26.拉致された!?
「アルド・シュナイデルさんですね? 大大臣より伺っております。さ、どうぞお通りください」
「うむ……」
セシル公国とレーニ自治区の国境にやって来たふたり。先のそれとは違い、今回は往来手形すら見せずに通過を許可された。出入国審査を受ける人の列の横、少し腹の出た無精ひげのオッサンと、金色の髪に青い瞳の少女が通り行く。
「コレットさんって、やっぱりすごいんですね!」
「そうだな」
小声でそうつぶやくユーリシアにアルドが歩きながら答える。大大臣の名は伊達じゃない。
間もなくレーニ自治区への入国。出口に差し掛かったふたりに職員が声を掛ける。
「お気をつけて。自治区はまだ内戦が続いておりますので」
「ああ、ありがとう」
それに手を挙げて答えるアルド。ユーリシアも会釈してそれに応え、駆け足でアルドの傍へ行く。
「ねえ、アル君。レーニ自治区ってやっぱり戦争中なの??」
アルドはぽかんと口を開けてユーリシアを見つめる職員をちらりと見てから、その問いに答える。
「コレットから内戦中だと聞いている。そもそもここは昔、『レーニ王国』って言う国があったんだ」
「レーニ王国?」
「そうだ。だが、十二年前の魔王軍侵攻により国は滅んだ。俺が知っているのはそこまでなんだが、今はダスリンと言う女豪商が私財を投げ打って『レーニ自治区』と言う暫定政府を作っているらしい」
「へえ……、そうなんだ。あ、ダスリンさんって……」
ユーリシアが鞄の中から手紙の束を取り出し、その中のひとつをアルドに手渡して言う。
「レーニ地区のダスリン・マーモルドさんでしょ? アル君宛に手紙が来てるよ! 内戦が続いていて、助けに来て欲しいって」
「そうか……」
アルドの脳裏にレーニ王国崩壊後の凄惨な風景が蘇る。ユーリシアが尋ねる。
「でも内戦ってどう言うことなの? ダスリンさんは暫定政府を作って復興に頑張っているんでしょ? 誰と戦っているの? 魔物??」
ユーリシアが首を傾げる。国境付近は平和そのもの。この国でそんな内戦が起こっているとは到底思えない。アルドが答える。
「コレットから聞いた話では、レーニ王国の中枢にいた奴らが王国復古を企てていて、暫定政府を目の敵にしているってことだ」
「ふーん、なるほど。亡国後に国を立て直そうとするダスリンさんと、元レーニ王国の中枢の人たちとの争いってことね」
「まあ、簡単に言えばそうだな」
歩きながらずっと前を向いて話すアルド。ユーリシアは少しだけこの空気に違和感を覚えていた。
アルドが立ち止まり、振り返ってユーリシアに言う。
「ユーリ、お前に伝えておかなきゃならないことがある」
これまでにない真面目な態度。一瞬愛の告白かと思ったユーリシアだがどうも違うようだ。アルドが言う。
「お前を保護したのはここだ。ユーリ、お前はレーニ王国の人間だ」
今までずっと秘密にされていた自分の出自。ユーリシアは驚きと共に、どうしても今まで黙っていたのだろうとふと疑問に思った。
「それで、どこまでユーリちゃんに話すつもり?」
セシル公国。マルダン商会の件がひと段落したアルドは「レーニ自治区」に旅立つ前、コレットに呼ばれ時間を作り会いに来ていた。王城内の静かな中庭。紅茶を口にしながらそう尋ねるコレットにアルドが答える。
「酒はねえのかよ?」
「ないです。アルドさん、ちゃんと答えてください」
真面目な口調のコレット。アルドは頭を掻きながら答える。
「レーニで拾ったってことは言うつもりだ」
「そうですか。先ほども話しましたが、今レーニは暫定政府派と旧王国派による争いが続いています。どちらが良い悪いかと言うのは彼らが決めることですが、僕としてはそこにユーリちゃんを連れて行くことにやっぱり不安を覚えます」
「……分かってる」
それでも行かなければならない。ヴァルファード王国に行くための鍵『勇者の剣』がそこに渡ったと言うならば。
「アルドさんでなければ無理やりにでもユーリちゃんを引き止めました。これが僕の素直な気持ちです」
「随分、ユーリに味方するんだな」
紅茶を飲もうとしてカップに手を掛けたアルド。すぐに放して苦笑する。
「そうですよ。彼女が居ればアルドさんが死を選ぶこともないと思いますので」
すまし顔のコレット。アルドが両手を後頭部に組んで言う。
「死なねえよ。何とかする」
「あの時、できなかったから心配しているんです」
静寂。そう言い放ったコレットの顔の緊張の色が浮かぶ。すぐに笑顔になって言う。
「ごめんなさい。変な意味じゃなくて、本当にみんなを心配して……」
「ああ、分かってる。ただ、まだそうと決まった訳じゃなねえ。とりあえずアリスが助けを求めている。だから俺は行く。それだけだ」
紅茶を一気飲みしたアルドが立ち上がって言う。
「じゃあな、もう行くぜ」
「はい、今日はありがとうございました」
そう頭を下げるコレットにアルドが尋ねる。
「ひとつだけ聞きたいんだが、ユーリに回復魔法の才能って有りそうか?」
コレットが笑って答える。
「あると思います。かなりの才能が。ただ、自在に操れるようになるかどうかはまた別問題です」
「何割ぐらいの可能性だ?」
人差し指を顎に当て、少し考えたコレットが答える。
「多く見積もって、一割」
「そうか。ありがと」
アルドはそう言うと片手を上げてその場を立ち去った。
「アル君、今日はあそこの村で休もうよ!!」
国境を越え半日以上歩いたふたり。ようやく見えてきた初めての村を見てユーリシアが喜びの声を上げる。内戦が続いていると言うレーニ自治区。今のところそんな気配はさほど感じない。
「そうだな。レーニの街まではまだ遠いし、今日はもう休むか」
「だよね~!!」
ユーリシアが飛び跳ねるように喜びながら村へと向かう。
中規模の村。ただし、そこはやはり内戦中の国。入り口に差し掛かったふたりに門番の男が声を掛ける。
「どこから来た? この村に何の用だ?」
槍を構えた門番二人。夕暮れにやって来たアルドたちを警戒する。
「リーディア王国の者だ。旅をしている」
アルドはそう答えるとリーディア発行の往来手形を見せる。それを見た門番が頷いて言う。
「確かにそのようだ。すまなかったな。俺たちは王国復古派の奴らを警戒しているだけだ。さ、入ってくれ」
「ああ、ありがとう」
無事に村に入ることができたふたり。ユーリシアが小声で尋ねる。
「アル君、王国復古派って何?」
「レーニの中枢にいた奴らのことっぽいな。暫定政府に反発しているってあれだ」
「ふーん」
崩壊した国。自分の国。ユーリシアは様々な気持ちを胸に村の街道を歩く。
「そこのお兄さん!! 運がいいよ、ちょうど新しい酒が入荷してね!!」
街道に軒を連ねるお店。その中の飲み屋の客引きがアルドに近付き陽気に声を掛ける。
「何っ!? 新酒だと!!」
「そうだよ! レーニの地酒、今が最高の時期だよ!!」
大きく頷いたアルドが、一軒の宿屋を指差しユーリシアに言う。
「ユーリ、あそこの宿に泊まろう。お前は先に言って手続きをしておいてくれ。後で行く」
「あ、アル君……」
不安そうな表情をするユーリシア。アルドは客引きと共に飲み屋の中へと消えていく。
「もう、本当に仕方ないんだから!!」
幸い路銀はある。マルダンから得た報酬。ユーリシアはひとりアルドに指示された宿屋へと向かう。
(!!)
だがその宿屋に入ろうとした彼女に、突然複数の男たちが現れ取り囲んだ。驚き、怖がるユーリシア。男のひとりが小声で言う。
「黙って付いて来てくれませんか」
体が震え、大声を出そうとしたユーリシアの口元を一瞬で男が布で塞ぐ。仲間で人の壁を作り、薬を嗅がされて眠ったユーリシアを拘束。暗くなり始めた路地の奥へと消えていった。
「ぷは~、うめぇ~」
ひとりレーニの銘酒を楽しむアルド。彼がユーリシアと再会できるのはしばらく先のこととなる。




