6.牢獄の貴族
『世界の孤島』と呼ばれ、海洋の果てに位置するヴァルファード王国。文字通り島国なのだが、不思議なことに周囲をドーム状の強力な結界で包まれており、商船どころか外部からの交流が一切断たれたまさに閉ざされた孤島。
そんなヴァルファード王国は日に日に強まる魔物の襲撃に苦しんでいた。
「国王様っ! 一大事にございます!!!」
ヴァルファード王城にある王家の間。赤い絨毯に巨大で可憐なシャンデリア。メラメラと暖かな松明の明かりが照らす中、これまた見事な玉座に座した長髭の国王が答える。
「どうした?」
国王の横、王妃の隣に座る赤髪の美しい王女アリス・ヴァルファードもそのただならぬ様子に心配そうな表情を浮かべる。兵士が早口で伝える。
「三賢者がひとり、バーク・ランドルフ様が何者かによって暗殺されました……」
「なっ!?」
この悲報には少々のことでは動じない国王も思わず声を上げてしまった。真っ青になる妃。そして赤髪のアリスも口に手を当て首を振る。国王が尋ねる。
「何者にやられたのだ!? 結界は、結界は無事なのか?」
それには別の場所にいた大臣が答える。
「犯人は分かりません。現在捜索中です。結界は問題ございません。三賢者のチャノ様がおられれば簡単に破られることはないかと……」
「うむ……」
その報告を聞いた国王が静かに頷く。アリスが兵士に尋ねる。
「国内情勢は? 魔物との戦いはどうなっているの??」
片足をついていた兵士が顔を上げて答える。
「勇者ティング様が、単騎各地で奮戦し魔物を退けています」
「ヴァルファードの勇者ティング……」
魔物の数が増え、日々劣勢に追い込まれていくヴァルファード。その中にあって、弱冠十七歳の若き勇者が頭角を現した。救世主とも呼べる勇者の登場に、皆が歓喜し希望を抱いた。
アリスが窓から曇った空を見つめ願う。
(アルド……)
外部と隔離された世界の孤島。アリスはあらゆる手段を講じ、十二年前にこの国を救ってくれた勇者に何通もの手紙を出した。届いたか分からない。だがたった一通でも彼に届けばきっと来てくれる。
アリスは幼き頃その心に焼き付いた勇者の姿を、今一度思い起こした。
「おい、お前はここに入ってろ!!」
フェリルの街からシャルダン軍に連行されたアルド。暗かった夜も東の空がぼんやり明るくなり始めた頃、その広大な城壁を持つ屋敷へと到着した。
「すげえ、家だな」
両手を縄で縛られ城壁をくぐり思わずそうつぶやいた。広大な庭に遠くに見える大豪邸。とても一地方領主のものとは思えないほど立派であり威圧感のある建物だ。
アルドは手を縛られたまま地下牢へと投獄。冷たく少し錆びた鉄格子の中へとぶち込まれた。
「ん?」
薄暗い牢獄。アルドは冷たく湿った空気漂う暗い牢獄の奥に、ひとりの体格の良い中年の男が座っていることに気付いた。自分と同じように両手を縛られ膝を立て俯き座っている。
「よお。お前も捕まったんか?」
アルドの陽気な声。暗く、やつれた表情をした男が顔を上げて答える。
「……あなたもそうですか」
投獄されたのにきちんと整えられた髪。品のある所作。一見してすぐにただの庶民でないと分かる。ただ、見事なほど顔が四角形であった。アルドが言う。
「まあな。それにしても随分見事な四角だな」
「……ぷっ、初見でそこまで言われたのは初めてですよ。まあ、変な気を遣わずに言ってくれた方が楽な場合もありますけどね」
初めて男の顔に笑みが浮かぶ。顔は四角だが、悪い印象は受けない。
「なあ、ここはシャルダンの屋敷で間違いないよな?」
アルドが発した言葉。その言葉に四角男が視線を落として答える。
「そうですよ。あなたも何か悪いことをしたのですか? それとも……」
「悪いことなんかしてねえ。ただ、シャルダンの兵をちょっと揶揄っただけだ」
「ほお、そうですか。まだそんな気概がある人がいたのですね」
驚き、意外そうな顔をする四角男。右手を差し出し自己紹介をする。
「私はライドウ・グレーデル。男爵の爵位を賜っております。以後お見知りおきを」
今度はアルドがその四角い顔を見てやや驚いた顔で言う。
「男爵? ってことはあんたやっぱ貴族かい? なんで貴族がこんな牢獄に居るんだ?」
フェリルの街を含むリーディア王国では、基本貴族の地位は国王の命より保証されている。それをたかが一地方領主が拘束など普通はあり得ない。ライドウが答える。
「私が国王に対する悪評を流したと冤罪をかけられましてね。情けないことにこの有様です」
「冤罪か……」
地方領主が貴族を拘束するとなるとそれぐらいしかないだろう。なるほどと言った顔をするアルドにライドウが続ける。
「だけど本当の目的は私の妻なんです」
「妻? あんたの嫁さんってことかい?」
「はい。私の妻は、自分で言うのもなんですがこの地方一の美女と称えられた素晴らしい女性でして、ただそれが女好きのシャルダンの耳に入ってしまい、私の処刑を執行しない代わりに妻が連れ去れてしまったのです……」
ライドウの四角い顔の目に涙が溢れる。体格が良く四角い顔だが、本当はただの気の弱い下級貴族。狡猾なシャルダンに見事に嵌められたようだ。アルドが言う。
「なるほどねえ。大体シャルダンって奴のことが分かった。これからあいつにちょっと話してくる」
「あいつって、どなたのことでしょうか?」
ライドウがやや不思議そうな顔をする。
「どなたって、シャルダンに決まってるだろ」
「え? 本当、いや、でも今我々は拘束されていて……、!!」
ライドウはいつの間にか解かれているアルドの手縄を見て驚く。そしてさらに彼の行動に度肝を抜かれた。
「まあ、その前に一服だな。昨晩飲み損ねちまったし」
そう言ってアルドは懐から酒の瓶を取り出し笑顔になる。
「え? お、お酒!? どうしてそんなものが……」
「まあ、ちょっと色々あってな。酒場から頂戴して来た。あんたにもやるよ」
そう言いながら縛られたライドウの手縄を解き始めるアルド。理解し得ない状況に混乱するライドウ。ただ一言、それを尋ねた。
「あなたは、あなたは一体何者なんでしょうか……?」
顔を上げたアルド。酒瓶を持って笑顔で答える。
「飲んだくれのアル。ただの酒好きなおっさんだ」
後にライドウが語る。牢獄で会った得体の知れない男。ただ、温かく貴族である自分が無意識にすべてを話してしまうほど大きな男。だからすべてを信頼したと。
アルドが投獄される少し前。シャルダンの兵士たちが去ったフェリルの街の酒場では、店主の怒りが爆発寸前まで膨れ上がっていた。
「許せねえ。もう、許せねえ……」
荒らされた店。法外な税。仲間を、数年ぶりに帰って来てくれたアルドを自分の不甲斐なさのため連れ去れてしまった。
スキンヘッドを真っ赤に染め上げた店主がテーブルをドンと叩き大声で言う。
「戦うぞ!! 俺たちはあのバカ領主に断固抵抗する!! 俺に賛同する者は声を上げろ!!!」
「おおおーーーーっ!!」
「許さねえ!!」
「領主をぶっ潰す!!!!」
その場にいた客、冒険者に街の人。悪行が過ぎる領主に対して初めての蜂起がここに起こった。
(アル君……)
そんな中、たったひとり青い瞳のユーリシアはアルドの身を案じ涙を流した。




