5.アルド、拘束される!?
「正当防衛、成立。で、いいよな?」
領主シャルダンの軍が酒場の空気を一変させたと言うならば、この黒髪の元勇者もやはり同様にその空気を一変させたと言っていいだろう。
頬に当たり止まった領主軍のリーダーの手をゆっくりと退け、アルドが突き刺さるような視線を放つ。
「こ、この農夫風情が!! 領主様に楯突くと言うのか!?」
領主軍のリーダーはアルドの背に付けた鍬の柄を見て農夫だと思ったのか、後退りしながら引きつった顔で言い返す。スキンヘッドの店主を痛めつけていた部下の兵士たちが、アルドを取り囲むように集まり、見下した態度で言う。
「農夫が領主様に楯突くだと!?」
「身の程知らずな奴め」
「きつい躾が必要だな!」
ここフェリルの地で領主シャルダンは絶対。異を唱える有力者を次々と抹殺し、独裁政治を敷いている。
「アル君……」
よく街を訪れていたユーリシアはその領主の恐ろしさを知っている。対照的に毎日酒を飲み、山に隠居生活をしていたアルドはそんなこと全く知る由もなかった。
部下たちに囲まれた安堵したのか、リーダーが不気味な笑みを浮かべ皆に言う。
「さっきは少し驚いたが、何も知らぬただの馬鹿農夫だったか。お前ら、しっかり躾けてやれ」
「「はっ!」」
リーダーが軽く手を上げ合図をする。それに答えるように部下たちが一斉にアルドへと襲い掛かった。顔から血を流した店主が声を上げる。
「アル!! 逃げろ!!」
元冒険者で頑丈な自分でもこの有様。ただの『飲んだくれのアル』では命に関わること。だがその飲んだくれは、背に付けた鍬の柄をゆっくり取り出すと笑顔で答える。
「心配すんなって」
一瞬、その言葉を聞いた皆は意味が理解できなかった。だが再びその『飲んだくれ』によって空気が変わる。
「農夫風情が!!」
シュン!!
領主軍のひとりがいきり立って殴り掛かる。アルドはそれを寸でのところでひょいと躱す。
ドン!!
「ぐわっ!!」
勢いあまってテーブルにぶつかり倒れた兵士。
「あ、おい。大丈夫か?」
彼を心配するかのようにアルドがしゃがみ込む。同時に横から殴りかかろうとした別の兵士の拳が再び空を切る。
ドン!!
やはり同じく勢いあまってテーブルに突撃。また別の兵士が大声で言う。
「き、貴様っ!! 農夫のくせに!!!」
アルドが手にした鍬を手に困った顔で答える。
「いや、俺はまだ何もしてねえけど。それに俺は農夫じゃねえ。働くの嫌いだし」
ドン、ドドドン!!
「ぎゃっ!!」
「ぐぎゃっ!!」
クルクルと回した鍬の柄。それにアルドに飛び掛かろうしていた数名の兵士の頭が当たり、皆がその痛みに悲鳴を上げ蹲る。
「ぷっ」
「んぐっ、くすくす……」
まるで喜劇。そう、凍り付いた酒場の雰囲気を変えたのは、アルドの遊んでいるかのような応戦劇。まるで戦っていない。だが次々と兵士たちが倒れていく様は、驚きを超えて滑稽でもあった。
「アル君……」
ただユーリシアだけは皆とは違った視線を向けていた。物心ついた時にはすでにアルドはただの飲んだくれ。生活力ゼロの三十路前のおっさん。頭では理解しているが、彼が元勇者なんてことは現実として理解できない。
部下が倒れ、堪りかねた領主軍のリーダーが剣を抜きアルドに向かって言う。
「貴様……、領主軍を、シャルダン様を愚弄しおって……」
トンと鍬の柄を床に突いたアルドが尋ねる。
「おい、そのシャルってのは、元副領主のシャルダンか?」
「!!」
再び凍り付く空気。絶対的存在の領主に対して、その配下の軍の前での呼び捨て。絶対にありえないことだし、下手をすればその場で斬り捨てられることだってある。リーダーが顔を引きつらせて答える。
「無知な農夫が、何と畏れ多いことを……」
「だから俺は農夫じゃねえし、それよりシャルダンが副領主だったのかって聞いてんだよ?」
相次ぐ暴言。さすがにこれには酒場にいた客たちも青ざめていく。リーダーが答える。
「無知なくせに、妙なことは知っているな。そうだ、確かに以前シャルダン様は別の場所で副領主をされていた。だがそれがお前に何の関係がある?」
アルドは小さく頷き、手にしていた鍬の柄を背に戻すとリーダーに言う。
「分かった。俺を連れて行け。シャルダンに用がある」
驚く一同。リーダーも内心驚いたが、一方でこのような反逆分子には見せしめが必要だと咄嗟に判断する。
「いいだろう。お前を連行する! このような大罪、牢獄にて生涯後悔するがいい!!」
リーダーの合図で部下たちが一斉にアルドの身柄を拘束し始める。
「アル君! アル君、いやだよ、行っちゃやだ!!!」
泣きそうな顔で駆け寄ろうとしたユーリシア。だがアルドはそれを手で制して言う。
「心配すんなって。お前はここで待ってろ。オヤジ、ユーリを頼む」
「あ、ああ……」
顔からの流血を押さえながら立ち上がった店主が小さく答える。何が起こったのか。あまりのあり得ない出来事に、まだしっかりと理解できていなかった。
「連れて行け!! シャルダン様に歯向かったことの意味を分からせてやる!!」
アルドは兵士たちの縄に両手を縛られ、酒場を後にする。
「アル君……」
残されたユーリシア。自然とその青き瞳からぼろぼろと涙が溢れ出した。
フェリルの街から少し離れた郊外にある広大な建物。周囲を高く、重厚な壁に包まれた領主シャルダンの大豪邸。魔物や、少々の軍隊では攻略すらできないほどの城塞豪邸。
その中庭で優雅に食事を楽しむ領主シャルダン・ザルコットが、周りの美女たちにご機嫌で言う。
「さあ、たくさんお食べ。あと何か欲しいものはないか? ボク様が何でも買ってあげるよ~」
広いテーブルにはたくさんの美女たちが同席。食べきれないほどの豪華な食事を前に、満面の笑みでそれに答える。
「嬉しいですわ、シャルダン様」
「なんて男らしいのかしら。また惚れてしまいますわ」
「シャルダン様、お慕い申しております」
豚のように太った体。くせ毛に細い目。何よりその悪人面と大勢の美女が同席するこの光景は、何度経験しようが執事ですら内心未だ違和感を覚える。シャルダンが言う。
「おい、ワインがなくなっているぞ。最高級のを持ってこい!!」
「かしこまりました」
重税に苦しむ一般人。ここだけはまるで天国のような光景が広がっている。そんなシャルダンにとある一報が入る。
「シャルダン様、ご報告が」
「何だよ……」
上機嫌で美女たちとワインを飲んでいたシャルダンの顔が曇る。くだらないことで邪魔をされたくない。だが部下のその言葉に彼の表情は一変した。
「フェリルの酒場で、畏れ多くもシャルダン様を愚弄する農夫が現れ拘束しております」
「ほお、ボク様を……」
悪人面のシャルダン。その顔がより一層残虐性を帯び始めた。




