25.孤島に蠢く魔
「灼熱弾丸!!! ……はあはあ」
『世界の孤島』と呼ばれるヴァルファード王国。四方を海に囲まれた島国で、国全体をドーム状の結界で守られた文字通り隔絶された場所。
その孤島の王国では日々魔物たちの攻撃が激しくなり、王都までその魔の手が差し迫っていた。
「ア、アリス姫!! もう無理です。後退を……」
王都ヴァルファード。周囲を囲む城壁の上で迎撃をしていた赤髪の姫に側近が言う。アリスは髪をかき上げギッと魔物たちを睨みつけて言う。
「馬鹿言わないで!! ここが破られたら王都は壊滅よ!!」
「わ、分かっております……」
王城の魔導士たちによって、急遽街全体を囲む魔法障壁が張られた。これにより多くの魔物は足止めされ、アリスたちヴァルファード国軍は辛うじて今日まで守備することができていた。
「水流昇華!!!」
少し離れた場所で水魔法を放つ青髪の美女。三賢者のひとりラジェス・インテルノ。非常に重要な役目を負う三賢者は、その身の安全を考慮し通常このような戦闘には出ない。だがもうそんな悠長なことは言っていられない。
城壁から水魔法を放つラジェス。辺り一面に水流が現れ、魔物たちを飲み込みながら天へと昇華させていく。
「アリス。チャノ、参戦……」
城壁の上で火炎魔法を放っていたアリスに、傍に立つやや小柄で眠そうな目をしたピンク髪の少女が言った。アリスが振り返って言う。
「ダメ! 三賢者のあなたにもしものことがあったらどうするのよ!! 大人しくしてなさい!!」
チャノはやや詰まらなそうな表情を浮かべ小さくつぶやく。
「不満……、チャノ、できる子……」
アリスが横目でそれを見ながら魔物たちと戦う兵士を援護する。
三賢者のうち最年長のバークが暗殺された。犯人は未だ不明。残りはラジェスとこのチャノのふたり。仮にもしチャノに何かあれば、島を守る結界の崩壊も起こり得る。今回チャノの我がままを聞いてここまで連れて来たが、本来彼女はもっと安全な場所にいるべき存在。
(私が、もっとしっかりしなくちゃ……)
アリスが不満そうなチャノを見て思う。
「随分苦労してるじゃないの~、本当に王都攻略なんてできるのかしら?」
王都中心にあるヴァルファード王城。その高層階にある部屋から、魔物と国軍の攻防戦を眺めていた銀髪の美女が言った。尖った耳、角を生やした美しい女魔族。その言葉に答えるように隣に立つ肥厚したお腹の薄毛男ギザリフ大臣が答える。
「心配要りませんよ、アイリン様。これが何だか分かりますか?」
アイリンと呼ばれた美しい魔族にそう尋ねるギザリフ。手には紫の水晶。腕を組み、可憐な銀髪をかき上げながらアイリンが答える。
「魔力を秘めた水晶? 何かしら?」
ギザリフが窓の外に広がる街を守護する魔法障壁を見てから言う。
「魔導士どもが張ったあの障壁。その源になっているひとつがこの水晶なんですよ。だからね、たとえばこいつをこうやって……」
そこまで言うとギザリフは手にしていた紫水晶を頭上まで持ち上げ、一気に床へと叩きつける。
バリン!!!
音を立てて砕ける水晶。ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるギザリフ。そして言う。
「さあ、ご覧ください。アイリン様。これであの鬱陶しい結界がですね……」
ふたりの視線の先にある街を守る魔法障壁。その一部が薄く、徐々に消え始める。アイリンが笑って言う。
「うふふふっ。悪い男ね」
「当然です。こんなにも美しいアイリン様たちとの同盟を渋った愚か者たちですからね」
ギザリフはその消え始めた魔法障壁を頷きながら見つめた。
(え? なにこの異変……)
最初にその変化に気付いたのはアリスだった。目の前に張られた魔法障壁から伝わる妙な波動。そしてチャノが言う。
「アリス。障壁、消去……」
「え!?」
その時にはもう手遅れだった。
「水流昇華!!!」
城壁で孤軍奮闘する三賢者ラジェス。王都は死んでも守る。無我夢中で魔物と戦っていた彼女は、その異変に気付くのが少しだけ遅れた。
「え?」
気付くと前方に張られていた魔法障壁が消去。魔物たちが一斉にこちらへと突進する。
ドン、ドドドドドン……
「ぎゃっ!!!」
魔物の弓隊から雨のように放たれた魔法矢が襲いかかる。次々とラジェスの体に突き刺さる矢。水魔法使いの三賢者が、目を閉じ音を立てて後ろに倒れた。それを遠方より見ていたアリスが大声で叫ぶ。
「ラジェス、ラジェス!!!!」
あっと言う間に魔物に群れに飲み込まれるラジェス隊。アリスの側近が悲痛な表情で叫ぶ。
「撤退を!! 今すぐにここから退却します!!!」
「ラジェス、ううっ、ラジェス……」
最後の三賢者であるチャノと共に側近に抱えられ後方へと退くアリス。その後、王都は主戦場となり多くの死傷者を出すこととなった。
「お待たせ~、アル君!!」
マルダン商会より強奪された勇者の剣を求め、北に位置するレーニ自治区へ向かうこととなったアルドたち。宿屋のロビーであくびをして待っていたアルドにユーリシアが戻って来て言う。
「ごめんね、遅くなっちゃって!」
「ん、ああ、いいけど、どこ行ってたんだ?」
既に昼過ぎ。ひとり待たされていたアルドが尋ねる。ユーリシアが青い瞳でアルドを見つめながら答える。
「うん。ここの手紙を出してくれた貴族にね、マルダン商会更生させたから報奨金を貰いに行っていたの」
「そうなのか??」
「そうよ。まずまずのお礼を貰えたんで、そのまま銀行に振り込んできたわ。まあ、まだ全額返済には遠いけど、少しずつ成果も出て来たね!」
「そ、そうだな……」
大切な家も質に押さえられてしまっている。ユーリシアはことあるごとにあの家を買い戻したいと言っている。
アルドはユーリシアが手にしている見慣れた杖を見て言う。
「それで、魔法の方はどうなんだ?」
ユーリシアがコレットから貰った大魔道の杖を見て笑いながら答える。
「無理だよ、無理無理~。みんな、買いかぶりだって!」
アルドと旅をした『大僧侶』の二つ名を持つコレットのお墨付き。だが当の本人はそんなこと信じていない。アルドが立ち上がって言う。
「分かった、じゃあ行こうか」
「うん!」
宿屋を出るふたり。そんな彼らに真っ白なローブを着た青髪の男がやって来て言う。
「アルドさん、気を付けて」
セシル公国大大臣コレット。お忍びでアルドの見送りにやって来た。呆れた顔でアルドが言う。
「お前、大丈夫なのか? 全然仕事してねえじゃねえか」
「ふふっ、大丈夫だって。部下が優秀だからね」
そしてユーリシアに言う。
「頼んだよ、ユーリちゃん。アルドさんを死なせないようにね」
「え? あ、はい!」
笑顔で答えるユーリシア。その言葉の真意を知るのはずっとこの先のことだ。コレットが言う。
「それから……」
視線を後方に向けて言う。
「お見送りだよ」
「おじさーん!!」
こちらに駆けて来る茶髪のボブカットの少女。後ろにはゆっくり歩く大人の女性。ユーリシアが言う。
「あ、リニアちゃん!!」
アルドたちに助けられたリニア親子。駆け付けたリニアがアルドに抱き着いて言う。
「おじさん、ありがとうね! また来てね!!」
「お、おう……」
城にコレットを尋ねてやって来たリニア。コレットは密かに今日の出立を彼女らに伝えていた。病気がちの母親からお礼を受けてからアルドとユーリシアが歩き出す。
「じゃあね~!!」
手を振るユーリシア。コレットやリニアもそれに両手を振って応える。
ふたりが向かう新たな地『レーニ自治区』。それはユーリシアにとって大きな決断を迫られる場所となる。




