24.閑話②「遊女シアの涙」
「シ、シアです。こんにちは。よろしくお願いします……」
金髪を隠す真っ赤なロングウィッグ。衣装は太ももや胸の谷間を強調した赤のタイトドレス。少し大人っぽく見せたメイク。口元には声を変える魔力を帯びた口紅。『遊女シア』に扮し、ややおどおどした様子のユーリシア。
それとは対照的に、落ち着いた口調で先輩キャストが言う。
「ねえ、アルさん。アルさんはここが初めてなんですよね??」
反対側に座った先輩キャスト。アルドに体を密着させて尋ねる。彼女も女マスターから『アル』と言う男がやって来るとは聞いているが、それ以上のことは知らない。
「……ああ。酒を持って来てくれ」
「了解~!! おーい、お酒をお願いね!!」
先輩キャストが慣れた様子で男性従業員に酒を依頼。ユーリシアは初めての酒の席にどうしていいか分からず体が硬直していた。
ゴクゴクゴク……
「ぷは~、うめえ~。やっぱ人の酒は最高だな」
運ばれてきた酒を次々と喉に流し込むアルド。代金は全てコレットの支払いなのだが、それにしてもハイペースで飲んでいく。ユーリシアが先ほど教えられたお酌を始める。
「あ、あの、どうぞ……」
慣れない手つき。慣れない言葉。酒瓶を手にしてそう言うシアに、アルドがグラスを持って答える。
「おお、悪りぃな」
トクトクトク……
なみなみと注がれるお酒。アルドはそれを躊躇なしに口へと運ぶ。先輩キャストが尋ねる。
「ねえ、アルさんって~、すっごく羽振りがいいんだけど、お仕事何されているんですか~??」
超が付くほど短いスカート。真っ白で色気たっぷりの太もも。ユーリシアよりもずっと大きな胸をアルドに密着させながら尋ねる。
(むかっ……)
初めてかもしれない。こうしてアルドを誘惑する女性を目の当たりにするのは。感じたことのない怒り。いや、嫉妬なのか。胸の中のもやもやが爆発しそうになるユーリシア。アルドの態度によっては持っていた酒瓶でぶん殴ってやろうと思っていたのだが、彼のそれはちょっと拍子抜けのようなものであった。
「いや、別に……」
そんなものには全く興味を示さずひたすらグラスを口に運ぶ。安心。安堵。その光景がユーリシアを少し落ち着かせる。先輩キャストが続ける。
「え~、そうなの?? でもさあ、この傷。そうね~、冒険者さんとか??」
先輩キャストはアルドの腕についた幾つもの古傷を指でなぞり甘い声で尋ねた。
このような繁華街の飲み屋で働く女は貧しい家の出が多い。酌をするだけの者、体を売る者もいる。ただ彼女たちが違うのは持って生まれた美貌、男を魅了する身体、相手を陥れる話術を有した特別な女たちであること。皆、一攫千金や玉の輿を狙って魅力ある男を本能的に探し求める。だから先輩キャストが高い酒を浴びるように飲むアルドに興味を持つのも当然のことだった。
「まあ、そんなところだ……」
そっけない返事。ただ冒険者でこの高額な酒を頼むと言うことは上級冒険者の可能性が高い。
「やっぱりそうなんだ~。勇者が魔王を倒したって言うけど、全然~、魔物とか減らないし。やっぱり冒険者さんには頑張って貰わないとね! ねえねえ、それでランクは何? B? それともAとか??」
彼女の何気ない言葉。一瞬アルドの顔が暗くなる。対照的にアルドに興味津々の先輩キャスト。もし相手がAランク冒険者であれば相当な上玉だ。期待に胸が高鳴る。
「うっせえな……、ねえよ。そんなもん」
ただアルドはそう面倒臭そうに答えた。
「え? ランクなし……」
先輩キャストが驚く。それも無理もない。冒険者でランクなし。それは駆け出し冒険者を意味し、最低のFランクすら与えられないいわゆる雑用係。先輩キャストは露わになった太ももをすっとスカートで隠すと、空になったグラスを持ち立ち上がって言う。
「新しいお酒を貰ってくるわ」
そう笑顔で言うとそのまま別のテーブルへと移動していった。当然の行動。金も地位もない。会話すらまともにできないアルドには何の魅力もなかった。
(ど、どうしよう……、ふたりきりになっちゃった……)
一方のユーリシアは、なぜか追い詰められたような気持ちになっていた。
いつも一緒にいるアルド。だけど今隣にいる自分はユーリシアではなく『シア』。無言の空気が厚い壁となってふたりの間に聳え立つ。
「ぷは~、うめぇ……」
アルドは相変わらず酒を呷る。それはいつもと変わらぬ風景。ユーリシアはスリットから覗く太もも、胸の谷間を意識しながら酒瓶を持ってアルドに言う。
「あの、お注ぎします……」
「おう、ありがとう」
ユーリシアのお酌を受けるアルド。初めての経験に体が熱くなる。そして想像もしないような言葉を耳にした。
「お前、シアとか言ったな?」
「え、は、はい……」
バレたと思った。やはり無理。どれだけ取り繕っても分かってしまうのだ。アルドが言う。
「別のテーブルに行ってもいいぞ。お前、可愛いんだし、色っぽいし、もっとマシな男、掴まえて来い」
(え……)
酒瓶を持ったユーリシアの身体が一気に火照る。全身から汗が吹き出し、目の前がぐるぐる回り始める。
(わ、私が可愛い!? 色っぽい……)
嬉しい。嬉しいんだけど、なぜか穴があったら入りたい。大声で叫びたいんだけど、体が動かない。
「ふう~、うめえなあ~」
アルドは変わらず酒を飲む。ユーリシアはテーブルにあった自分のグラスに酒を注ぐと、それを一気に飲み干す。
「あ、おい!? お前、大丈夫か……」
今まで全く飲まなかった女。それが突然の一気飲み。そう声を掛けるアルドにユーリシアが言う。
「大丈夫です。あの、もっとお話ししてもいいですか……?」
「まあ、いいけど、つまんねえぞ。こんなオッサン」
「全然大丈夫です!! あの、アルさんは……」
その後、ユーリシアはひとりマシンガンのように話し続けた。相槌を打つだけのアルド。初めてのお酒にやや気持ち良くなったユーリシアの話は、夕方前まで続いた。
「おい、そろそろ帰る。じゃあな」
大量の酒を飲み、『遊女シア』の話をずっと聞いていたアルドがそう口にする。ユーリシアが尋ねる。
「え、もう帰っちゃうんですか……」
「ああ、待ってる奴がいるんでな」
ユーリシアの胸がときめく。そして聞いた。
「どんな人ですか? 女の子?」
立ち上がろうとしていたアルドが頭に手をやり苦笑して答える。
「まあな。大事な奴で、何となくお前に似ている。だからこんなに落ち着いてゆっくり飲めたのかな。これからそいつと夕飯一緒に食べることになってるんで、じゃあな」
(アル君……)
ユーリシアの目に涙が浮かぶ。少しでも疑った自分が馬鹿だった。やはり彼は『大好きなアル君』。俯くユーリシアに立ち上がったアルドが言う。
「そうそう、お前の話していた、その同居人の男。まあ、話聞く分には悪い奴じゃなそうなんで大切にしてやってくれ」
「え?」
顔を上げるユーリシア。アルドはポケットから一枚の金貨を取り出しテーブルの上に置いて言う。
「そいつのこと好きなんだろ? 一緒に飯でも行って、美味いもん食わせてやってくれ。じゃあ」
「あっ……」
アルドはそう言うと片手を上げ、店を出て行く。
「アル君……」
立ち上がったユーリシア。涙目で彼が消えたドアを見つめる。
「どうだったい、シア? 上手く行って……」
「ごめんなさい! 私、もう行きます!!」
ユーリシアはそう言って頭を下げると店の奥へと駆け出し、急ぎ服を着替えて出て行った。
「……若いねえ。まあ、頑張りな」
女マスターはそれを聞いて少し笑いながらそう答えた。
「アル君~!!」
しばらくして宿屋に戻ったユーリシア。服はいつものもの、声もしっかりと元に戻ってから宿泊する部屋のドアを開ける。
「お、ユーリ。どこ行ってた……んだ……?」
部屋に入って来たアルドが、満面の笑みのユーリシアを見て少し戸惑う。
「ん? どうしたの??」
「いや、何と言うか雰囲気が、その変わったって言うか……」
(??)
そう言われたユーリシアが鏡に映った自分を見つめる。
(あ! お化粧!!)
忘れていた。いつも化粧などしない『ユーリシア』。今は色っぽい大人の女性の顔となっている。慌てながらユーリシアが答える。
「いや、これはその……、時間があったんで街に出てお化粧を少し……」
苦しい言い訳。だがアルドは頷いて言う。
「そうか。まあ、時間があったし、お前もそう言うのに興味持つ歳だしな」
「う、うん……」
本当に気付いていないのか。探りを入れようとするユーリシアにアルドが言う。
「じゃあ、飯にでも行くか。お腹も空いて……」
「アル君~!!」
立ち上がったアルドの腕にユーリシアが密着し手を絡める。
「お、おい、どうしたんだ。ユーリ……」
ユーリシアが顔を上げて言う。
「美味しいもの、食べに行こ! た~くさん、食べよ!!」
「あ、ああ。そうだな……」
いつも以上に体を寄せるユーリシア。アルドは彼女から香る香水に、どこか覚えがあるような気がしつつ一緒に歩き出した。




