27.敵に間違われました。
「ユーリシアさん? いえ、そんな人は泊っていませんけど……」
村に着いてすぐに誘われた飲み屋。レーニの地酒の新酒があるとの言葉に乗せられ、一口だけ飲むつもりが気が付けば外は真っ暗に。アルドはユーリシアに命じた宿屋に行くもそんな名前の者は宿泊していないと言う。
「あ、ありがとう……」
頭を掻きながらフロント横にある椅子に座るアルド。宿屋を間違えたのか。その後近くにあった別の宿屋を当たるも彼女の名前はない。
(参ったな……)
『レーニ自治区』入国後すぐにユーリシアとはぐれてしまった。深夜まで近くを探したが結局彼女の姿は見つからず、やむを得ず安宿に宿泊。朝を迎えた。
「ん? ああ、ユーリはいねえか。仕方ねえ……」
朝起きたアルドがユーリシアのいない光景にやや戸惑いを感じる。幼子から一緒に暮らしている彼女。傍にいないと不思議と居心地が悪い。支度を終えたアルドが立ち上がって言う。
「とりあえず俺は俺ができることをやろう」
自分からいなくなることなどまず考えられない。拉致されたとすれば思い当たる節はある。仮にその想像が正しければ酷いことをされる心配はないだろう。寧ろその逆だ。アルドは宿屋の女将に尋ねる。
「ちょっと聞きたい。王国復古派の拠点はどこにある?」
尋ねたれた女将が首を振って答える。
「そんなこと知るはずないでしょ!? 知っていたらビックリだわ」
反暫定政府のことはやはり知らぬか。アルドが質問を変える。
「じゃあ、レーニ自治区の長ダスリン・マーモルドはどこにいるか知ってるか?」
今アルドがすべきこと。それはこの地の情勢を正確に掴むことである。女将が答える。
「ああ、ダスリンさん? それなら元王都だったレーニの街にいるわ」
「ありがとう」
これまでの旅で得た情報、見た光景、そしてユーリシア。そのパズルが少しずつアルドの頭の中で形を成していた。
元王都レーニの街までは一日以上の行程となった。途中、旅の冒険者やら商人やらと会話を交わしこの国の情報を得た。
現在、女豪商ダスリン率いる暫定政府が『レーニ自治区』を統治しているが、やはりそれに反抗する元貴族を中心とした『レーニ王国』の者たちが抵抗しているようだ。自分たちを『王国復古派』と呼び、工作活動やら兵力を増強しているらしい。
更に驚いたのが、レーニの混乱につけこみ隣国が領土を侵略しているとのこと。レーニは亡国からの復興、内戦、隣国からの侵攻と三重苦に陥っている。
「ここがレーニか。懐かしいな」
十二年ぶりに訪れる元王都レーニ。アルドたちが訪れた時はすでに魔王軍の侵攻の後で街は崩壊。多くの人たちが死傷し、街は崩壊寸前であった。
まだ街に居座り、暴れ続ける魔族を討伐したのを鮮明に覚えている。魔王との決戦を終えた後、再びこの街を訪れ、その際に保護したのがユーリシアだ。
「あんちゃん、俺っちが案内するよ!」
馬車で乗り合わせた目つきの鋭い痩せた男。アルドに情報を教えてくれた上に、更にダスリンの所まで案内してくれると言う。昔の記憶はほどんどないので、とりあえず彼に任せることにした。
アルドと男が門兵の厳しいチェックを受け街に入る。そこには急速な勢いで復興を続けるレーニの姿があった。
「だいぶ街は直って来ているな」
アルドの隣を歩く男が答える。
「そうっすね。やっぱダスリンさんの統率力は大したもんっすよ」
多くの建屋が壊され炎上していた十二年前。そのほぼすべてが何らかの形で修復され、活気すら戻っている。ダスリンが私財を投げ打って復興に尽力していると聞いたが、それもこれを見れば頷ける。男が街の中心にある大きな屋敷を指差し言う。
「あ、ここっすね。ダスリンさんの屋敷」
アルドがその大きな建物を見上げて思う。
(なるほど。商家をそのまま暫定政府機関として使っているのか)
レーニ王城や王国政府機関の建物は使わない。代わりにダスリンが自ら建てた巨大な商家をそのまま暫定政府の建屋として使う。それはあくまで『我々は一時的なもの』と宣言してようにすら見える。
商家をぐるっと取り囲む壁。門の前の広場には優雅に噴水が噴き出している。門にはダスリン家の家紋ではなく、『暫定政府』の文字。アルドが門兵に声を掛け尋ねた。
「ダスリンに会いたい。俺はアルドと言ってだな……」
ザザザッ……
どこともなく広場に現れた兵士たち。皆剣や槍を手にアルドと男を取り囲む。その中のひと際大きな身体の兵士が言う。
「王国復古派の者だな!! 大人しく縄につけ!!!」
「ちっ」
目つきの鋭い痩せ男はそう舌打ちをすると、隣にいたアルドの背中をドンと押して逃亡を図る。
「捕らえよ!!」
すでに取り囲まれている状況。身軽で動きの速い男であったが、あっという間に兵士達によって押さえつけられてしまった。
「痛ってえなあ、何すんだよ……」
背中を押されたアルドが眉間にしわを寄せてつぶやく。あいつは王国復古派の配下の者だったか。ユーリシアとはぐれ隙ができていたのかもしれない。兵士がアルドに剣を向け言う。
「お前、農夫なんかじゃないだろ!!」
皆の視線はアルドの背にある鍬の柄。こんな農具を持っているのは農民と偽装するためだと皆は思った。アルドが腕を組み笑いながら答える。
「ああ、そうだ。俺は農夫なんかじゃねえ。勇者だ!!!」
「!!」
兵士たちの気迫が一段階上がる。それは王国復古派の一部の者が使う言葉。自分たちを『荒れたこの地を救う勇者』と名乗り暫定政府に反抗する輩。殺気すら満ちた視線。兵士たちがじわじわとアルドに詰め寄る。
「仕方ねえなあ……」
アルドが背に付けた鍬の柄をゆっくりと取り出し仁王立ちする。今にも襲い掛かろうとする兵士たち。広場の周辺に集まった街の人たちが見つめる中、無精髭を生やしたアルドが大声で言う。
「おい、そこの女。相手してやるから来い」
鍬の柄を突き付けた先に居たのは、騒動を聞いてやって来た銀髪のおさげの若い女。腕を組み、門の前でその様子を見ていた。身体の大きな兵士が大声で言う。
「き、貴様!! 今自分が置かれている立場を……」
「よい!! 私が相手してやる」
辺りに響く声。銀髪のおさげの女が兵士の間を歩き、ゆっくりとアルドの前に立つ。腰には宝石のような双剣。兵士の慌てようから察するに、若いが上官か何かだろう。女が言う。
「この私がダスリンの娘、クリスナ・マーモルドと知っているとはな。やはり王国復古派の者か」
アルドが驚いた顔で言う。
「はあ? お前、ダスリンの娘か?? はあ~、デカくなったな」
「な、何だと!!!」
クリスナの顔が一瞬で鬼のような形相となる。同時に抜かれる双剣。太陽の光を浴びてキラキラと輝くその宝剣はクリスナ愛用の業物。アルドが鍬の柄を向けて笑顔で言う。
「遊んでやるよ。前みたいに」
「き、貴様っ!!!!!」
死んだと思った。皆は黒髪の男の死を確信した。クリスナは暫定政府軍の中でもその強さは別格。ダスリンの娘であり軍部の将が一人。その彼女を激怒させた相手でこれまで無事だった者はいない。
「止めなさい!!!!!」
突如広場に響く女性の声。クリスナの体にビクッとした衝撃が走り、足が止まる。兵士たちがその門から出てきた中年の女性を見て声を出す。
「ダ、ダスリン様……」
暫定政府最高責任者ダスリン・マーモルド。綺麗に結われた黒髪を揺らしながら二人の元へと駆け始める。
「ダスリン様、危険です! 今、敵の刺客が……」
「アルド様!!!!」
ダスリンがアルドの元へと駆け付け、その手を握り頭を下げその名を叫ぶ。
「お久しぶりです!! 本当に来て頂けるなんて……」
既に涙声。嗚咽交じりの声を聞き、皆が唖然とする。アルドが鍬の柄を背に戻し答える。
「頑張ってるじゃねえか。あの時の言葉は嘘じゃなかったんだな」
ダスリンが顔を上げて答える。
「はい……。レーニの為、私は必死になってここまで来ました。アルド様、もう一度、もう一度私を助けては頂けませんでしょうか?」
レーニ自治区の最高責任者。何事にも動じず『鉄の女』と揶揄されるダスリン・マーモルド。それはそんな彼女が皆の前で初めて見せた弱々しい姿であった。




