7.鳥かごの銀髪美女
夜の酒場でアルドが連れ去れてから数時間。東の空が明るくなり始めた頃、フェリルの街はすでに異様で熱狂的な空気に包まれていた。街の中央広場に集まった武装した男たち。皆剣や槍、盾に防具を装備し皆興奮している。
まだ少しひんやりとした空気漂う中、その中央で仁王立ちするスキンヘッドの店主が右手を上げ大声で叫ぶ。
「打倒、シャルダン!! 我らに正義を!!!」
「「打倒シャルダン、我らに正義をーーーーっ!!」」
重税に苦しむ市民たち。これまで何とか耐え忍んできたが、昨晩酒場で起きた領主軍の蛮行についにその堪忍袋の緒が切れた。元冒険者であった酒場の店主の呼びかけに腕に自信のある男たちが集結。早朝にもかかわらず多くの人が広場に集まった。
「ユーリちゃん、アルは必ず俺たちが連れて帰るから心配しないでな!」
スキンヘッドの店主が笑顔でユーリシアに言う。ずっと不安そうだった顔のユーリシアが答える。
「私も行きます! アル君は私が助けます!!」
「ユーリちゃん、それは危険だからできない。俺たちに任せてここに残って……」
「絶対行きます!! ついて行きます!!!!」
大きな声。真剣な瞳。元冒険者だった店主が一瞬気脅される程の迫力。小さく頷いた店主が言う。
「分かった。だが自分の身は自分で守ることだ。領主軍は強い。俺たちも命懸けの戦いになる」
「はい!!」
大好きなアルドが連れ去れた。街でじっと待っているなんて考えられない。ユーリシアに迷いなど一切なかった。
「何をやっている、お前ら!!!!!」
そこへ市民の蜂起を聞きつけた領主軍が現れる。街を守ってくれるシャルダン領主軍。だが今は敵。スキンヘッドの店主が大声で叫ぶ。
「我らに正義を!! 突撃っ!!!!」
「「うおおーーーーーーっ!!!」」
起こるべくして起こった街の蜂起。こうして朝日がキラキラと輝く中、フェリル市民と領主軍との戦いの火蓋は切って落とされた。
同じく朝を迎えたシャルダン大豪邸。豚のように太り、鏡の前で細い目でくせ毛を直した領主シャルダンは、いつものようにその特別な部屋へと足を運んだ。
コンコン……
ドアを叩く軽いノック。これがこの家の毎朝の日課。シャルダンは中の返事を待たずにゆっくりとドアを開ける。
「やあ、おはよう。ティセル、今日も素晴らしい朝だね」
シャルダンが訪れた特別な来賓室。落ち着いた茜色の絨毯に朝日を受けて輝く大きなシャンデリア。天蓋が付いた繊細な彫刻が美しいベッド。窓の外には広大な敷地の緑豊かな自然が広がる特別な部屋。
ティセルと呼ばれた銀髪で艶美的な女性が、ソファーに座ったまま一瞬だけシャルダンに目を向け再び項垂れる。シャルダンはドアを閉めると鼻の下を伸ばしティセルに近付く。
「決心はついたかな~? ボク様の妾になる決心が~」
シャルダンは、近付くだけで男を悩殺するような甘美な女の香りに一瞬体の自由を奪われる。立ち上がり、顔を上げたティセルが潤んだ瞳で答える。
「主人は、ライドウは無事なのでしょうか……」
彼女の名前はティセル・グレーデル。地下牢に投獄されたライドウ男爵の美人妻。国王への不敬罪として捕まった夫を人質にされ、この部屋に監禁されている。シャルダンが艶やかなティセルの銀髪を手にしながら答える。
「無事だよ~、ボク様は優しいからね。何度も言うけどお前がボク様のものになれば、優しいボク様は今回のことは水に流してやるよ」
「……」
ティセルは夫ライドウよりも更に下級の地方貴族の出であった。ただその美しさ、気品の高さは別格。剛腕領主になったシャルダンに近寄る女は多かれど、このティセルだけは絶対に彼の言いなりにはならなかった。
しかし狡猾なシャルダン。この自分のものにならない美女を、柔紐で縛りつけるように徐々に追い込んでいく。落ち込み、日々弱まるティセル。そんな姿は溜まらなく彼を興奮させた。
「嫌なら別にいいんだけどね~。国王様への不敬罪はボク様領主の裁断できる。処刑もいいけど、何せ大罪だからな~。指とか耳とか、ひとつずつ切り落としていくってのもありだよね~」
「!!」
顔を伏せていたティセルが鋭い目でシャルダンを睨みつける。
(ああ、いい……)
そんな反発的な目。その抵抗がシャルダンを一掃興奮させた。
「悪いようにはしないよ。君の心ひとつでみんなが幸せになれるんだよ」
シャルダンはティセルの銀髪を口に入れて咀嚼。青ざめるティセルの耳元の匂いを嗅いでから小さく囁く。
「最高に興奮するよ……」
「ひぃ!?」
涎がべっとりついた銀髪を、ティセルの顔に擦りつけながらシャルダンが部屋を出て行く。
力が抜け床に崩れるように蹲るティセル。こんなことが一日数回。今日も始まる地獄のような一日を思い、彼女は再びその頬を涙で濡らした。
「ん~、よく寝た」
同じシャルダン邸にある地下牢。早朝に連行され投獄されたアルドは、すっかり飲み干した酒瓶と共にいつの間にか眠ってしまっていた。牢獄の片隅で膝を抱えて座る四角顔のライドウ。異質な新居者に答える。
「よく捕まってお酒飲んで眠れますね……」
疲れた顔の上に、信じられない表情を浮かべるライドウ。起き上がったアルドが言う。
「いや、だって昨晩全然飲めなかったからな。数年ぶりに酒場の酒を楽しめると思ったのに」
本当に残念そうな顔をするアルド。やや呆れたようなため息をついてから、ライドウが空になった酒瓶を手に言う。
「こんなの見つかったら酷い目に遭いますよ。さ、片付けて……」
「大丈夫だって」
「……と言いますと?」
アルドは再び懐から新しい酒瓶を取り出し、笑顔で言う。
「もう一本あるから! さ、お前も飲めよ」
「……」
想像の斜め上を行く男。全く理解できない相手なのだが、不思議と憎めない。下戸なライドウはアルドの酒を断りつつも破天荒な客人を見ていると、少しだけ気持ちが晴れたような気がした。
「前進っ!! 進め進め!!!!」
フェリルの街の警備兵を打ち破ってシャルダン大豪邸へ向かう蜂起軍。スキンヘッドの店主を先頭に数百もの義勇兵が、その決戦の時を前にかつてない興奮に身を委ねていた。




