第23話 布よりも
『私は戸の内側へ戻りました。みんな台所にいます。こちらへ来ないで。糸は切って』
遥は妹の名前から指をずらした。
紬がそう書いた後も無事かどうかは、分からない。それでも、紙が折られた時には台所へ戻れていた。
「届いたよ」
紙へ言った。
途中から字が小さくなっていた。狼が廊下を噛んだ時、板の先にこちらの机が見えたという。戸の陰から紙を置いてもらう。届くか分からない。
それで終わっていた。
叔母は読み終え、椅子に座った。立っている必要がなくなったことに、今気づいたようだった。
「板が、机に重なって見えた」
「靴修理屋でも、見た」
リタが言った。
「噛んだ時だけ。口の奥に、向こうの台の脚があった」
遥は紙を裏返そうとしてやめた。今は続きを描いても妹へ送れない。
「切るの、遅くした」
リタは返事をしなかった。ずきんのほつれた所を膝の内側へ寄せている。
「わたしも手を開けなかった」
しばらくして、そう言った。
「また待ってって、言うかもしれない。その時は布よりわたしを持って」
遥はリタを見た。
さっき腰を抱えた腕がまだ痛かった。あの時、布を放したことだけは、考えずにできた。
「持つ」
リタは布を畳んだ。端を合わせず、今の形のまま二つに折った。
*
夕飯の皿は三枚だった。
壁際には、まことを座らせるつもりだった椅子が残っている。
警察の人が帰ったあと、遥はずきんを包むタオルだけ持ってきた。
柔らかい布へ赤を載せる。遥は包まず、端をリタに渡した。
*
寝る前に、遥が部屋へ来た。
紬の紙を挟んだノートを持っている。
「明日、これは学校に持っていかない。家に置く」
「学校、行ける?」
「朝に決める」
リタは寝床の端へ座った。遥は床へ座ったまま、しばらくノートを見ていた。
「紬、怒ってるかな」
「聞けたら、聞こう」
「うん」
廊下の明かりが入ってくる。遥の部屋は壁一枚向こうだった。今夜はその距離が、いつもより近く思えた。
「わたしも、おばあさんに説明しないと」
リタがタオルの包みを撫でると、遥は顔を上げた。
「一緒に説明する」
「まだ行けないでしょう」
「行けたら」
「叱られるよ。遥も」
「叔母さんも連れていこう」
笑おうとして、喉が詰まった。
遥は続きを言わず、床に座っていた。リタが横になってから、ようやく立った。
「怖くなったら呼んで」
扉は少し開けておいた。
目を閉じると指が握ろうとする。リタは左手で包み、開いた。部屋の外で遥の椅子が鳴った。
名前を呼びかけたが、声にはならなかった。
もう一度椅子の音がして、それから静かになった。




