30.『敵』認定されました!?
レーニ自治区の遥か東、国境を越えた先にある『クレゾン王国』。
その王都クレゾンの中央にある王城の中、玉座に座する気が弱そうな老齢の国王。その彼の不安を払拭するかのように、痩せた目つきの悪い男が言った。
「国王よ。何もご心配ございません」
瘦せ細った体。手入れされていない緑の長髪。その目つきの悪い男、丞相ザルヴァは相手を騙し、諭すような口調で続ける。
「混乱に乗じ我が領土を奪い取ろうとするレーニ自治区をこれ以上放っておけません。徹底的に戦うべきでございます」
「そ、そうなのか? だが、今レーニは内戦で我がクレゾン王国を攻める余裕などは……」
そう弱々しく尋ねる国王に、ザルヴァが目をぎろりと光らせて答える。
「それこそ敵の情報戦の巧妙なところ。我が国内にそのようなデマを吹聴させ、油断したところを一気に攻める。敵ながら見事な作戦にございます」
「それは、困ったな……」
気の弱い国王。自分が騙されていたのかと思い始める。ザルヴァが言う。
「いえ、何も困る必要はございません。我が国には『雷帝』がございます。彼女に任せておけばレーニなど一溜りもございませんでしょう」
国王の顔がパッと明るくなって言う。
「おお、あの元勇者パーティの女傑か! それは頼もしい。我が国の安泰の為、ぜひ頑張って貰いたいものだ」
「仰せのままに……」
ザルヴァは胸に手を当て頭を下げる。そして思わず伸びてしまった長い爪をすぐに戻しニヤリと笑う。国王は今の彼がどんな表情でいるかなど、想像もつくはずもなかった。
「レーニ王国第三王女、ユーリシア・サッド・レーニ様! 我らがレーニを導き、そして私との子をもうけ、未来の王として二人で育てていきましょう!!」
ユーリシアが拉致され目覚めた部屋。豪華だが窓のない地下室。そこに現れた白のローブを纏った青髪のイケメン、ベルサール。自らを剣聖大臣と名乗り、ユーリシアの出自や、国の将来の青写真について雄弁に語る。
「私が、王女……」
驚いた。全く実感のない話にユーリシアが混乱する。ベルサールが言う。
「そう、あなたは間違いなくレーニ王国の血を引く者。その可憐な金色の髪、美しい青の瞳。特別なオーラ。間違いございません」
イケメンのベルサールが満面の笑みを浮かべて言う。一般的には魅力ある男性だろう。それは否定できない。
「私は、そんなはずは……」
それでもまだ信じられないユーリシア。
「少し前からあなたを監視させてもらっていたんですよ。あの農夫の従者と共に居たあなたを」
(!!)
ユーリシアは思い出した。確かセシル公国の食堂でアルドが『誰かに見られている』と言っていたことを。ベルサールがユーリシアに近付いて言う。
「それでどうですか? 我々と共にレーニの為に戦ってくれますか?
「……」
俯き黙り込むユーリシア。怖い。今すぐここから逃げ出したい。だけどもう心は決まっている。
「お断りします。私はユーリシア・ファンデルセン。あなたと共には行けません」
ずっとアルドが呼んでくれたその名前。例え彼の話が真実だとしても、今さら他の誰かになるつもりはない。ベルサールは小さくため息をついて答える。
「仕方ありませんね。強引な手段はあまり好きではありませんが……」
ベルサールはユーリシアの髪を掴むと、ポケットから取り出した薬を染み込ませた布を口に当てる。ユーリシアの意識が再び薄れていった。
「おい、クリスナ。おいって!」
レーニ自治区の元王都レーニ。前を歩く暫定政府を樹立した女商人ダスリンの娘、クリスナをアルドが何度も呼ぶ。
「……」
それを無視し、街中をひとりズカズカと歩くクリスナ。腰には装飾美しい宝剣、白髪のおさげの可愛らしい少女は歩くだけで皆の注目を浴びる。アルドがため息交じりに言う。
「なーに怒ってんだよ、全く。それよりも早く王国復古派の拠点を教えてくれよ」
アルドにはなぜクリスナの機嫌が悪いのか理解できなかった。その言葉を聞いたクリスナが立ち止まり、振り返って指差して言う。
「あんたには本当に失望したよ! どうしてそんな重要なことを教えられる!? 母様は勘違いしている。あんたはやっぱりただの農夫。酒癖の悪い、最低のオッサンだよ!!」
なぜここまで嫌われているのだろうか。昔はすごく懐いてくれいたのに。やはりこの無様に出たお腹のせいだろうか。アルドは少し悲しくなりながら自分の腹に手を当てる。
「敵だ!! 王国復古派だ!!!!」
そんなふたりの耳に、街道の奥から大きな叫び声が聞こえる。駆け付けてみると、短剣を持ったひとりの男を暫定政府の警備兵が取り囲んで牽制していた。スパイか何かだろうか。クリスナに気付いた警備兵が言う。
「あ、クリスナさん! ちょうど良かったです。どうしますか??」
相手はたったひとり。だが窮鼠猫を噛むではないが、慎重に当たらなければ危険もある。クリスナが小さく頷いてアルドに言う。
「おっさん、あんた強いんだろ? あいつを捕まえて見せろよ」
可愛い顔をした小娘なのに態度はそこらの大人以上。アルドはダスリンの教育方針がやや心配になる。
「断る」
アルドは迷わずにそう答えた。クリスナが尋ねる。
「なぜ断る? あいつは敵だぞ?」
「敵? それはお前らの中の価値観だろ? あいつが何かしたのか? 誰かを傷つけたのか? 俺はお前の母親に和平交渉を頼まれた。無暗に争うことはしない」
ただ聞きたいことはある。アルドが短剣を持った男に歩み出そうとした時、クリスナがそれよりも先に男に向かって突進した。
シュン、シュン!!!
速い。無駄な動きなく短剣男に肉薄したクリスナは、持っていた装飾美しい双剣で男の太ももを斬りつける。あっと言う間の出来事。男は小さな悲鳴と共に地面に倒れた。
「捕らえろ! もう逃げられないはずだ!」
「はっ!!」
さすが暫定政府軍の将を務めるだけはある。その動き、躊躇のなさ。とても十代半ばの少女のものとは思えない。その動きに感心していたアルド。だが彼女はまた想定外のことをする。
「貴様……」
クリスナは手にした宝剣をアルドに突きつけて言う。
「貴様もあいつらの手先なんだな? ふん!! 今それが証明された」
「はあ?」
驚くアルド。クリスナが続ける。
「本当は捕らえて拷問でもして自白させたいところだが、母様の手前それは勘弁してやる。だがすぐに出て行け!! この街に二度と入ることは許さない!!」
「お、おい、ちょっと待て。クリスナ。それはあまりにも短絡的で……」
「こいつを捕らえて街から追放しろ!! 二度と街に入れるな!!!」
「はっ!!」
警備兵に命じるクリスナ。すぐに兵士たちがアルドの脇を固め自由を奪う。
「大人しくしろ。クリスナ様に斬られなかっただけ有難く思え!!」
「おい、待てって! 話を聞けって……」
連行され街から追い出されたアルド。上手く行かない。ユーリシアとはぐれてから何もかも上手く行かない。アルドは自分の不甲斐なさにがっくり肩を落とし、ため息をついた。
(ふん、詐欺師め! ざまあみろ)
一方、不審者の排除に満足げな表情を浮かべるクリスナ。連行されるアルドを見て厳しかった顔にも笑みが浮かぶ。ただ数日後、彼女のはこの時の行為を心から後悔することとなる。




