8.城塞決戦
昼前、広大な中庭でたくさんの美女たちと紅茶を楽しんでいた領主シャルダンに、ひとりの兵士が報告にやって来た。
「シャルダン様、ご報告があります」
豚のように太った腹。時間が経ち、より曲がったくせ毛をいじりながらシャルダンが答える。
「何だよ、もう。地下牢の馬鹿のことかい? あれなら後で遊んでやるよ。ボク様は今いい気分なんだぞ」
隣に座る美女の肩に手を回しながら、不満そうに細い目で兵士を見つめる。兵士が頭を下げ報告する。
「い、いえ。フェリルの街で一部市民が蜂起し、街の守備兵を蹴散らし、ここへ向かっているとの早馬が入りました」
美女の体を弄っていたシャルダンの手が止まる。
「……目的は何だい?」
兵士がやや間をおいてから答える。
「恐れ多きながら領主様の、シャルダン様の討伐に、ございます……」
その言葉を聞いた美女たちの顔色が変わる。あってはならない事態。決して逆らってはいけない存在。そんな領主シャルダンに反旗を翻すなど有り得ないこと。
シャルダンはテーブルに置かれた紅茶を手に取るとゆっくりした口調で尋ねる。
「いつ頃ここへ到着する?」
「恐らく昼過ぎかと」
手にした紅茶を口に含みシャルダンが表情を変えずに言う。
「迎えてあげようか。ボク様のこの要塞で」
黙る兵士に無機質に命じる。
「反乱分子がわざわざ向こうから来てくれるんだ。全員この要塞でもてなしてあげよう。全員ね。彼らが泣いて喜ぶような最高のもてなしを」
言葉とは逆にその場にいた者全員が感じる粘着的怒り。無敵の領主軍は決して負けることなどない。シャルダンに言わば洗脳されてしまった皆の脳裏には、その出来事がとても小さな反旗に思えた。
「見えたぞ、あれがシャルダンの根城だ!!!」
昼過ぎ、スキンヘッドの店主を先頭に進撃していた蜂起軍は、ようやく姿を現した巨大な城壁豪邸を目にしその怒りが最高潮に達する。
「俺たちの税金であんな豪邸を……」
「皆が苦しんでいるのに領主があれとは信じられねえ!!」
「ぶっ潰すぞ!!!」
度重なる増税。日々暮らしが悪くなる中、領主だけがその富を独占し優雅な生活を送っている。あの豪邸の為だけに美しく整備されたいわゆる『領主街道』を進軍してきた一行。スキンヘッドの店主の号令と共に一気に突撃する。
(あれ?)
そんな隊の後方、金髪に青い目をした美少女ユーリシアはその異変に気付きはっとする。
(壁門が開いている……?)
城壁の上には見張りの兵。こちらの進軍は周知のはず。それなのになぜ門を閉じて迎撃しないのか。その様子はまるで『突入させる』ようにすら見える。蜂起軍の先頭の男が叫ぶ。
「門が開いてるぞ!! 俺たちに怖気づいたか!!!」
「降参する気か!? こりゃいい!!」
「突撃だ、突撃っ!! 我らに正義を!!」
かつてない興奮に包まれた蜂起軍。領主への怒り、恨み。そのすべてが結合し爆発し、そして正義と言う甘美な言葉に皆が酔いしれていた。
(何か変……)
その中で唯一と言っていいほど冷静だったユーリシアが、壁門を通過してその異変さを実感する。広い庭園。豪華な景観。増税に苦しむ庶民とは全く別の世界。
「くっ!! 退却だ、退却っ!!!」
そして百を超える蜂起軍を前に領主兵たちが次々と白旗を立てて逃げていく。
「一気に行くぞ!!」
「シャルダンを捕まえろ!!!」
勢いに任せ突撃する蜂起軍。もう皆は勝利を確信していた。自分たちは強い。自分たちは正義。それは彼が所有する豪華な大豪邸を見てさらに強まった。
「なんて贅沢な!!」
「こんな家建てやがって!!!」
怒りの頂点。進撃の最高点。だがそれはつまりここから落ちると言うことを意味する。
「何をしているんだい? 君たちは」
大豪邸の前に多数の美女たちと共に現れた領主シャルダン。豚のように太った腹、不服そうな顔がさらにその悪人面を醜く歪ませる。
皆が一斉にシャルダンを睨みつける。ここは自分たちの命懸けの蜂起とは無縁の世界。そんな一部を垣間見た皆が大声で言い返す。
「お前を討伐に来た!!」
「悪政をここで終わらせる!!!」
「我らに正義を!!!」
だがここに来て初めて元冒険者であるスキンヘッドの店主がその異変に気付く。
(おかしい……、なぜあんなに余裕があるんだ……?)
豪邸の前まで攻め込まれた領主。なのになぜ美女を両脇に登場し、そして余裕の表情を見せているのか。その答えはすぐに彼らの目の前で披露された。
「迎撃」
シャルダンは小さくそうつぶやくと指をぱちんと鳴らす。
ザザザザザ……
同時に豪邸や周囲から現れる鎧に身を包んだ兵士たち。あっと言う間に百を超える蜂起軍の周囲を取り囲んでしまった。
「なっ!?」
蜂起軍はようやく今置かれている現実に気が付いた。彼らが纏うのはリーディア王国軍が使用する正規の装備。蜂起軍が身につける下級冒険者の貧弱な装備とは雲泥の差。さらに彼らの後方には魔導士軍団。一度でも戦闘を経験したことがある者なら、この絶望的状況はもう如何せん状態であることは明白であった。
「制圧せよ」
領主軍の指揮官が右手を上げそう命じる。
「うわああ!!!」
「ぎゃああ!!!!!」
一方的な展開となった。
まず後方にいる魔導士軍団より魔法による中距離攻撃。魔法の嵐が去ったと同時に、前衛の重歩兵軍が四方から突撃。蜂起軍はあっと言う間に領主軍の刃の前に倒れていった。
(怖い、怖い……)
混乱の中、ユーリシアが震え涙する。アルドに会いたい。ただその一心で付いてきた彼女だが、初めて経験する戦闘を前に心が折れそうになっていた。
「顔を上げろ! 前を向け!!」
そんな彼女の前にスキンヘッドの店主が盾のように立ち鼓舞する。弱気を見せたら死ぬ。それが戦場。アルドに頼まれたこの少女は必ず守る。体に深手を負いながらスキンヘッドの店主が剣を振る。
「やめろ!!! シャルダン!!!!」
戦闘開始から数分。既に戦いの雌雄が決まりかけた頃、余裕を見せる領主シャルダンに向かってひとりの男が大声で叫んだ。取り囲んだ領主軍、そして全滅寸前の蜂起軍がその声の主に目を向ける中、シャルダンが言う。
「お前は、ライドウ? なんでここにいる??」
声の主、顔が四角形の男爵ライドウ・グレーデルが体を震わせて仁王立ちしている。彼は地下牢にいたはず。おかしいと思いつつもシャルダンが彼の妻、近くにいたティセルの腰に手をやり体を寄せて言う。
「何しに来たんだ? 反逆者め」
ライドウが目を見開いて叫ぶ。
「我妻を、ティセルを返せ!! 無益な殺戮を止めよ!!!」
小心者だったライドウ。ただ妻への愛が彼を突き動かした。シャルダンが抱きかかえたティセルの頬をぺろりと舐めてから答える。
「うるさいよ。もういい、処分しろ」
シュン!!!
「ぎゃっ!!!」
シャルダンの合図とともに放たれた一本の矢。それは空をシュウシュウと飛び見事にライドウの胸へと突き刺さる。
「あ、あなた!!!!!」
音を立てて倒れるライドウ。大声で叫ぶ妻のティセル。その必死な姿がさらにシャルダンを興奮させる。
(アル君、お願い……)
盛り上がる領主軍。圧倒的強さ。ユーリシアは自然と願った。自然と声が出た。
「アル君、助けて!!」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
シャルダンが突然尻に走る激痛に声を上げ、飛び上がって倒れた。尻を押さえたまま無様に倒れたシャルダン。すぐに顔を上げ、自身の後ろにいた黒髪の男に言う。
「だ、誰だ、お前!? ひゃっ!? いつの間に!? ぶ、ぶっ殺すぞ!!」
「……ほお、随分偉くなったな。お前」
無様に尻を押さえながら睨みつける無精ひげの男。燃え上る怒り。ただシャルダンは不幸にもまだこの男が誰なのか思い出すことができなかった。




