35.最高の日~クリスナの手記~
その日は私、いえ、レーニにとって最高な一日だったと思う。
「やめろ。国が大変な時に、何やってんだ!!」
勇者アルドは母様とベルサールを前に座らせて、そう大声で怒鳴りつけたわ。私がダスリンの娘であることを差し引いても、本当に心のもやもやが晴れたようにすっきりしたの。
「も、申し訳ありませんでした!! アルドさん……」
あのプライドの高い剣聖大臣ベルサールが、地面に額をつけて謝罪したの。
「仰せのままに。アルド様」
母様も丁寧に頭を下げ謝罪。それを聞いた勇者アルドが言ったの。
「ダスリンの暫定政府を正式な政府として宣言しろ。ベルサールの奴らもそれに合流。きちんと能力に見合った地位を与えるように。責任者はダスリン。ベルサール、お前は剣聖大臣でも何でもやれ」
「はい、かしこまりました」
「謹んでお受け致します、アルド様」
びっくりしたわ。何年も、私が物心つく頃からずっと続いていた二つの勢力の争いがこんなに簡単に終わっちゃったの。勇者って本当にすごい。何なの? 神なの??
「アルドさん、ひとつだけお願いがあります」
だけどそんな勇者アルドでも、苦手なこともあるみたい。殴られて、頬を赤く腫らしたベルサールの言葉に黙り込んじゃったの。
「何だ?」
「あの、ユーリシア様の女王へのご即位をお許し頂きたい。彼女はレーニの象徴。政には関与しなくてもいいので、王族としてこの地に残って頂きたい」
「……」
ベルサールの願いはレーニの民としては当然のものだったわ。勇者アルドが居なくなった時に再び混乱を収められるのは王族だけ。ユーリシア様が残ってくれるのは皆の願い。
「その前に!! 私はぜーーーーーったい、あなたなんかとは結婚しないからね!!」
ユーリシア様はとても優しいお方だ。あのような暴言を吐いたベルサールをお許しになった。本来ならばその場で斬り捨てられても致し方無いこと。だけどユーリシア様はそれを冗談っぽく水に流してしまわれた。
「は、はい!! 申し訳ございません……」
ベルサールが再び地面に額をつけて謝っていたわ。そりゃそうね。何せ相手は王族、そして勇者アルドの相棒。だからユーリシア様が彼に尋ねたのも当然のことだったのかもしれない。
「アル君、私……」
「ユーリ。お前の好きにすればいい。ここはお前の生まれた場所。そしてお前はレーニ王族だ。俺に遠慮することはない」
「……」
ふたりはどんな関係だったのだろうか。元勇者に、亡国の王女。ただ言えるのは、ずっと冷静だった勇者アルドに対してユーリシア様はやや感情的になっていたような気がする。いや、女としての何かの意地なのか。
「わ、私はアル君と一緒に行きます!! 申し訳ないけど、ここに残ることはできません!!」
明確な意思表示だった。王族としてこの地に残ることよりも、そう、きっとユーリシア様は好きな相手と一緒にいることを望まれた。でも、それも当然かな。いきなりあなたは王族でここに残って女王をしてくださいと言われたら、普通の人なら断るだろう。ましてやあれだけ頼りになる人が傍にいるのならば。
(頼りになる……?)
あれ、私はいつの間に勇者アルドに対してそのような気持ちを持つようになったのかな。彼は無様にお腹も出て無精ひげを生やし、農具を持って戦うような男。母様の言葉を信じず街を追い出したり、酷いことを言った。そんな彼のことが、頼りになる……?
「ではこうして頂けませんか。名前だけ、ユーリシア・サッド・レーニ様のお名前だけ、新生レーニ王国にお貸し頂けませんか。そしていつか旅が終わったら、ここに帰ってきて頂ければいい。如何でしょう?」
ベルサールの提案は良いと思った。やはりこの国には国王の名が必要。本人が居なくともその名前だけでもあれば十分。実務を母様や他の者が行えばいい。
「アル君……」
「いいじゃね、別にそのくらい」
ユーリシア様はどれほど彼を信頼しているのだろうか。このような大切なことをそんな短いやり取りで決断されてしまった。
「分かったわ。私の名前は貸してあげる。レーニの復興に役立てて」
「ありがとうございます!」
「大変感謝致します」
ベルサールと母様が再び頭を下げてお礼を言ったわ。嬉しそうな母様。これまでの復興が無駄にならず、そして敵対していた王国復古派との和解。更には王族の名前も掲げることができた。完璧。勇者アルドは完璧にその役目を果たしたわ!
「あとは、私ね……」
そう、私。私が彼に、勇者アルドに対して行った数々の非礼。ここで詫びなきゃいつ詫びる。
「あ、あの……」
左肩が痛い。先ほどベルサールに斬られた傷がまだ痛む。
「クリスナ! 傷は大丈夫なのかい?」
母様が心配して駆けつける。私はそれに『大丈夫』と答えて勇者アルドの元へ行く。
「あの、ごめんなさい! 色々酷いことしました……」
この時の様子を後から母様から聞いて顔が真っ赤になったわ。なにせ『普段謝ることなどしないあなたがあんなことしたから、みんな驚いてたわよ』だって。私は一体、どんな人間だと思われていたのかしら。
「おう、クリスナ。傷は良いのか?」
「はい、何とか……、それよりごめんなさい」
痛みはある。それでも私は彼に許して貰えるのか、それだけが心配だった。
「いいって。気にしてねえよ。お前に連れてってもらった店の酒が美味かったしな!」
「は、はあ……」
許して貰えたのだろうか。罵倒したり街から追放したり。そんな酷いことをして許してくれるのだろうか。
私は再度母様にその件について叱られながら、私が酒場に連れて行ったことをユーリシア様から厳しく問われる彼をずっと見つめていた。
「今日ここに、新生レーニ王国の誕生を宣言します!!!」
翌日、ユーリシア様立ち合いの下、『新生レーニ王国』の樹立が宣言された。ユーリシア様を形だけだが女王として即位してもらい、行政最高府の責任者に母様、剣聖大臣にベルサール、そして私も部隊長の地位を与えられた。今後、時間をかけてきちんと組閣していくみたい。
「アルド様、旅立たれてしまうのは大変残念です」
母様は内密に勇者アルドにレーニに残ってもらうようお願いしていたみたい。でも断られたようね。そりゃそうだ。勇者の旅を止められるはずないもの。
「あとユーリシア様にはここに三日ほど滞在してもらいます。王族の手続きに、肖像画の作成。書類にも山ほどご署名頂かねばなりません」
「え~、大変そう……」
ユーリシア様は可愛らしい人だ。私とは全然違う。華もあるし、見ていて人を和ませる。
「まあ仕方ねえな。準備ができたらすぐに出発だ。勇者の剣が渡ったと言うクレゾン王国に急がなきゃならねえ」
勇者アルドの目的は『勇者の剣』を探し出すこと。急ぐ理由は分からないけど、とにかくそれをずっと追い続けているらしい。
「あ、そうそう! お手紙のお礼をしなきゃね」
母様がそう思いだしたように言った。それは皆に黙って母様が勇者アルド宛に書いた助けを求める手紙。だから母様は彼が来てくれて本当に喜んでいたのだ。
「うん、そうだね! この手紙でしょ??」
ユーリシア様が鞄の中にある束になった手紙を取り出し、母様がしたためた手紙を皆に見せる。嬉しそうな表情。お礼とは何か? どんなものをあげると約束したのだろうか。
「では、どうぞ。アルド様」
「……ん?」
母様は部下に持たせていた酒瓶のセットを勇者アルドに手渡した。私は今なお鮮明に覚えている、あの時のユーリシア様の唖然とした表情を。
「え? 何これ。お酒……? アル君、これどういうこと??」
明らかに驚きの目から、怒りの目へと変化している。母様が勇者アルドに代わってそれに答えた。
「ええ、アルド様が和平交渉のお礼にお酒をご所望なさいまして。これでわたくしもゆっくり眠れますわ」
ユーリシア様が怒りに顔を引きつらせて仰られた。
「あのさぁ、アル君。私、全然意味が理解できないんですけどぉ~??」
「い、いや、違うんだ!! 聞いてくれ、ユーリ。これには深い訳があって……」
「アル君ーーーーーーっ!!!!」
その圧倒的な実力で、分断しかけたレーニを救った勇者アルド。だけど彼はここレーニにおいて、未来永劫『女王ユーリシアの尻に敷かれた男』と言う可哀そうな二つ名を持つ勇者として記憶されることになりそうね。




