4.領主軍、暴れる!!
「よお、オヤジ!!」
数年ぶりにホームとも呼べる酒場に戻ったアルド。ドアを開けた瞬間体を包む熱気。アルコールとつまみの混じった独特の香り。冒険者や仕事帰りのオッサンの笑い声。そのすべてが懐かしく、心地よくアルドの体を優しく包む。
「お、アルか? アルじゃねえか!!」
元冒険者だと言うスキンヘッドでガタイの良い店主。数年ぶりに現れたアルの顔を見て子供のような笑みを浮かべる。アルドも同じく満面の笑みで店内へと入る。
(それにしても冒険者が多いな……)
店内を歩きながらも、目に映るのは酒を楽しむ多くの冒険者。未だ減らない魔物討伐のため冒険者の仕事は多く、それを考えると元勇者だった者への批判はある意味仕方がないだろう。だがそんな辛さからアルドは逃げた。これ以上自分が否定されることに堪えられなかった。
「飲んだくれのアルって、もぉ……」
一方、カウンターに座ったユーリシアは『若奥様』と言う言葉にはときめいたものの、アルドの不快な二つ名を聞きむっとする。
自分が街に来るようになった頃には、ほとんど家で飲むだけになっていたアルド。店主とがっちり握手をしながら酒を飲む彼を見て、自分が知らない想い人に何だか少し嫉妬する。
バン!!!
ユーリシアがこの酒場からも手紙を貰っていたなと思い始めた時、店内の賑やかな空気を壊すようなドアを開ける音が響いた。
「おい、店主!! いつになったらちゃんと税金を払うんだよ!! あぁ!?」
ここらを管理する領主軍の制服を着た男数名。ガラの悪い声が賑やかだった店内に響く。客たちの視線が集まる中、スキンヘッドの店主が答える。
「税はちゃんと収めている!! お前らに用はねえ、帰ってくれ!!」
怒りのせいか、店主は頭まで真っ赤に染め震えている。領主軍のリーダーが見下したような視線を向けそれに答える。
「ふざけるな! まだ半分も払っていない。それとも領主シャルダン様が決めた税が払えないと言うのか!?」
スキンヘッドの店主が握り拳を作りそれに反論する。
「馬鹿なことを言うな!! いきなり税を三倍にして、どうやって払えと言うんだ!! 俺たちに死ねと言っているんか!?」
領主軍と店主の言い合い。店内は一瞬で騒然とした雰囲気へと変化した。ずっと袋の中を見ていたユーリシアが、一通の手紙を取り出し小声でアルドに言う。
「アル君、ここの酒場も手紙出してたよ! ほら、これ。急に重い税を課した悪徳領主シャルダンを何とかしてくれって書いてある」
アルドはユーリシアから受け取った手紙を黙って見つめ、とあることを思い出す。
(シャルダンってどこかで聞いたような……、うーん、副領主シャルダンだっけか? まあ、顔見りゃ分かるが)
勇者パーティ時代、確か魔物に襲われていたシャルダンと言う副領主を助けたことがあった。通りすがりに助けただけだが、くせ毛に細目、何より副領主とは思えない悪人面は印象的であった。
ドン!! バリン!!!!
「きゃあ!!」
領主軍のリーダーが近くにあった客のテーブルを蹴り上げた。乗っていた皿やグラスが大きな音を立てて落ち割れる。
「これだけ繁盛しているのに、シャルダン様が決められた税が払えぬだと? 誰のお陰で毎日商売ができてると思ってんだ!!」
「お前ら……、大切な料理を……」
スキンヘッドの店主の頭にみるみるうちに青筋が浮かび上がる。元戦士だった店主。徐々に怒りの限界が近づいている。領主軍のリーダーが言う。
「我々領主軍がな、毎日魔物を討伐しているからお前らが安心して生活できるんだよ!! だから金が要る。払えない? だったらお前らはこのフェリルの街が魔物に蹂躙されても文句ないのだな!?」
「くっ……」
確かに魔物の数は一向に減らない。その状況下で領土や街を守ってくれているのが領主。軍費が嵩張るのは理解できる。
「だからと言って、いきなり三倍はおかしいだろ!? 俺たちに死ねと言っているのか!!」
領主軍のリーダーが腰に付けた剣を抜き、それを店主に向けて言う。
「払えぬのなら魔物に食われて死ね。簡単なことだろ? 脳筋なお前でも分かることだ」
「な、何だと……」
店主の怒りの限界が近づく。そしてその引き金に指がかかった。領主軍のリーダーが言う。
「とりあえず今日は州法に従い強制徴収を行う。やれ、お前ら」
「「はっ!」」
リーダーに命じられた領主軍兵たちが、一斉にカウンターへと向かう。
「な、何をするんだ!? お前ら勝手に……」
リーダーに命じられた領主兵たちが客の合間を縫うように移動。カウンターにある売上金を漁り始めた。
「やめねえか!! てめえら!!!!」
店主の怒声が響く。我慢の限界。元戦士だったスキンヘッドの店主がその大きなガタイを震わせて領主軍へと殴りかかる。
ドン!!
店主の拳を金属製の小手で受け止める領主軍。そして連携の取れた動きで一斉に店主へ反撃を始める。
ドフッ、ガッ、ドンドンドン……
「がっ、ぐがっ……」
元戦士とは言え長きブランクと、複数の現役領主軍に囲まれてはさすがに手も足も出ない。
「酷い……」
「こんなことが……」
店内にいた客たちから哀れんだ声が上がり始める。
「ちょい待ちな」
誰もが目を背ける中、カウンターでグラスに入った酒を飲み干したアルドが声を掛ける。
「ア、アル君……」
不安そうな表情のユーリシア。ゆっくりと立ち上がったアルドに領主軍が聞き返す。
「何か用か? 一般人」
凍り付く空気。フェリルの人間なら皆が知っている。決して領主様には逆らってはいけないと言うことを。アルドが答える。
「そのオッサン、俺の友人なんだ。もう止めてくれねえか?」
「ア、アル……、俺は大丈夫、だ……」
顔から血を流しながら店主が言う。こんなことで彼を巻き込みたくはない。そんな思いやりだった。領主軍のリーダーが歩いて来て言う。
「知り合い? ほお、じゃあお前が代わりに税を納めるんだな?」
アルドはぼさぼさの黒髪頭を掻きながら笑って答える。
「悪いが、俺、一文無しでな」
そう言って何も入っていないズボンのポケットの裏地を出しおどけて見せる。張り詰めた空気。そんな中で行われたアルドの所作に店内から小さな笑いが起こる。
「き、貴様……」
対照的にそれまで冷静だったリーダーの顔は紅潮。目を見開いてアルドを睨みつける。
「や、やめろ。アル、お前には関係……」
ドフッ……
スキンヘッドの店主がそう言い終わる前に、領主軍のリーダーの拳がアルドの頬に打ち込まれた。ユーリシアが手で口を押さえて言う。
「アル君!!」
だが、殴られても微動だにしない元勇者アルド。頬にある拳をゆっくり手で退かしながら言う。
「正当防衛、成立。で、いいよな?」
氷のように冷たく、それでいて燃え盛るような熱い目。領主軍のリーダーは不覚にも、睨まれただけで体が震え始めていた。




