第21話 最初に帰る人
『先に出るなら、まこと君か、足を痛めた飯田さんにしたいです』
遥はその一行に鉛筆を置いた。
七人いる。紙には全員の名前が書いてある。姉から返事が来たと聞いて、紬が順に尋ねてくれたのだろう。
「私は、紬に先に帰ってほしい」
流しの水が止まった。叔母は濡れた皿を持ったまま、振り返った。
「最初だけ。あとは、ほかの人も」
自分で言って、紙を押さえた。一人しか通れないかもしれない。だから妹に来てほしい。言い直したところで同じことだった。
「一年、待ったんだよ」
リタはパンの耳をちぎっていた。
「わたしも、森が見えたら先に行きたい」
遥は顔を上げた。
「紬に、そう書く?」
「困らせたくない」
「今も、困ってるかもしれないよ」
紙を見直した。紬は残りたいとも、先に帰りたいとも書いていない。
遥は余白へ返事を書いた。
『私は最初に紬の顔を見たい。紬はどうしたい?』
リタは何も足さず、そのまま渡した。
*
返事が来たのは昼食の途中だった。
遥とリタが同時に立ちかけ、叔母が先に受け取った。
「私にもやらせて」
遥の前に紙が置かれる。
『私も顔を見たいです』
次の行までは、少し空いていた。
『まこと君は、呼んでも返事をしないことがあります。帰れないって言われるのが嫌だからです。名前で呼んでもらえたら、出てくると思います』
遥は先を読んだ。飯田さんは肩を借りれば歩ける。紬は出口のそばにいる。向こうに姉がいるか、自分で見たい。
最後だけ、字が小さかった。
『残りたいわけじゃないよ』
遥は紙を膝へ下ろした。
リタはパンの耳をもう一つちぎった。渡してくれるのかと思ったら、そのまま自分で食べた。
「出口ができたら、まこと君の名前を呼ぶ」
遥が言った。叔母は空いている椅子を壁際へ寄せた。足を痛めた人のために、座面へクッションを置いた。それきり、もう何も言わなかった。
*
学校にいる間にも、紙は届いた。
まことが果物の缶を見つけたこと。飯田さんは肩を借りれば歩けること。紬の靴が、もう前のものでは小さいこと。
遥は笑ったあと、床の図を開いた。
廊下の手前は遥も踏んだ。リタに引かれ、黄色い線へ降りる直前に通った所だ。
でも、紬が立っている台所の板は知らない。
「場所があるのは分かる。でも、そこに立つ感じが分からない」
リタが図へ顔を寄せた。
「こっちから、下の方だとは分かる」
「それだけじゃ開けられない」
遥は自分が踏んだ所までを指した。
「ここまでなら」
リタはそこから先へ赤い線を置いた。
「じゃあ、そこから歩く」
夜、箱の奥で戸が鳴った。
届いた紙には、柱が動いていることと、今日は台所で寝ることが書かれていた。
最後は紬の字だった。
『ご飯は食べてから来て』
遥はその紙をノートへ挟んだ。




