3.依頼の始まり。
「え、売れちゃったの!?」
フェリルの街にやって来たアルドとユーリシア。勇者の剣を売った質屋にやって来たのだが、すでに売れてしまったらしい。小太りで髭を蓄えた店主が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。随分前の話だし、買い手がついたら売るのが仕事だから」
「そんなぁ、どうしよう……」
金髪で青い瞳のユーリシアが振り向き、アルドに涙目で言う。アルドが困った表情を浮かべそれに答える。
「どうしようって言われてもな……、なあ、オヤジ。誰が買ったのか教えてくれねえか?」
そう尋ねられた店主がアルド以上に困った顔で答える。
「いや、それはお客様の秘匿情報でして……」
「おじ様、お願い……」
急にユーリシアが潤んだ瞳になり、店主の手を両手で包み込むように見つめる。朱色に染まる頬。甘酸っぱい少女の香り。一瞬でその姿を不運な悲劇のヒロインへと変貌した。
「いや、でも、ユーリちゃん……」
「おじ様……」
中年男への最強攻撃。若く可愛いユーリシアの猛撃の前に、小太りのおっさんが陥落するのに時間はかからなかった。
「……マルダン商会。ごめんね、これで許して」
「マルダン商会ね、ありがとう。おじさん!」
軽くオヤジを陥落させたユーリシアがアルドに向かって笑みを浮かべる。
(クソガキだと思っていたんだが、いつの間にこんなことできるようになっていたんだ?)
アルドは子供だと思っていたユーリシアが、ある意味色香を使って交渉する姿を見て内心驚いていた。
「マルダン商会の本部って確か隣国のセシル公国にあるよね。アル君、行ってみようか!」
「そうだな。個人に買われなかっただけ運が良かったかもしれん」
アルドはその商会の名前を以前どこかで聞いたような気もしたが、今は急ぎ隣国に向かうべきだろうと思った。ユーリシアが店主に手を振ってお礼を言う。
「ありがとね、おじさん!」
「あ、ああ。またね。ユーリちゃん」
まさに若い娘に手玉に取られる中年オヤジとはこのことだなと思いつつ、アルドはユーリシアと共に店を出た。
「ああ、もう暗くなっちゃったね。仕方ないけど、今日はフェリルで一泊しようか」
陽は沈み、暗くなった夜空は紺色と朱色が美しく混ざり合っている。心地良く吹く涼しい風。街の人達も仕事を終え足早に自宅への帰路を急いでいる。
「金はあるのか?」
路銀の心配をしたアルドに対し、ユーリシアが懐から取り出した銀貨を見せて答える。
「これが最後。まあ、今日の宿代とご飯代ぐらいはなんとかね。アル君、これからちゃんと働いてね!」
そう言ってもう片方の手には勇者に助けを求める手紙の束。アルドは小さくため息をつきながらも、どうしてもそれだけはお願いしたかった。
「ユーリ、今日の夕飯だが……」
その言葉を聞いたユーリシアが即答する。
「今日の夜は適当に安いパンでも買って……」
アルドが通りの向かいにある一軒の酒場を指差し懇願するように言う。
「今日の夜だけあそこで食べたい! お願いだ、ユーリ!!」
「……」
それはアルドの大好きな酒場。数年前、ここに引っ越してきた時によく通っていた行きつけの飲み屋。ユーリシアはその酒場を一瞥してから冷酷に言う。
「どこにそんなお金があるの、アル君? 私たちの状況、本当に分かってる??」
何年も働かずに暮らしてきた者と、物心ついた時から家事やら仕事やらして来た者との威厳の差。何の反論も許さないユーリシアの冷酷な瞳の眼差しを、体にグサグサ突き刺されながらアルドが懇願する。
「お願い! 頼むから、真面目に働くから!!」
終いには土下座を始めるアルド。傍から見ればしっかり者の嫁にダメ亭主が詫びを入れているようにすら見える。腕組みをしながらユーリシアが答える。
「アル君、気持ちは分かるけど……」
「今日は俺とお前の新たな旅たちの日だ! 二人が歩む長い人生の旅への祝杯を、どうかあの店で挙げさせてくれ!!」
「え? 二人が、歩む……、人生の旅……?」
ユーリシアが口を開けて固まる。アルドと歩む二人だけの人生の旅。頬を赤めたユーリシアが屈み込んで尋ねる。
「ね、ねえ、アル君。それってもしかしてプロ……」
「お願いだ! ユーリ!!」
地面に頭をこすりつけて頼み込むアルド。ユーリはそんな彼の手を取り笑みを浮かべて言う。
「うん、いいよ! 私たちの将来の為だもんね!!」
「あ、ありがとう、ユーリ。大好きだ」
「もぉ、アル君ってば! こんな所で恥ずかしいじゃん……」
真っ赤に染まる顔。ユーリシアは両手で顔を押さえながら経験のない幸せに包まれる。立ち上がったアルドも拳を握り、感慨深げにつぶやく。
(数年ぶりの酒場での酒。俺は、俺は……)
「……本当に幸せだ」
「アル君……」
もはやアルド以外その青き瞳に映らないユーリシア。べったりとアルドに寄り添い、二人は酒場へと足を運んだ。
「よお、オヤジ!!」
酒場に入ったアルドは店主に笑顔で声を掛ける。スキンヘッドでガタイの良い店主。アルドの顔を見て驚くように言う。
「あれ、アル?? 飲んだくれのアルじゃねえか!?」
(飲んだくれのアル?)
ユーリシア初めて耳にするその不快な二つ名に眉をしかめる。アルドがカウンターに行き、スキンヘッドの店主とがっちり握手をして答える。
「舞い戻ったぜ、これからは『不死鳥のアル』と呼んで……」
ガン!!!
「痛っ!!」
そんなアルドの頭をユーリシアが手刀で殴りつける。
「もう、アル君! 馬鹿なこと言ってないで夕飯食べるわよ!」
「あ、ああ。すまない。オヤジ、いつもの頼む」
「おう。これまた若い奥さん、って、この子ユーリちゃんじゃねえか!?」
驚く店主。それ以上に驚くアルドが言う。
「そうだが、なんでユーリのことを!?」
「何でって、ユーリちゃんと言えば真面目で可愛くて、しっかり者で……、なんでお前と居るんだよ?」
(俺が山に籠っている間に一体何があったんだ……)
ユーリシアが街に出ていたのは知っている。この街で働いていたことも知っている。ただそれ以上は何も知らなかった。子供だと思っていたユーリシアだが、いつの間にか立派に育っていたようだ。
バン!!!!
突如、そんな和やかな空気を壊すような大きな音が酒場に響いた。勢い良く開けられたドア。振り返る一同。そこには領主兵の軍服を着た厳つい顔をした一行が居た。そのひとりが言う。
「おい、店主!! いつになったらちゃんと税金を払うんだよ!! あぁ!?」
その言葉に顔を赤くして怒りを現すスキンヘッドの店主。
ユーリシアはその光景を見つめながら、ふとフェリルの街の酒場からも助けを求める手紙が来ていたことを思い出した。




