33.ベルサール vs クリスナ
十二年前のその日、繁栄を極めていたレーニ王国に突如魔王軍が急襲した。
「うわああああ!!!!」
「ぐがああっ……」
王都レーニは壊滅的なダメージを受け、そして王城は崩壊。王族はことごとく虐殺された。魔王軍の主力が去った後も、一部残った魔物や魔族が逃げ遅れた人々を襲う。若き日のベルサールもそのひとりであった。
「逃げろ、とにかく逃げるんだ!!」
弱冠十五歳で小隊長に昇格した若きベルサール。熱血的な心と類稀なる剣術。たった数名だが隊を預かる長を拝命したばかりだった。
「ぎゃあああ!!!!」
崩壊した王都。崩れ落ちた王城。民の護衛をしながら敗走していたベルサール隊も、ついに魔物の襲撃を受けることとなる。悲鳴を上げ倒れる部下たち。泣きながら逃げる市民。小隊長のベルサールも必死に反撃を試みるが焼け石に水。まだ幼さ残る彼を『絶望』と言う現実が圧し潰そうとしていた。
ザン、ザザザザン!!!!
(え?)
可憐な青髪が返り血で赤く染まったベルサールの目に、信じられない光景が映る。今まさに自分たちを襲おうとしていた恐ろしい魔族を、その黒髪の青年はまるで赤子の手をひねるかの如く次々と屠って行く。
「勇者様!!」
「アルド様っ!!!」
一緒に逃げていた民が皆涙を浮かべその若き勇者の名を口にする。
(勇者、アルド……)
その名は知っていた。噂は聞き及んでいた。自分より少しだけ年上の勇者の尊名を。
「なーに諦めてんだよ、お前」
黒髪の勇者が魔族と剣を交えながら背中越しに言う。死を覚悟していたベルサール。震えながら勇者を見上げる。
「強くなれ。守りたいものがあるなら……」
ザン!!!!
「グギャアアアアア!!!!」
見事な一撃。屈強な魔族が断末魔の悲鳴と共に朽ち果てていく。アルドがふうと息を吐き振り返って言う。
「もう一度言う。守りたいものがあるなら強くなれ」
「は、はい……」
黒髪の勇者はそれだけ言い残すとまだ戦火の絶えない王都へと駆け出す。
「守りたいもの……」
助けられたベルサールは蹲りその言葉を再度口にする。守りたいもの。伝統あるレーニ王国軍に加入し、この若さで長の地位を掴んだ。守りたいもの。ベルサールの目に命を救われ抱き合って涙する市民の姿が映る。
「俺は守る。市民を、この国を!!」
レーニ王国軍小隊長ベルサール・ダズモンド。この日、彼の生きる意味が大きく鮮明に輝き始めた。
「私と勝負しろ!! ベルサール!!!!」
白きローブを纏い、手には大剣。それは青髪のイケメンで剣聖大臣を名乗るベルサール・ダズモンド。これまで劣勢だった王国復古派の中でも唯一負け知らずの剣豪。
それに対するのはレーニ暫定自治政府軍の若きエース。最高責任者ダスリンの娘で、白髪のおさげの少女。装飾美しい双剣を手に、その若さを感じさせない程の強さを誇る。ベルサールが白のローブを脱ぎそれに答える。
「いいだろう。それも若気の至り。見せしめも必要だ」
ローブを受け取った従者が一礼して退く。玉座の神輿に乗ったユーリシアが言う。
「やめて! そんな無益な戦い!!」
ベルサールが顔だけユーリシアに向けて言う。
「あなたは我々の象徴。そのような発言は慎んで頂こう」
「だ、誰があなた達の象徴に……」
ベルサールが大剣を構え背を向け答える。
「この後もっと重大な発表をするので、しばらくそこで大人しくていてください」
「や、やめてって言っているでしょ……」
ユーリシアの言葉を最後まで聞かずに、ベルサールがクリスナに向けて駆け出す。
ガァアアアアアン!!!!!
速撃で振り下ろされた大剣。クリスナがそれを十字にした双剣で受け止める。
(なんて速さ! そして重い……)
初めて交える剣。あれだけの大剣ならばきっと動きに隙ができるはず。そう思っていたクリスナは初撃でその考えの甘さを思い知らされる。
「だか、負けない!!!!」
クリスナは大剣を受け流すが如く体を反転。ベルサールの側部に移動し双剣を無数に繰り出す。
カンカンカンカンカン!!!!
クリスナの作戦は自身の最も得意とする俊敏さでの応戦。接近戦が苦手な大剣を計算に入れての攻撃。ベルサールも負けじとすぐに大剣を盾の如く操り防御。ほんの僅かの一瞬。だがその間に両者の持ち味が十分に発揮された初撃となった。
「ほお、君。中々やるねえ。でもひとつだけ勘違いしているよ」
「何だと?」
大剣を構えるベルサール。それに合わせ腰を落とし身構えるクリスナ。刹那、ベルサールの姿が消える。
カァアアアン!!!!
一帯に響く乾いた剣の音。消えたと思ったベルサールが突然クリスナの真横に現れ攻撃した。
(さっきより速い!!!)
的確に双剣で防御。クリスナは理解した。初撃は小手調べ。彼の速さは大剣を持っていようが関係ない。
カン、カカカカカカン!!!!
「す、すげえ……」
両軍から感嘆の声が上がる。体が大きく大剣を操るベルサール。それを意に介さず俊敏に攻撃を仕掛ける。対するクリスナも小柄な体でそれを受け流すかのように応戦。ギアが一段上がった両者の戦いはまるで芸術かのように皆の目に映った。
(強い。だけど行ける!!!)
双剣の雨を降らせながらクリスナが思う。ベルサールは強い。ただ、決して圧倒されるほどではない。落ち着き、機敏さを保てているならば抗戦できる。
シュンシュン!!!
「くっ……」
初めてクリスナの太刀が入った。ベルサールの右腕と左太もも。肩でゼイゼイと息をするクリスナの顔に笑みが浮かぶ。
「クリスナ……」
レーニの運命を決める大きな戦いに、自治区最高責任者ダスリンも現れその一騎打ちを見つめる。しかしながらそれはレーニの将来の不安と共に、子を心配する母親の眼差しであった。
「やるなあ、小娘。傀儡政権でも一二を争うだけのことはある」
ベルサールは腕から滴る鮮血を指に当てぺろりと舐めながら言う。
「はあはあ、はあ……、お前を討ち取る!!!」
ベルサールの倍以上は動いているクリスナ。若い彼女でもいつまで体力が持つか分からない。ベルサールが尋ねる。
「ひとつ聞こう。どうしてこの私が無敗を誇っているか知っているか?」
「なに……?」
今さら何の話だ。クリスナが思う。
「私は強い。その理由はね、敵が皆弱くなるからなんだよ」
「敵が、弱く……!?」
双剣を構えたままクリスナが聞き返す。
「よくやったよ、でもここまでだ。……個別的弱体化」
「え!?」
ベルサールが発した魔法。王国復古派の者たちが嘲笑する中、クリスナの体に異変が起こる。
(な、なに? 体が重い……)
経験のない体のだるさ、重み。慣れ親しんだ双剣すら不思議と重く感じる。ベルサールが言う。
「弱体化。そう、私は相手を弱くすることができる。それはもちろん軍隊全体に対してもね」
「くそっ、こんなことが……」
疲れと体の重さ。クリスナの額に大粒の汗が流れ落ちる。ベルサールが大剣を構えて言う。
「終わりだ。新たなるレーニに祝福を」
「やめて!!!!」
後方で見ていたユーリシアの声が響く。同時に消えるベルサール。そしておさげの少女の悲鳴が響いた。
「きゃあああああああ!!!!」
身構えた双剣。ベルサールの一撃。それは双剣を弾き飛ばしながら、クリスナの体を縦に切り裂いた。
「クリスナ!!!!」
今にも飛び出そうとする母親のダスリン。白髪のおさげの少女は力なくその場に倒れた。




