23.閑話①「大大臣からの特別指令」
「やあ、よく来てくれたね。ユーリちゃん」
翌朝。コレットにひとり呼び出されたユーリシアは、見事な佇まいを見せる公国城を訪れ、大大臣の政務室のドアを叩いた。軍議が開けるほど広い大大臣室。品の良い絨毯に重厚なカーテン。高価そうな彫刻などさすが一国をまとめる大臣の部屋である。
居心地が悪そうなユーリシアが頭を下げ挨拶する。
「お、おはようございます。コレットさん」
硬くなったユーリシアをソファーに座らせ、その緊張を解すようにコレットが言う。
「アルドさんはまだ寝てる?」
「ええ! もう昨夜はお酒に酔って、今もぐーぐー寝ています!!」
それを笑顔で聞いたコレットが言う。
「楽しんでくれたようで良かったよ。さて、ユーリちゃんを呼んだのは色々とお話があってね」
ユーリシアは緊張していた。コレットにたったひとり呼ばれた。どんな用事だろう。過去のこと? アルドのこと? 緊張と、少しのよく分からない期待がユーリシアを高揚させる。
コレットは壁に掛けられていた一本の古い杖を手にすると、ユーリシアに手渡して言った。
「これ、あげるよ」
「え? これは……?」
戸惑うユーリシアにコレットが言う。
「大魔導の杖。僕が過去の戦いで使っていた杖だよ。あげる」
「ええ!? いえ、そんなすごい物!! そもそも私は魔法が使えなくて……」
驚き断るユーリシア。コレットが言う。
「ユーリちゃんはまだ自覚がないようだけど、僧侶としての大きな才能があるよ。アルドさんが連れて行くと決めたぐらいだし。時間があればこの魔法都市で訓練してもいいんだけど、そうはいかないよね」
自分に僧侶の才能がある。そんなはずはない。ただここ最近思い当たる節はあった。
「でも、こんなすごい物を……」
かと言って『大僧侶』が使っていた杖を貰うと言うのは身分不相応だ。コレットが笑顔で言う。
「いいんだ。僕にはもう必要のない物。アルドさんと旅する君に持って言って貰いたいんだ。そしていつかその花を咲かせて欲しい」
「……はい。頑張ります」
コレットの意思は固い。それにユーリシア自身、守ってもらうだけでなく自分が何か彼の役に立ちたいと思っていたところだ。コレットが子供のような笑みを浮かべながら言う。
「ありがとう。では本題に入るよ。今日、ユーリちゃんに来て貰ったのはちょっとお願いがあってね」
「お願い?」
丸メガネの下でコレットの目が悪魔のように細くなる。
「そう。どんな理由があったにせよ、僕らに黙っていなくなったアルドさんにちょっとお仕置きをしたいと思ってさ。ユーリちゃんにも協力して欲しいんだ」
「え? アル君に、お仕置き……??」
何を言い出すかと思えば全く想像もしていなかったこと。アルドを呼ばず自分一人だけ呼んだのは、きっと過去の話や自分の出自について話すのだと思っていた。くすくす笑いながらコレットが言う。
「そう、お仕置き。アルドさんにはユーリちゃんとは別に、今日のお昼にある飲み屋に来るよう手紙を出しておいたんだ。綺麗なお姉さんがたくさんいるお店ね」
「え……、なんですか、それ……」
やや引き気味のユーリシア。アルドが女好きかどうかは分からないが、酒の店に誘われれば必ず行くだろう。コレットが身を乗り出して言う。
「それでね。そのお店にユーリちゃんにも行って貰うんだ。キャストとして!」
「え? わ、私が、お店に!?」
つまりユーリシア自身がその店の女の子になり、客をもてなすと言うこと。コレットがソファーにどかっと座り腕を組んで言う。
「僕の見たところアルドさんはもうユーリちゃんの尻に敷かれているよね。だからね、お酒で酔って他の女の子にデレデレするアルドさんを、ユーリちゃんにきつく叱って欲しいんだ」
「そ、そんなの無理……、そもそも私だってバレちゃいます……」
いくら酒の席とは言え、幼子の頃から一緒に暮らしてきたアルド。バレない方がおかしい。
「大丈夫。ああ言うお店はね、素性を知られたくない女の子のために変装道具がたーくさんあるんだ」
「は、はあ……」
段々目の前の大大臣が悪人に見えてきたユーリシア。やはりアルドの元仲間である。コレットが尋ねる。
「ユーリちゃんも知りたいでしょ? ひとりで飲みに行ったアルドさんがどんな感じか?」
「……」
確かに知りたい。物心ついた時にはすでにアルドは酒が大好きで、それが当たり前だと思っていた。だから飲みに行くのも普通だったし、それに反対はしなかった。だけど自分も成長し世の中のことが少し分かって来ると、やはり彼が自分のいない酒の席でどう振舞うのか気になる。
「わ、分かりました。今後のアル君との接し方の為にも協力します……」
それは建前。後ろめたい気持ちはあるが、純粋に知りたいだけ。コレットが立ち上がり言う。
「うん、分かった。じゃあ、早速行こうか」
「え、今からですか……?」
「当然。午後の開店に向けてユーリちゃんにも色々と準備して貰わなきゃね!」
「はあ……」
コレットに連れられ、ユーリシアは公都クラシスの繁華街へと向かった。
「あら、コレットさん。いらっしゃい」
公都クラシスの一角。高い建物の間に設けられた一本の路地。向かい合わせに建ち並ぶ店は全て飲み屋。派手な看板に散乱するゴミ。朝こそ静かな通りだが、夜になると男を呼ぶ遊女やごろつき、暇を持て余した冒険者で溢れる。
そのお店のひとつに笑顔で入ったコレットに、黒髪で化粧の濃い美女が丁重に迎えた。
「やあ、マスター。約束の子、連れて来たよ」
「へえ~、この子がねえ」
物珍しそうにユーリシアを見つめる女マスター。そして尋ねる。
「あんた幾つかい?」
緊張するユーリシアが答える。
「じゅ、十五です……」
「子供じゃん。コレットさん、いいのかい? 本当に店に出しちまって?」
コレットが苦笑して答える。
「ああ、大丈夫。ただ身の安全だけはよろしくね。大切な人なんだ」
「分かってるよ。さ、おいで。名前は?」
「あ、ユーリシアと言います……」
女マスターは少し考え、そして言う。
「じゃあ、ここでの名前はシアね。ついておいで」
「は、はい」
女マスターの後に続くユーリシア。コレットは小さく手を振り笑顔で見送った。
「綺麗……」
鏡の前に立ったユーリシアは思わずそうつぶやいた。
お店の接客用の衣装。真っ赤なタイトドレスで、太ももには色っぽくスリットが入っている。胸元は谷間が少し見える程度に開いており、隣に座った男だけがその色香を堪能できる。髪は赤いロングのウィッグ。美しい金色の髪はやはり目立つ。
「本当にこれ、私なんだ……」
そして化粧。一時的に声色を変えることができる魔力を帯びた赤い口紅。肌を美しく見せるおしろい。頬を少しピンクに染めるチーク。まるで別人となった自分の姿にユーリシアが驚きを隠せない。女マスターが来て言う。
「よく似合うじゃん。素材がいいからね。さ、少し練習して本番だよ!」
「はい!」
知らない自分。未知の可愛い自分。見知らぬ誰かになり不思議とやる気が湧いてくる。
その後ユーリシアは先輩キャストらに接客の指導を受け、いよいよその時を迎える。
「いらっしゃ~い、アルさんで?」
店に現れた黒髪無精ひげの男。少し腹の出たそのおっさんを先輩キャストが迎える。大きく鼓動するユーリシアの胸。女マスターが背中をどんと押して言う。
「さあ、行ってきな」
「は、はい!」
少し暗い店内。独特の空気が漂う中、別人となったユーリシアがアルドの元へと向かう。




