言われても、たぶん信じられなかった。
台所から水の音がする。
「リンゴを届けに来たの」
リタは言った。
「おばあさんの家へ行って、渡して、帰るだけだった」
穴に落ちるまでは、帰りに友達の家へ寄ろうと思っていた。木の実をもらう約束をしていた。遅くなると叱られるかもしれない。それだけだった。
「助けたい。でも、わたしも帰りたい」
ずきんを握り、すぐに緩めた。減った布に皺が寄った。
「帰りたいだけなのに、渡すか渡さないかの話になるの、嫌だ」
遥は返事をしなかった。
水の音が止まっても、叔母は来なかった。
「渡さない」
ようやく遥が言った。
「すぐにそう言えなかった。でも、リタを連れていく返事はしない」
「紬は?」
「帰ってきてほしい」
リタは頷いた。それを言わなくなる方が、嫌だった。
「わたしが先に帰ったら、どうする?」
「探すと思う」
「どうやって」
遥は答えられなかった。
リタは布を畳んだ。端が合わなくても、遥は手を出さなかった。
「まだ腹が立ってる」
「うん」
「おばあさんに、説明できる? わたしを渡そうか考えたって」
遥は顔を上げた。それから、小さく頷いた。
「隠さずに話す」
台所で皿の音がした。
リタはまだ立たなかった。遥も入口のそばに座っている。
「夕飯は、食べる」
それだけ言うと、遥の肩が少し下がった。




