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拝啓、勇者様。以前、あなたに救われた者達が悪さを始めました。どうかまたお助け下さい。  作者: サイトウ純蒼
第四章「自惚れ剣聖大臣ベルサール」

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36.ご機嫌斜めなユーリ様

「チャノ、大丈夫!? チャノ、無理しないで……」


『世界の孤島』と呼ばれるヴァルファード王国。四方を海に囲まれ、鉄壁の結界に守られた国。その内情はベールに包まれ、こうして魔族の襲撃が強まっていることなど外界の誰も知ることもなかった。



「大丈夫。チャノ、できる子。まだ大丈夫……」


 王都が陥落し、残すはヴァルファード王城のみ。多くの人たちが避難したこの巨大な王城に、最後の三賢者チャノ・エリザベートが強力な結界を張る。

 チャノの私室。可愛らしい刺繡やフリルの付いたカーテンがある部屋。その中央に座する彼女の隣に、赤髪の第一王女アリス・ヴァルファードが心配そうに尋ねる。


「でもチャノはもう外界の結界に、魔(・)王(・)封(・)印(・)もしている。その上、お城の結界まで……」


「大丈夫。チャノ、できる子……」


「チャノ……」


 三賢者のうち、二人が居なくなった。必然的に残されたまだ幼さ残る彼女にその重責がのし掛かる。


(幾ら三賢者最強とは言え、たったひとりで三つもの封印や結界を続けるのは無理……)


 閉ざされた孤島。守ってくれる結界が今は逆の意味で皆を孤立させている。



 ――アルド


 アリスは窓からのぞく曇った空を見つめながら、かつてこの地で勇者の剣を振るった英雄を思い出す。




「アイリン様。そろそろ準備を始めましょうか」


 同じ王城内。肥厚したお腹に薄毛の頭。ギザリフ大臣が部屋で紅茶を口にする女魔族アイリンに言った。


「始めるって何を?」


 そう尋ねるアイリンにギザリフが脂ぎった額に汗を流し答える。



「魔(・)王(・)ガ(・)レ(・)フ(・)様の復活儀式でございますよ」



「まあ、素晴らしいわ。もういいの? まだ三賢者が残ってるでしょ?」


 アイリンが艶のある銀髪を尖った耳に掛けながら尋ねる。ギザリフが笑みを浮かべて答える。


「チャノは馬鹿そうに見えてかなり強い。だけどさすがにこの三重苦をひとりで保ち続けるには負荷が大きすぎます。今こそ最大の好機。復活祭を始めるべきかと」


 アイリンがすっと立ち上がってギザリフに歩み寄り、その脂ぎった頭を舌で撫でるように舐める。


「さすがギザリフねぇ。人間にしておくのがもったいないぐらいだわ~」


 心を麻痺させるような甘い口調の言葉。理性を吹き飛ばす甘い香り。アイリンには種族を超えて男を惑わす魅力があった。


「も、勿体ないお言葉。アイリン様の為ならどんなことでも!!」


「ふふっ、可愛いわ。じゃあ、始めて頂戴、ガレフ様復活祭を」


「仰せの、ままに……」


 脂汗を流し頷くギザリフ。彼の目にはもはや彼女以外映らなかった。






「もういいのか?」


 ダスリンらが新生レーニ王国の樹立を宣言した翌日。アルドとユーリシアは王立墓地を訪れていた。木々が茂り爽やかな風が吹く静かな墓地。その中央に並ぶひと際大きく立派な墓石。内戦中だったのに綺麗に整備され美しい花が飾られている。

 じっと目を閉じ祈りを捧げていたユーリシアが立ち上がりアルドに答える。



「ええ、もういいわ。会ったことすら覚えていないお父様にお母様たちだけど、私の家族とここで会えて嬉しかったわ」


 墓石にはレーニ王族の名が刻まれている。骨すら残らなかった惨劇。今はこの墓石のみが彼らの生きた証だ。ユーリシアがアルドに寄り添い小声で言う。


「それに、今の私にはもう家族がいるし」


「あ、ああ……」


 どう答えていいのか分からない。アルドが澄み切った空を見てそう相槌を打つ。



「ねえ、聞かせてくれる? 私を拾った時のことを」


「……分かった」


 もうその心の準備をしてきていたのか、アルドが静かに語りだす。

 ユーリシアを拾ったのは魔王討伐の旅を終え、このレーニの地を再び訪れた時のことだった。王都や王城は崩壊し、残った魔族や魔物の恐怖の中、人々は悲しむ時間すら無い時であった。



(赤子……?)


 そんな中、アルドが崩壊した王城の瓦礫の下ですやすや眠る赤子を見つける。すぐに分かった。金色の髪、身に包まれた高貴な布。抱き上げて青き瞳を見た時に確信した。



 ――第三王女ユーリシア・サッド・レーニ


 こんな奇跡があるのだろうか。徹底的に魔族に狙われ根絶やしにされた王族。その王女がこうして生き延びていた。

 贖罪だと思った。レーニに対してではない。この旅を終えた自分の不甲斐なさに対して。それが少しでも和らぐならこの王族の子を守って育てよう。コレットやキュールは驚いていたが、アルドはそう決意した。




「レーニにはまだ魔物襲撃の可能性があったからな、俺が持ち帰ることにした」


「ふ~ん」


 話の最後、そう締めくくったアルドにユーリシアが頷きながら応える。


「ユーリシア・ファンデルセンって名前は?」


 ここに来るまでそう思っていた自分の名前。少し間を置いてからアルドが答える。


「適当につけた。それだけだ」


「ふ~ん……」


 ユーリシアはそれ以上尋ねようとはしなかった。



 ギギギッ……


 墓地を出たふたり、そんな彼らを待っていたかのように一台の馬車が目の前に現れた。


「アルド様!!」


 中に乗っていたのは新生レーニ王国の丞相ダスリン。急ぎ足で馬車から降りるとアルドに言った。



「隣国クレゾンの攻撃が激化しております。まだ整備も何もできていませんが、剣聖大臣サルベール殿とクリスナを援軍として送りました」


「そうか」


 ダスリンが悲痛そうな表情で言う。


「もしお力をお貸し頂けるなら、クレゾンとの争いをお止め頂きたい……」


「……」


 無言になるアルド。昨日レーニの内戦を終わらせたばかり。次は隣国との戦争を止めてくれと言う。


「図々しいのは十分承知しております。だけど、やはり我々には勇者様のお力が……」



「期待すんなよ」



「アル君……?」


 アルドが少し斜め上を向きながら答える。


「クレゾンには『勇者の剣』があるからいずれにせよ行かなきゃならなねえ。雷使いって奴がいるのも気になる。だが俺に何ができるか分からねえ。期待せずに待ってろ」



(くすっ)


 ユーリシアは隣で小さく笑った。恥ずかしさや気まずさを隠す時のアルドはいつもこう。この対応はつまり『受けた』って意味。ダスリンが深く頭を下げて感謝を示す。


「有難きお言葉。大変感謝致します。ではわたくしは急務がございますので」


 まるでふたりの邪魔をこれ以上したくないと言った表情でダスリンが馬車に乗り去って行く。アルドが頭を掻きながら言う。



「やれやれ……」


「ふふっ、アル君ったらほ~んと素直じゃないんだから」


「はあ? 俺のどこが素直じゃねえんだよ?」


 不満気な顔のアルド。ユーリシアがあることを思い出し、アルドの前に立って言う。



「そうだわ! 素直じゃないって言ったら、ねえ、アル君。どうして私にここに残るかって聞いたの?」


(ん?)


 それは昨日、レーニの皆からこの地に残ってくれと懇願された時、アルドが『好きにしろ』と冷たく言ったことを意味する。


「いやだってよ、お前は本当は王族なんだし、ここに残った方がちゃんとした暮らしができて……」


「アル君!!」


「な、何だよ……」


 ユーリシアの顔がぷくっと膨れ、アルドを指差しながら言う。



「私がアル君と離れ離れになるなんてないでしょ!! どうして『俺と来い』って言ってくれなかったの!!」


「いや、だってそりゃ……」


「そもそも、なに? お酒飲んでいて私を見失って、しかもクリスナって若くて可愛い子とお酒飲んでたんでしょ!?」


「ば、馬鹿言うな! あいつはガキで、酒の飲めねえ奴で……」


「一緒に行ったんでしょ? はい、有罪」


「何だよ、有罪って……」


 そもそもその件はすでにこっ酷く叱られたはず。なぜまた蒸し返すのか? ユーリシアがプイっと顔を背けて言う。



「疲れた。お城まで歩けない。おんぶして、アル君」


「……はあ? お前幾つだよ!?」


「昔みたいにして!! 早く!!」


「わ、分かったよ……」


 勇者アルドが唯一苦手とするもの。それがまさにこれだろう。



「浮気者!!」


 ガブッ!!!


 背に負われたユーリシアがアルドの耳に噛みつく。


「痛ってええ!! 何すんだ、ユーリ!!」


「ふん! 知らない」


 機嫌を損ねたユーリシア。美味しい夕食によって彼女の機嫌が直るまで、アルドの心労は続くこととなった。

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