34.目ぇ、覚ませ。
「クリスナ!!!!」
王都レーニの北部、貴族地区より雲のように現れた王国復古派の軍。その大将、剣聖大臣ベルサールとの一騎打ちに臨んだクリスナ。だが初めて知った彼の弱体化によって能力低下。あれほど拮抗していた戦いが嘘のように、その小さな体が大剣の前に倒れた。
「クリスナ、クリスナ!!!」
今にも駆け出そうとする母ダスリンの身体を兵士が必死に押さえつける。暫定政府軍最強の一角を占めるクリスナの敗北。皆に動揺が走る。
「あがっ……、くそ……」
それでも天性の才を持って生まれたクリスナ。直前で身を反らし、辛うじて致命傷は免れていた。ただ左肩から脇にかけての深い傷。どくどくと流れる鮮血。もう誰の目にも戦うことなど不可能であった。
ベルサールが倒れたクリスナの前に立ち、見下ろしながら言う。
「あの太刀を躱すとは。さすがと言ったところか」
大剣を肩に担ぎ、余裕の表情。クリスナの命はもう彼の手の上にあった。戦慄する暫定政府軍。ベルサールが大剣を振り上げ、笑みを浮かべながら言う。
「じゃあ、ここまでだ。反逆者め……」
「やめなさい!!!!!!!!」
最後のとどめを刺すベルサールに静まり返る一帯。そこに甲高い声が響いた。
「ユーリシア、様……」
ベルサールが不満げな表情で振り返り、その金髪で青い瞳の少女を睨みつける。ユーリシアが配下の腕を振りほどき、駆け出して叫ぶ。
「やめなさい!! レーニの民同士で争うことは許しません!!!!」
(ちっ……)
正統レーニを掲げる王国復古派。その象徴である王族のユーリシアが反対すれば根源が崩れる。ベルサールが大剣を鞘に戻し、ゆっくりとユーリシアへの元へと歩み出す。
「な、なによ……」
怯えた表情で後退りするユーリシア。だが彼女は屈しない。この状況を収められるなら女王でも何でもなってやる。
「ユーリシア様」
近付くベルサール。怯えるユーリシアの腕を掴み、それを高々と上げて皆に叫ぶ。
「重大な発表をする!! 私、ベルサール・ダズモンドとユーリシア・サッド・レーニ様の婚姻をここに宣誓する!!!」
「え!?」
慌てるユーリシア。いきなり何を言い出すのか。
「ベルサール様、おめでとうございます!!」
「剣聖大臣にご祝福を!!!」
王国復古派からは祝福の声。対照的に暫定政府軍は驚きの報告に皆が静まり返る。ベルサールが続ける。
「そして不肖ながらこの私が、新生レーニ王国の王に就くことを宣言する!!!」
「な、なんてことを……」
兵士に腕を掴まれたままダスリンが絶望する。王族だと言う第三王女を擁立し、彼自らが王を名乗る。これではこれまで行って来た自治区での苦労が水の泡となってしまう。
「認めないぞ!!!」
「総攻撃だ!! ベルサールを討ち取れ!!!」
一方的な宣言に激怒した暫定政府軍が一斉に動き出した。依然、数では優位のまま。この機を逃せば後戻りできない。
「愚かな……、集合的弱体化」
ベルサールが右手を上げ、再び弱体化を発動。今度のそれは、敵軍全体を弱体化させるものであった。
「か、体が動かない……」
「足が重い……」
攻撃に出ようとした暫定政府軍の足が止まる。広域の弱体化魔法。ベルサール軍が負け知らずの理由はここにあった。
「このままでは……」
士気とは文字通り『気』から生じる。剣豪クリスナが敗北し、その弱体化魔法を今度は軍全体に掛けられた。皆の足が止まり、絶望が代わりに忍び寄る。ベルサールが叫ぶ。
「さあ、反逆者どもを討伐せよ!! 新たなレーニに祝福を!!!!」
「「おおーーっ!!!」」
王国復古派の軍が一斉に散開し、暫定政府軍へと攻撃を始める。戦闘力では拮抗していた両軍だが、ベルサールの弱体化によってその能力に確たる差が出ている。
敗北は確実だった。ベルサールのシナリオ通りだった。ここまでは。
「やめて、やめて……、もうやめて!! アル君ーーーーーっ!!!!!」
ドオオオオオオオオオオオン!!!!
「!!」
激突直前、王国復古派軍の後方で当然爆音が響く。吹き飛ばされる兵士。何が起こったのか、皆の視線がその砂塵の中に立つ男に集まる。
「悪りぃな、ユーリ」
少し腹の出た黒髪、無精ひげの男。手には壊れた農具。いきなりの爆発。皆の頭は混乱した。
「アル君……」
ユーリシアの目に涙が溢れる。やっと会えた。ようやく会えた。心から信頼できる人。
そしてその暫定政府軍の最高責任者の女性も両手を口に、崩れ落ちるようにその名を口にする。
「アルド様……」
ダスリンは娘のクリスナの元に部下と共に移動。僧侶の応急処置を受ける娘に言う。
「もう大丈夫。アルド様が来てくださいました……」
目を開け戦況を見つめるクリスナ。母親に言う。
「あんな奴が来たところで、殺されるだけ……」
ダスリンが優しく娘の頭を抱きしめながら答える。
「よく見てなさい。あれが勇者と言うものですよ」
クリスナは母の胸に抱かれながら、その無様な体形の男を見つめた。
「誰だ、貴様……?」
ベルサールは突如現れた黒髪の農夫を見て、やや混乱しながら尋ねた。いきなりの爆発。鍬の柄を持った農夫。彼の周りに倒れる兵士たち。何か爆発系の魔道具か。必死に考慮するベルサールにアルドが言う。
「要求は二つ。俺はてめえらの和平交渉を頼まれてな。同じレーニの民同士、仲良くやれ」
「なっ……」
いきなりの命令口調。驚くベルサールにアルドが続ける。
「あとそこの女。俺の大事な相棒だ。返してもらうぞ」
「アル君……」
ベルサールの後ろに立つユーリシアが喜び何度も頷く。
「ああ、そうか。思い出した。貴様、報告に上がっていたユーリシア様を誑かせた詐欺師の農夫だな」
「何だよ、その設定……」
アルドが鍬の柄を肩に乗せ苦笑する。ベルサールが大剣を抜き、アルドに突き付けて叫ぶ。
「農夫風情がこの私、国王に就任するベルサール・ダズモンドを愚弄するとは万死に値する!!!」
「あ、おまえ、まさかあの時の……」
何かを思い出したアルド。だがその言葉が終わるよりも先に、ベルサールが大剣を振り上げアルドに肉薄する。
カァアアアン!!!!
皆は愚かな農夫が死んだと思った。だからその目を疑った。強固な大剣がアルドの木の棒によって撥ね退けられ、それをクルクルと回したかと思うと、今度はベルサールの腹部に思い切り突き込んだ。
ドン!!!!
「ぐわああああああ!!!!」
後方に吹き飛ぶベルサール。一瞬の出来事。皆、その理解し得ない光景に唖然とする。アルドが言う。
「思い出したぞ、お前。確か昔、魔族に襲われていて……」
「許さない!!!!!!!」
立ち上がったベルサールが天を仰ぎ、大声で叫ぶ。口から流れる鮮血。激痛で震える足。血走る目。何が起こったの変わらないが、かつてない怒りを目の前の農夫に向ける。
「下賤な農夫風情が、この私に……、国王になるこの私に……」
興奮し、狂ったように口走るベルサール。そして右手を天に掲げ叫ぶ。
「絶対的恐怖を与えてやる。個別的弱体化!!!!」
相手を弱らせる弱体化。それを見たクリスナが言う。
「あいつ、これで死んだわ……」
「ふふっ、大丈夫よ」
それに娘を抱き抱えた母親が答える。
ベルサールが続けて言う。
「まだ終わらないんだよ。これで決める……、個別的強化!!」
それは自身の強化を図る魔法。身体能力を上げる強化。バフとデバフ。ベルサールが魔王軍敗退後に磨いてきたユニークスキル。
「……」
自分の手を見ながら黙り込むアルド。確かに強力な能力だ。
「さあ、これで終いだ!! ぶっ殺してやる!!!!」
大剣を振り上げアルドに突進するベルサール。対するアルドは何を思ったか、手にしていた鍬の柄を背に戻し構える。
「あははははっ!! 死を覚悟したか、農夫め!!!!」
ガン!! バキーーーン!!!!!
「……え?」
ベルサールは目を疑った。振り下ろした大剣。だがアルドはそれを、まるで虫を払うかのように右手の甲で真横から振り払う。轟音と共に真っ二つに割れる大剣。自慢の大剣。それを素手で砕かれたベルサールが固まり、体を震わせながら言う。
「ど、どう言う、ことだ……」
首を左右にぽきぽきと鳴らしながらアルドが言う。
「簡単なことよ。相手を弱らせ、自身を強化した。だがそれでも俺の方が強かった。それだけだ」
「ば、馬鹿な……」
バフにデバフを駆使すればすべての相手に勝てる思っていた。相手がそれ以上に強い? そんな単純な摂理があることに今更ながら気づいた。アルドが言う。
「お前、あの時の小隊長だろ?」
「……え?」
地面に両膝をついたベルサールが顔を上げる。そしてようやく気付いた。
「あ、あなたは、まさか……」
「お前、民の為に強くなるんじゃなかったのか? それが何だ、この有様は?」
アルドの周囲には壊れた建屋、怯える民たちの顔。ベルサールが震えながら答える。
「私は、私は……」
「お前、随分偉くなっちまって勘違いしてんだな。これで、目ぇ覚ませ」
振り上げられるアルドの右拳。それは一瞬でベルサールの頬へと撃ち込まれた。
ドオオオオオオオン!!!!
無様に吹き飛ばされるベルサール。地面に仰向きに倒れピクリとも動かない。
「アル君ーーーーーっ!!!」
静まり返る中、ユーリシアだけが大声を出しながらアルドに駆け寄った。




