22.再会のお酒
「乾杯~!!」
その日の夜、コレットは公都クラシスの一般人で賑わう大衆食堂にアルドを誘い、再会を祝い酒の席を設けた。国の中枢である大大臣がこんな場所にと思ったが、彼によれば度々来て食事を楽しんでいるらしい。贅沢に興味がないコレットらしい。
「ぷは~っ、うめえ~~~!! おーい、お代わり!!」
水を得た魚のように際限なく飲み続けるアルド。コレットが言う。
「本当にお酒飲むようになったんだね。しかもすごい量……」
十二年前は幼さ残る青年。もちろんアルドも酒など飲んでいない。
「まあな。にしても人の金で飲む酒は最高だぜ~!!」
「はあ……」
ただその性格は変わっていない。豪快と言うか大胆と言うか。アルドの隣に座ったユーリシアが恥ずかしそうに言う。
「あ、あの、改めてと言うか、初めまして、コレット様。ユーリシアと言います」
全然そんな感じはしないがコレットはこれでも大大臣。王族の次に位の高い人物。そして元勇者パーティのメンバー。ユーリシアにとっては雲の上の人である。コレットが葡萄水を手に笑顔で答える。
「初めまして、じゃないんだよね。実は。大きくなったね、ユーリちゃん」
「え? お会いしているんですか……??」
驚くユーリシアにコレットが逆に尋ねる。
「うん、ちっちゃい頃にね。アルドさんから何も聞いていないんだ?」
「え、ええ。はい……」
コレットと言う僧侶と旅をしていたとは聞いている。ただそれだけ。それ以外何も知らない。
「そうなんだ……」
そう言って酒を呷るアルドをコレットが見つめる。アルドが言う。
「つまんねえ詮索するんじゃねえよ。その時が来たら……、だ」
「うん。それはアルドさんが決めればいいと思うし」
「??」
何の話をしているのか。ユーリシアにとっては全く理解できない。アルドが話題を変えるように尋ねる。
「そう言えばリニアの件は大丈夫だったか?」
父親の形見であるブレスレットを奪われたと言うリニア。マルダン商会の事後処理の中で有耶無耶になってしまったがずっと気になっていた。コレットが答える。
「うん、大丈夫。商会本部のガラスケースの中で売られていたよ。取り返してちゃんと返しておいたから。補償金を付けてね」
「ほお、さすがだな」
コレットの話ではリニアの母親は病気がちで家は貧しかったそうだ。当面暮らせるだけのお金は渡したので心配ないらしい。
「それよりもあのブレスレット、実は『ハッピーリング』だったんだよ!」
「マジか!? そりゃすげえ……」
驚くアルドにユーリシアが尋ねる。
「ねえ、アル君。ハッピーリングって何?」
「ああ、持っているだけで幸せになるリングだよ。レアアイテムのひとつだ」
「そうだったんだ」
頷きながら聞いていたコレットが言う。
「アルドさんに会えたことがその証拠だね。ちょっと呪いが掛かっていたんで、うちの魔導士に解呪させておいたよ。もう、あの子は心配ないよ」
「そうか。色々助かる」
その話を聞き安堵する一方、ユーリシアはなぜ『大僧侶』の二つ名を持つコレット自身が解呪しないのか気になった。魔法が使えないと言う話も聞いた。だが詳細は分からない。コレットがやや呆れた顔で言う。
「でも、黙って隠居するなんて酷いですよ。本当に」
アルドの隠居については本当に誰も知らなかった。苦楽を共にしたコレットですら。
「まあ、色々あってな……」
その件はもう話したくない。それでもコレットが尋ねる。
「キュールさんにも言ってないんでしょ?」
「うっ、ま、まあ……」
アルドのグラスを持つ手が止まる。キュール・キスマリン。もうひとりの元勇者パーティのメンバー。『雷帝』の二つ名を持つ強力な女魔導士。コレットが言う。
「やっぱりねえ……。キュールさん、随分怒っていたし、悲しんでいましたよ」
「……」
黙り込むアルド。ユーリシアもその女魔導士の名前は知っている。ただアルドの口から彼女についてはほとんどその話を聞くことはなかった。アルドが重い口を開く。
「まあ、お前らにまで黙っていたことは、少し悪かったと思っている……」
「へえ~、アルドさんがそんなこと言うなんて、成長しましたね!」
冗談っぽく笑うコレットにアルドはグラスを空にしてから言う。
「ああ、成長したぜ。この腹もな!!」
昔は引き締まっていた腹筋。今は見事にオッサンのそれになりつつある。コレットが少し真面目な顔になって尋ねる。
「それで、アルドさん。今はどんな理由で旅をしているんですか?」
一度は皆の前から姿を消し隠居した元勇者。歳を重ねた今、再び立ち上がった理由はやはり気になる。アルドが酒の入ったグラスを片手に答える。
「アリスから手紙が来た。……助けてくれってな」
「え、アリスちゃんから?」
アルドの顔をまじまじと見て驚くコレット。ユーリシアは黙って二人を見つめる。
「ああ……」
賑やかな食堂内とは対照的に、アルドが静かに返事をする。コレットが言う。
「やっぱり、魔王の……」
アルドがグラスの酒を飲み干し、小さく息を吐いてから答える。
「分かんねえ。ただもしそうなら、やっぱ俺がケジメはつけなきゃいけねえ。なにせあのツンデレアリスが俺に助けてって言ってんだ。びっくりしちまったぜ」
「アルドさん……、ごめんなさい。今の僕じゃ一緒に行っても……」
アルドがコレットのグラスに酒を注ぎながら言う。
「気にすんな。お前はこの国に必要な人材。あれは俺の忘れ物。俺が何とかする」
「……アルドさん、まさか?」
真剣な表情のコレット。一変する空気。ユーリシアが黙ってアルドを見つめる。
「んな訳ねえだろ。心配すんな。皆を悲しませるようなことはしねえ。それよりお前も飲めよ」
黙ったままコレットがグラスを握る。そしてチラッとユーリシアを見てから答える。
「分かりました。……そうですね、そうですよね。ユーリちゃんもいますし。あ、アルドさん。僕、お酒は飲めないので」
「はあ? なんだ、やっぱお前は子供だな~」
そう言って笑いながらコレット青髪を撫でるアルド。迷惑そうな顔でグラスを返すコレット。
ユーリシアは二人の会話の意味はよく理解できなかったが、心から信頼し合っており、とても自分が入る場所などないと思った。生死の狭間で戦ってきたふたり。その絆は深く、様々な苦難を乗り越えて来たゆえの絆だろう。
(でも、一体何が……?)
十二年前、ヴァルファード王国での魔王との戦いで何があったのだろうか。アリスとは一体誰なのか。自分が何か関係あるのか。何も分からない。今更ながら自分はアルドについて何も知らないことに気付いた。
「それでよぉ、勇者の剣はどうなった?」
マルダン商会が購入した勇者の剣。商品を保管する宝物庫が何者かによって襲撃され、中身の品が奪われた。コレットが思い出したように答える。
「そうそう。まだ行方は分かっていないけど、保管リストの中に勇者の剣らしき物はあったそうだよ」
「そうか」
「うん。でも勇者の剣を売っちゃうなんて、何考えているんですか??」
「うっ、それは、その……」
吞んだくれ、金に困って売ってしまった。しかも知らぬうちに。とはさすがに言えない。
「まあ、まあちょっとした手違いでな……」
「ふ~ん。でもちょっと奇妙なんです」
「何が?」
コレットがやや難しい顔をして言う。
「盗まれた物のほぼすべてが武具なんですよ。かなりの量です。ちょっと嫌な予感がします」
「武具ばかり、だと……」
アルドの頭にどこかで遭遇したような光景が広がる。武具の仕入れ。大量の仕入れ。購入?
「あ、そう言えば、マルダンの所で誰かが武具を大量に注文していたのを思い出した」
「武具の大量注文? 誰ですか?」
「分からねえ。でもまるで戦争でも始めるような雰囲気だったぞ」
「う~ん……、一度マルダン商会に聞き取りをしてみましょう」
「だな」
一見穏やかに見える世の中。だが、何かが裏で起きているのかもしれない。
「あ、コレット様。ここにいらっしゃいましたか!!」
賑やかな食堂の席。そこは軍服を着た二人の男が現れる。コレットが言う。
「どうしたの?」
この時間は業務外。それなりに重要な報告であろう。兵士が言う。
「はっ! マルダン商会を襲撃した一団ですが、北にある『レーニ自治区』に向かったとの情報を掴みました!!」
「レーニ自治区……」
その言葉を聞いたコレットがやや不安そうにアルドを見つめる。アルドはグラスの酒を一気に飲み干しユーリシアに言う。
「そうか。よし、ユーリ。次は北にあるレーニ自治区だ」
「うん、了解!!」
元気に返事をするユーリシア。コレットもそれを笑顔で見つめながら、やはりその場所に一抹の不安を覚えた。




