29.明かされる出自
(あれ……、ここはどこ……?)
ユーリシアが目を開けると、全く見たこともないような景色が広がっていた。
どこかの部屋。壁に付けられた暖かな灯火。煌びやかな絨毯に、センスのいいアンティーク調の家具。自身が横たわるベッドも天蓋の付いた豪華なもの。窓がないから場所は地下だろうか。
「あ、そうだ。私、知らない人に襲われて……」
レーニ自治区へ入ってから訪れた中規模の村。そこの宿屋に行こうとして知らない人たちに襲撃された。拉致された? 幸い衣服に乱れはなく、酷いことはされてはいないようだ。
「アル君……?」
アルドが居ない。いつも隣にいて、自分を守ってくれていた存在。アルドが居ない。ユーリシアはそれを思っただけで動悸が激しくなり、額に汗が流れる。
「アル君……」
涙が溢れそうになった。知らない所に連れ去られた。自分はどうなってしまうのか。手が震え体が震え、涙が零れそうになったユーリシアの耳にドアを叩く音が響いた。
コンコン
「!!」
顔を上げ、部屋の隅へと逃げるユーリシア。酷いことをされる。もしかして殺される!? ユーリシアの視線が部屋のドアへと向けられる。
ガチャ……
ゆっくりと開かれるドア。そこ姿を現したのは屈強な兵士でもなければ凶悪な魔族でもない。
「お目覚めになられましたか。ユーリシア様」
それは青髪のイケメン。純白に金色のレーニの国章が刺繍されたローブを纏い、腰には一振りの大剣、優しく包み込むようなオーラを持った騎士のような男性だった。ユーリシアが尋ねる。
「ここはどこなの? あなたは誰……?」
震える声。自分でも分かる。青髪のイケメンがそんな緊張を解すかのように優しく答える。
「私は新生レーニ王国の剣聖大臣ベルサール・ダズモンドと申します。まずはこの度の非礼をお詫び致します。そしてここはレーニ王国を復興させようとする者たちの拠点。どうぞご安心くださいませ、ユーリシア様」
そう言うとベルサールは右手を胸に、ユーリシアに対し片膝をついて頭を下げる。
「レーニ王国を復興、拠点……」
ユーリシアの頭に王国復古派の名前が浮かぶ。自分を拉致したのは反暫定政府派なのか? でもなぜ……
「あの……」
質問をしようとしたユーリシア。それより先にサルベージが立ち上がって言う。
「わたくし共について少しご説明を致します」
質問は受け付けない強い視線。ユーリシアが黙り込む。
「我々は魔王軍に滅ぼされたレーニ王国の完全復興を目指しております。繫栄し、豊かだったレーニ。それを取り戻さんがために、今戦っております」
「……」
「だが金を使って人々を誑かし、偽の復興を企てる者たちがおります。それが暫定政府を名乗り、レーニ自治区などと言う不名誉な名前で皆を支配しております」
「だけど、それは……」
聞いていた話と違う。いや、言い方が違うのか。ベルサールが続ける。
「お聞きください。我々は正当なレーニ復活を目指しています。諸外国と対等に交流し、あの素晴らしかったレーニ王国を復興を」
言っていることは素晴らしい。それに彼の話にはなぜか人を魅了する力がある。ただ、どうしてもひとつ理解できないことがあった。それがなぜ自分を拉致することと繋がるのか。
「ユーリシア様」
ベルサールの目がより一層真剣に、そして熱を帯びる。
「な、何ですか……」
たじろぐユーリシア。ベルサールが言う。
「正当な王国を復興には、やはり王家の血が必要なんです」
「……」
黙り込むユーリシア。一瞬だがそのまさかの可能性が頭をよぎる。
「十二年前の魔族の襲撃で王族は皆惨殺されました。当時小隊長だった私は何もできずに、ただただ皆を鼓舞して逃げることしかできませんでした……」
ベルサールの目に悲しみの色が広がる。
「でも勇者様に助けて頂き、その後は鍛錬を積み、剣聖大臣を名乗るまでになりました。我々の復興は近い。レーニを支えてきた大臣や貴族、才のある者たちが今その時をずっと待っております」
強いカリスマ。人を惹きつけるオーラ。ユーリシアが黙って青髪の騎士を見つめる。ベルサールが言う。
「我々には王家の血が必要です。だからあなたの生存を知った時、皆は狂喜乱舞しました」
「あの、それは……」
そう尋ねるユーリシアの手をベルサールが握って言う。
「レーニ王国の第三王女ユーリシア・サッド・レーニ様。あなたが女王として新生レーニ王国をお導きください!!」
驚くユーリシア。ベルサールが続ける。
「そしてゆくゆくは私と婚姻し、子を産み、未来を切り開く真の国王を二人で育てましょう!! それが皆の宿願でございます!!!」
ユーリシアは立っていられないほどの衝撃を受け眩暈を起こす。そして一刻も早くアルドに会いたいと思った。
(本当怪しい奴。母様はきっと騙されているに違いない……)
白髪のおさげ髪、腰には宝飾美しい双剣を携えたクリスナが、隣を歩く少し腹の出た無精ひげの男を見て思った。暫定政府の最高責任者であり母親であるダスリンからアルドの案内役を命じられた。だが、こんな農夫風情の男があの勇者だとはどうしても思えない。
「本当にデカくなったな。あの時の赤ん坊が」
アルドの話では魔王討伐の旅を終え、帰還途中にレーニへ再び寄り母ダスリンらに面会。その時赤子だった自分と遊んでくれたとのこと。
「知らない。覚えているわけないでしょ」
「だよな。あはははっ」
苛立つ。元勇者だと言うのにその証の剣すら持っていない。背に付けたのは鍬の柄。そんな男がどうして勇者だと言えるのか。母もおかしい。なぜ十年以上も会っていない男を一目見ただけであの勇者だと決めつけるのか。レーニは今内戦中。この混乱に乗じて詐欺をする奴だって後を絶たない。
「え、あれってクリスナ様?」
「隣に歩いている男って、まさか彼氏!?」
「オヤジ趣味だったのか……、ってか相手は農民!?」
(くっ……)
ダスリンの娘であり、暫定政府の軍幹部。とても強いが、まだ十代半ばで可愛らしいクリスナは、その一挙手一投足が皆の注目の的となる。アルドを横に、レーニの街を案内していた彼女に好奇の視線が向けられる。隣を歩くアルドが言う。
「色々情報助かったぜ。もう一度聞くが、クレゾン王国の将に雷使いがいるってのは本当だな?」
「ああ。本当に母様に聞いていないのか?」
「まあな。時間も短かったし」
レーニ自治区の混乱に乗じ、隣国のクレゾン王国が侵攻している話は聞いた。ただ、その隣国で暴れている奴が雷使いだと言う。
(キュール、まさかお前じゃねえだろうな……)
元勇者パーティでアルドの仲間。『雷帝』と呼ばれたキュール・キスマリン。狂ったように雷を放つイカれた魔導士。当然、今は音信不通になっているが彼女の可能性は十分にある。
「さて……」
それはさておき、やるべきことがある。アルドが尋ねる。
「クリスナ、大事なことを聞きたい」
「えっ、な、何だよ……」
これまでにない真面目な表情。真剣な声。クリスナの歩みが止まる。
「この街で『一番流行っている酒場』を教えてくれ」
「酒場……」
まだお酒の飲めないクリスナは一瞬戸惑った。ただ酒場と言えば情報交換をする定番の場所。誰かとの密会か。敢えて店名は告げず、『一番流行っている酒場』と言う遠回しな言い方。何かの暗号か。やはり彼は戦歴の勇者なのだろうか。クリスナに緊張が走る。
「わ、分かった。連れて行ってあげる。もう夕方だし……」
行ったことはない。ただ場所は知っている。クリスナは無言のままその一番流行っている酒場へとアルドを案内した。
「あーはははははっ!! ぷは~、うめえ~。クリスナ、お前もどんどん飲めぇ~!!」
「……」
その後店に入店し、酒瓶を持って馬鹿みたいに飲み続けるアルドを見てクリスナがため息をつく。やっぱりただの酒好きのオッサン。母からあれだけ重要な話を聞いておいてこの体たらく。
クリスナは手にした葡萄水を口にしてから、再び深いため息をついた。




