2.二人の旅の始まり
リーディア王国の片田舎。その山中に十二年前、魔王軍と戦った元勇者アルド・シュナイデルは静かに暮らしていた。
「アル君~、準備できた??」
一緒に暮らす金髪で青い瞳の少女ユーリシア・ファンデルセン。彼女はアルドが魔王討伐の旅を終え、帰還途中に魔族に滅ぼされたとある場所で保護した孤児である。
「ちょっと待ってくれ。確かここに隠しておいた秘蔵の酒が……」
「早く行くよ!!」
世間からの冷たい言葉に心を痛めたアルドは、孤児だったユーリシアとともに隠居生活を始めた。数年おきに居住地を変え、その居場所は元勇者パーティの仲間ですら知らない。
「なあ、ユーリ。ここにあった俺の酒、知らねえか?」
「お酒? ああ、それならだいぶ前にお料理に使ったよ」
「はぁ!? マ、マジかよ……」
「そんなことより早く行くよ!!」
赤子のように小さかったユーリシアもいつしか美しく成長し、今では飲んだくれのアルドの生活の世話をしている。
「なんてこった……、あれは俺が苦労して酒場のオヤジから貰って……」
「この家ともさようなら、なんだね」
ユーリシアが感慨深く自然に囲まれた平屋建ての家を見つめる。
ここに越して来て数年。三十路手前のアルドにとってはその人生の一ページでしかない場所だが、彼女にとっては物心がつき色々と思いが詰まった場所。昔、少し金持ちの農夫が住んでいたと言うこの家。ユーリシアがきちんと掃除をしてくれているお陰で住み心地は良かった。
「まあ、そうだな。……よいしょっと」
ユーリシアの言葉に頷きながら、アルドは庭の隅にあった鍬に手を掛け何かを始める。
「何するの?」
そう尋ねるユーリシアにアルドが鍬の柄の部分を取り外し答える。
「ん? 剣がなくなっちまったんで、まあこれで代用する」
「え、でも、それってただの柄じゃん。木の棒??」
アルドは鍬の柄をクルクルと回してから背に付けると、笑ってユーリシアに答える。
「まだ魔物が出るからな。出てきたらこれで追っ払う」
「だ、大丈夫なの……??」
ユーリシアもアルドが元勇者だって言うことは知っている。ただ魔物に襲われたことはないし、アルドが戦っているところも見たことはない。自称元勇者ではあるが、剣でなくただの木の棒で戦えるのか? 不安そうな顔をするユーリシアの頭をアルドが撫でながら言う。
「心配ねえ。さ、行くぞ」
「うん。行こっか!」
それでもユーリシアはアルドの声を聞くと絶対的な安心感に包まれる。無条件の信頼。ユーリシアにとってアルドは育ての親であり、家族であり、そして想いを寄せる唯一無二の存在であった。
「ねえ、アル君。私を拾った場所、そこにも行けるかな……?」
家を出て歩き始めたユーリシアが静かに言った。彼女に孤児だと言うことは伝えてある。ただアルドはどの国の、どこで拾ったかまではとある理由により黙っていた。
「さあな。忘れちまったよ、そんなこと」
「ふ~ん……」
ユーリシアにとってそれは興味はあるものの、アルドが言いたくないのならばそれで良かった。何より彼女にとってアルドと一緒にいる今、この時間が一番の幸せであった。
「それより、ユーリ。勇者の剣を売ったのはフェリルの街の質屋でいいのか?」
大切な勇者の剣。まずはそれを何としてでも取り戻さなければならない。ユーリシアが頷きながら答える。
「うん、そうだよ」
「そうか。じゃあ、まず質屋に行って買い戻さねえとな。それからその手紙の依頼、受けてやるよ」
「ごめんね、売っちゃって」
「気にすんな。俺が悪い」
アルドが歩きながら少し笑いそう答える。そんな無防備な笑顔がユーリシアは大好きだった。
「ねえ、アル君」
「ん?」
「ヴァルファード王国に何があるの?」
「……」
彼女がそう聞くのも無理はない。遥か遠方の孤島。強力なドーム状の結界で周囲を囲まれ、商船すら通過できない場所。学校の教科書にも出て来る閉ざされた国。そこへ行こうと言うのだから不思議がるのも無理はない。
「ちょっとな。忘れ物って訳じゃねえんだけど……」
――アルド、あなたは黙って私を守りなさい!
――アルド、どこにいるの?
――アルド、アルド
「忘れ物? まさか女の子とかじゃないわよね??」
一瞬ぼうっとしていたアルドを覗き込むようにユーリシアが尋ねる。
「ば、馬鹿言うんじゃねえ。そんなこと……」
アルドの反応。それを見てユーリシアはすぐに何かあると思いつつも、腕に手を絡め甘えるように言う。
「アル君はぁ、ユーリのものなんだからね!」
「や、やめねえか。こんなオッサンに……」
動揺するアルドにユーリがその美しい青い瞳で上目遣いで見つめながら言う。
「全然~。ユーリは問題ないよ~!!」
「分かったから、離れろ……」
「照れちゃって、可愛い~」
「誰がお前みたいなクソガキ……」
とは言えこうなるとアルドはもうユーリシアに勝てない。鼻歌を歌いながら楽しそうに歩くユーリシア。アルドはその後を静かに歩いた。
「あ、見えて来たよ! フェリルの街」
半日ほど歩いてようやく近隣の街であるフェリルに到着した。決して大きな街ではないが、多くの人が暮らし、冒険者に必要な店や商店、銀行にギルト、そして目指す質屋も備えた便利な街であった。
「幾らの値がついているんだろうね。アル君の剣」
フェリルの街を慣れた感じで歩くユーリシア。この地に越して来てから街での買い物はほとんど彼女に任せていた。ゆえに彼女にとってみればここは庭のようなもの。対照的にアルドは、金欠の為ここ最近はほとんど飲みに来ていなかった。
「こんにちは!」
「お、ユーリちゃん」
質屋に入ったユーリシアを店主が笑顔で迎える。すでに顔馴染みらしい。
「ねえ、おじさん。だいぶ前に質に入れた綺麗な剣、覚えてる?」
質屋の店主。小太りで髭を蓄えた穏やかそうな男が答える。
「覚えてるよ。もう売れちゃったけどね!」
剣を探す旅。ここからアルドとユーリシアの長き旅が始まる。




