1.元勇者、借金に驚愕する。
「アル君、大変~!! 今日でこの家追い出されちゃうよ!!!」
黒髪に無精ひげ、少しお腹の出始めた元勇者アルド・シュナイデルは、そう血相を変えながら部屋にやって来た金髪の少女に気だるそうに答えた。
「ん? 何を言ってるんだ、ユーリ。それより酒を持って来てくれ」
金髪で青い瞳の少女、ユーリシア・ファンデルセンがむっと頬を膨らませて言い返す。
「これ見てよ、アル君!!」
そう言いながらユーリシアが手にした紙の束をドンと机の上に置く。そしてその一枚を見せながらアルドに言う。
「借金だよ、借金!! アル君が飲んだお店の借金。こんなにたくさん……」
ユーリシアが机に置かれた請求書の束を見て泣きそうな顔になる。
「はあ? 借金? そんなもん、俺が勇者時代に貰った報奨金でだな……」
「どこにあるのよ、そのお金!!」
「どこって、ほらそこの箱の中に……」
アルドが部屋の隅に置かれた古びた宝箱を指さす。ユーリシアがかつかつとその宝箱に近寄り蓋を開け、空になった中を指差し大声で言う。
「そんなもの、とっくの昔になくなってるんだよ!!」
「は……、嘘だろ……?」
ほろ酔いだったアルドの酔いが一気に冷めていく。昔、魔王決戦の旅を終えて貰った多額の報奨金。そのお金で隠居生活を送っていたアルドは突然突き付けられた事実に狼狽する。
「マジでねえ……、どこ行ったんだ。あの大金は……」
ユーリシアが腕組みをして箱を覗き込むアルドに上から言う。
「どこ行ったって、すべてアル君のお酒に消えたんでしょ!!」
隠居生活を始めてアルドはすぐにとある理由から酒漬けとなった。とにかく街で飲み、家に戻ってまた飲み続ける。そんな生活を長年続ければ当然の結果であった。ユーリシアが項垂れて言う。
「私が働いたお金もすべて生活費に消えて……、ううっ、アル君……」
小規模ながら作物を作って街で売ってたユーリシア。その彼女の涙を見て、さすがに酔いが醒めたアルドが言う。
「な、泣くな、ユーリ。仕方ない、俺の勇者の剣を質に入れてだな……」
「え? もうとっくに売っちゃったわよ」
「は?」
これには元勇者も驚きを隠せない。
「い、いや……、え? はぁ? 売ったぁ!? あれは俺が魔王と戦った大切な……」
「だって、アル君が『これ売って来い』って渡したんじゃない……」
「そ、そうだっけか……?」
全く覚えていない。酔った勢いでユーリシアに渡したかもしれない。
「それは困ったな……」
勇者の剣。あれは魔王決戦で活躍した大切な剣なのだが、それ以上に重要なアイテムとしての役割を持つ。ユーリシアが言う。
「とにかく多額の借金のせいでこのうちも今日中に出なきゃならないの! アル君、分かってる?」
「いや、分からないような、分かるような……」
アルドは黒髪の頭をぼりぼりと掻きながらしどろもどろに答える。ユーリシアが紐で縛られた別の紙の束を机に置き、アルドに言う。
「だからね、アル君。もう、これやるしかないよ!!」
「ん? 何だそれ……」
アルドの目に紙の束が映る。ユーリシアが言う。
「これは随分前から『勇者アルド様』宛に届いた助けを求める手紙だよ!!」
「あ、ああ、そうだったな……」
アルドは隠居した自分の元に、『誰彼が悪さをしたから助けてくれ』みたいな手紙が何通も届いていたことを思い出した。
「ほら、ここ見て! 助けてくれたらお礼を出すって書いてあるでしょ! 家もなくなっちゃうし、この人たちを助けながら旅をして借金を返すしかないよ!!」
「……」
アルドは沈黙した。昔、必死に頑張り魔王の居ない世界を作った。だが彼を待ち受けていたのは謂れのない批判であった。
『魔王が居なくなっても魔物が減らないわ!』
『本当に魔王と戦ったのか!?』
旅を終えた後でも魔物の数は大して減ることはなかった。その批判が勇者パーティに容赦なく向けられた。
「俺はどこかで静かに暮らすよ」
辛い現実。アルドがそう言って皆の前から姿を消すのに時間はかからなかった。
「皆を助けに、ねえ……」
だから助けを求める手紙が来ていたことは知っていたが、敢えて自ら動くことはしなかった。ユーリシアが手紙の束を突き付けて言う。
「もう選択権はないの! アル君にもしっかり働いてもらわなきゃ!!」
「うーん、気は進まねえが……」
正直面倒だ。だが住む家も、大好きな酒も飲めないとなれば嫌でも仕事をしなきゃならない。弱冠十五歳の小娘にすべてを任せていたことも反省すべきだろう。
「ん?」
ユーリシアが突き付けた手紙。その一部を見ていたアルドの手が止まる。
(アリス・ヴァルファード……)
質素な手紙。だがその名前を見たアルドの手に汗がじわりと滲む。鼓動が速くなるのを感じながらその封を開ける。
【助けて、アルド】
殴り書きのような乱れた文字。急いでいたのか、何かあったのか。だが差出人は間違いなくあのツンデレアリス。アルドの脳裏に十二年前の魔王決戦の光景が鮮明に蘇る。
「ユーリ、ヴァルファード王国に行くぞ」
「え? ヴァルファード王国って、あのヴァルファード!?」
驚くのも無理はない。ヴァルファード王国は果てしなく遠方にある島国で、更に周囲を強力な結界で囲まれたいわば『世界の孤島』。入国することすら困難な場所だ。アルドが言う。
「ああ、行く。勇者の剣あっただろ? あれがヴァルファードに行く転移アイテムになっているんだ」
「え、そうなの!? でも売っちゃって……」
「だから探しに行くんだ。ついでに手紙の依頼もやってやる。行くぞ、準備しろ」
「あ、うん!」
ユーリシアは急に人が変わったかのようになったアルドに驚きつつも、借金返済の旅に出てくれることに一先ず安堵した。
アルドはユーリシアが部屋から出て行った後ゆっくり立ち上がり、アリス・ヴァルファードと書かれた手紙を手に小声で言う。
「やっぱ行かなきゃなんねえんだな……」
十二年前の忘れ物。三十路を前にした元勇者が再び立ち上がる。




