37.閑話「ラブコメインレーニ」
「うわ~、よく似合うじゃん。アル君~」
「……」
レーニ自治区の内戦を収めたアルド。ユーリシアが『新生レーニ王国樹立』に協力するため数日間滞在し、ふたりが自由な時間を手に入れたのは、ようやく激務から解放されたのが最終日の夕方であった。
頭に赤いウィッグを付けたアルドが不満そうな顔で答える。
「なんで俺まで変装しなきゃならねんだよ。お前だけで十分だろ……」
ユーリシアの望み。それは少しでもいいので自分が生まれたこの国をアルドと一緒に歩きたい。それを叶えるため、女王と元勇者と言う身分を隠すためふたりは変装することとなった。
「レーニを救った勇者様が街を歩いていたらみんなびっくりするでしょ? ねえ、それより私はどうかな~??」
ユーリシアは特徴的な金色の髪を青のショートウィッグで隠し、同じく青色の目は色付きの眼鏡をつけることで目立たなくした。ダスリンの屋敷の衣装室。平民用の服もたくさん置かれている。
「……いいんじゃね」
「はあ? 何それ!? もっと色々言ってよ! 可愛いとか、綺麗とか、美人とか、愛してるとか!」
「何訳わかんねえこと言ってんだ、早く行くぞ。もうすぐ暗くなる」
「あっ! もう、アル君~、『可愛い』は女の子の養分なんだよ~!!」
ユーリシアはひとり衣装室を出て街へと向かうアルドの後を、小走りになって追いかけた。
「アル君~、楽しいね!!」
「ああ……」
ふたりはレーニ自治区の繁華街を歩いた。幸い先の戦いのあった北の貴族地区からは離れておりここらでの被害はない。それどころか、今は『新生レーニ王国誕生』を祝う幟などが街中に掲げられている。
「るんるる~ん♪」
アルドと腕を組み、鼻歌を歌いながら歩くユーリシア。彼女にとっては生まれた街をアルドと一緒に歩けることが何よりも嬉しかった。
(やっぱ慣れねえなあ……)
ユーリシアと歩くこともそうだがずっと山に籠っていたアルドにとって、こうして人通りの多い街を歩くことにはやはり抵抗がある。
「あ、アル君! あれ、食べようか!!」
ユーリシアが指さしたもの。それは甘い香りのする焼き菓子を売る屋台。簡易的な椅子もあり、女性や子供たちが集まって美味しそうに食べている。
「おじさ~ん、二つくださ~い!!」
「あいよ」
丸くて茶色く焦げた柔らかな焼き菓子。熱々で、紙に包んでもらいふたりはそれを受け取って口にする。
「美味し~い! アル君、美味しいね!!」
「そうだな……」
一応警戒はしていたのだが、幸い誰も自分たちを『王女と元勇者』とは気付いていないようだ。
ただそんな安堵したアルドの耳に、隣の席に座る中年女性たちの会話が聞こえてくる。
「……そうなのよ。また魔物が出て、ほんと怖いわ」
「やっぱり勇者って魔王を倒せなかったんじゃないの??」
「そうよね。みんなも言ってるわ」
(アル君……)
ユーリシアはその会話を聞いたアルドの表情が消えていくのに気づいた。魔王討伐から帰って来たのに減らない魔物。増える被害。その責任のすべては勇者に押し付けられてきた。
「あ、あの……」
何かを言おうと立ち上がろうとしたユーリシアの腕をアルドが掴む。
「……大丈夫だ」
「……」
アルドはいつもそう言って何事もなかったかのような顔をする。でもユーリシアは知っている。その世間の冷たい視線が彼を山の中へと追いやってしまったと言うことを。
「行こ、アル君!」
ユーリシアは急ぎ焼き菓子を口に入れると、強引にアルドの手を取り歩き出した。
(私は知っている……)
ユーリシアは繋いだ手にある傷を見て思う。
(アル君がその昔、どれだけ大変な戦いをして来たか。その後、謂れのない非難を受けどれだけ苦しんできたか……)
幼かったからこそ敏感に伝わる大人の不安。あの頃はそんな彼の姿がただただ悲しかったが、今は違う。理解している。傍にいられるのは自分だけ。ユーリシアの手に力が入る。
「大丈夫だからね、アル君」
「ん、ああ……」
にっこり笑うユーリシアにアルドが小さく頷く。
「アルドさーん!!」
すっかり暗くなり始めたレーニの街。多くの人が夜の買い物をしようと通りへ繰り出し、賑やかな人だかりができている。そんな雑踏の中、ふたりの耳に聞き覚えのある女性の声が響いた。
「あれ? あれはクリスナ……?」
白髪におさげの少女。伝統的なレーニの軽鎧、腰には愛用の双剣。クリスナが従者と共に表通りでアルドの名前を呼び探している。
「アルドさーん、いますかーー??」
確か彼女はクレゾン王国との紛争に向かったはず。後に知るのだが実は彼女、苦戦するクレゾンとの戦いにアルドの助力を得ようと母ダスリンの元を訪れていた。結局アルドが見つからず翌朝そのまま戦線へ戻るのだが、当然そんなことをアルドは知らない。
「アル君、こっち!!」
「うわっ!?」
手を繋いでいたユーリシアが急に建物と建物の隙間に強引にアルドを連れ込む。密着する身体。ユーリシアから漂う甘い香り。幼児の頃から抱っこをして来た彼女が、いつの間にこんなに大人っぽくなったのかとアルドが戸惑う。
「アル君、動かないで。あれは獲物を狩る目よ……」
(なに!?)
アルドが建物の影から自分を探すクスリナを見つめる。そんな殺気全く気付かなかった。和解したと思っていたのだが、やはり隙あらば殺るつもりだったとは。
しかし驚いた。そんな敵意に全く気付かない自分に対し、ユーリシアのこの成長。若さは何でも貪欲に吸収する。一方のユーリシアは全く別のことを思っていた。
(あの目、あれって絶対女の目。アル君に好意を抱く目。もう、どうしてアル君は無自覚に女の人を惹きつけるの!!)
クリスナから感じる女の特有の好意。それをユーリシアは敏感に感じ取っていた。剣聖大臣サルベールを退けたあの一戦、あの時から彼女のアルドを見る目は明らかに変化を見せている。
「ふう、行ったか……」
アルドは自分の名を呼びながら人混みに消えていったクスリナたちを見て安堵した表情で言った。殺気のない殺意。ユーリシアがいなければもしかしたら殺られていたのかもしれない。
(ん、あれれ!?)
一方、ユーリシアは今更ながら気付いた。建物の影で抱き合うように密着する身体。アルドの体の温かさを直に感じ、その心臓の鼓動まではっきり伝わる。急に全身が熱くなり汗が噴き出し始める。
(アル君……)
ずっとこのまま彼に抱かれていたい。ユーリシアの中に芽生えた女としての欲望。一緒に旅をして初めて知ったアルドのオスとしての逞しさ。そんな彼に抱きしめられれば体が蕩けてしまうのは当然だった。
「おい、どうした、ユーリ? 行くぞ」
「ぅん……」
建物の隙間から出て手を引かれるユーリシア。既に足はおぼつかない。
「アルド様ーーー!!」
(!!)
そんなふたりの耳に、今度は中年女性の甲高い声が響く。アルドがその人物を見て思う。
(あれは、ダスリン!! ちっ、また面倒な仕事させられる)
美しい黒髪をアップに上げたダスリン。周りを警備兵に囲まれながら、アルドを探すかのように名を呼んでいる。絶対にまた厄介な仕事を押し付けられる。元凄腕女豪商に上手いこと言いくるめられてしまう。
「来い、ユーリ!」
「きゃっ!?」
今度はアルドが掴んでいたユーリシアの手を引き、再び建物の隙間へと戻る。自分には自分の目的がある。これ以上あの女の面倒事に巻き込まれたくない。
(ア、アルくぅん……)
再び抱き合うかのように密着したふたり。気のせいか先ほどよりも強く抱きしめられ、もう彼の抱擁なしでは立っていられないほど体に力が入らない。
(ん? なんかユーリの体が熱くなって……、うっ!?)
そしてようやくその異変に気付いたアルドが彼女を見つめる。火照った体、ピンク色に染まった頬。真上から見下ろす胸の谷間。不覚にもアルドもユーリシアに女を感じてしまった。
「アルド様~~~!!」
(うぐっ……)
動けない。今出たら自分を探すダスリンに見つかってしまう。
(アルくぅん……)
なぜかさらに強く抱きしめようとするユーリシア。
(う、動くんじゃねえ。ユーリ……)
声に出せない。動けない。ユーリシアから香る、熱く甘い女の香り。
「アルド様~~? どこにいらっしゃいますか~~??」
レーニ最高責任者に気付いた街の人たちがざわざわと騒ぎ始める。そして皆が『アルド様』なる人物を探し始める。
(頼むから早く消えてくれ……)
アルドはユーリシアに抱きしめられながら、いつまで経っても居なくならないダスリンたちを半ば諦め顔で見つめた。




