21.あの日の約束
「死んじゃうのはあなたですよ、ガイレフ大臣」
青髪で丸メガネ。笑みを浮かべながら大大臣コレットが言う。公国随一の強さを誇る兵団。それを前に全く動揺しないアルドやコレットを見ながらガイレフが言う。
「ふ、ふざけるな! 死に損ないの元勇者に、魔法も使えない僧侶が何を言う!!!」
(え?)
震えるリニアを抱きしめていたユーリシアは、その言葉を聞き驚く。コレット・サーマルはアルドと一緒に旅した元勇者パーティメンバー。強力な回復魔法を操り、アルドたちを何度も危機から救ってきたと聞いている。その彼が、魔法が使えないとは?
「あー、うるせえな……」
アルドが鍬の柄を手にガイレフ、そしてマルダンに言う。
「テメーらみたいなカスは、やっぱ考えることは同じなんだな。少々痛い目に遭ってもらうか」
先のリーディア王国で仕置きした領主シャルダンを思い出す。悪党は皆考えることが同じ。不敵な笑みを浮かべたガイレフが兵団に命じる。
「やれ!! 大臣命令だ。ここにいる奴らを全員処刑しろ!!!」
「「はっ!」」
セシル公国の正規鎧を身に纏った精鋭たちが、剣や槍を手に一斉に前進を始める。規律の取れた動き。強固に輝く武具。たったひとり鍬の柄を手にした中年のおっさんを屠るには、誰が見ても過剰過ぎる兵力であった。ユーリシアが不安そうな声で言う。
「アル君……」
「大丈夫。アルドさんに任せておけば心配ないよ」
アルドに代わってユーリシアに声を掛けたのは、青髪で丸メガネの奥で優しく微笑むコレット。この程度じゃ負けない。アルドには全幅の信頼を置いていた。
「目標、確認。全軍を持って殲滅せよ」
ガイレフに命じられた兵団が、規則正しい動きと共にアルドに向かい突撃する。相手はどこの馬の骨とも知らぬ中年のオッサン。武器は何を勘違いしたのかただの木の棒。随分久しぶりに呼ばれて来たものの、相手がたったひとりの農夫だとは。余裕で勝てると思った。
だから自分たちが手も足も出ずに敗北するなど誰ひとり想像すらできなかった。
(勇力開放……)
アルドの鍬の柄が白く輝く。生半可な武器では砕けなくなった柄。それを頭上でクルクルと回し、アルドが叫ぶ。
「さあ、来いよ! 雑魚どもっ!!!!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
そこからは圧巻の光景が広がった。
たったひとりの男に突撃する兵団。ところが手にした剣や槍、盾に鎧が次々と鍬の柄によって破壊されていく。軽やかに舞いながらも、その轟音を伴った攻撃は重く激しい。それはまさに荒れ狂う鬼神。驚愕な破壊劇。自慢のセシル公国軍はあっと言う間に全滅した。
「う、嘘だ……」
信じられない光景を前に、ガイレフが崩れるようにその場に座り込む。隣で震えるマルダンも泣きそうな顔で言う。
「だ、だから、私は反対だったのに……」
仮にも魔王と戦った人物。この程度の兵力でどうにかなるはずがない。歩み寄るアルドにガイレフが手を前に出して言う。
「く、来るな。私はセシル公国の法政大臣ガイレフだぞ……」
今更そんな肩書が何になる。そこに居る皆がそう思った。アルドが白の輝きが消えた鍬の柄を振り上げ一気に振り下ろす。
ガン!!!
「ぎゃあああああ!!!」
ガイレフの頭に命中。鈍い音を立て、激痛に頭を押さえて悲鳴を上げる。
「まったくクズはクズを呼ぶんだな。おい、コレット」
そう呼ぶと同時に、今度は痛みに苦しむガイレフの腹部に水平に鍬の柄を打ち込む。
ドオオオン!!!!
「ぎゃあああああ!!!」
真横に振られた鍬の柄。ガイレフの体がそのまま宙を飛び、離れた場所にいたコレットの前まで吹き飛ばされる。アルドが言う。
「お前の部下なんだろ? 好きにしろ」
「了解~」
コレットは近くにいた青ざめるマルダンの配下に命じ、ガイレフを縄で縛り上げる。
「さて……」
アルドは鍬の柄を肩に乗せ、ひとり顔を青くして震えるマルダンを見下ろす。
「ええっと、俺を処刑するって言ってたな?」
「ひぃ!? あ、あれは、その……、なんて言うか言葉の綾と言うか……」
いつの間にかアルドの前で正座して頭を項垂れ、マルダンが必死に言い訳をする。リニアもユーリシアに手を引かれ、アルドの傍までやって来る。
「随分悪いことやっているみたいだな」
マルダンが顔を上げ大きく首を振りながらそれを否定する。
「と、とんでもございません! 私はいたって善良な市民で真面目に商売を……」
ガン!!!!
「ぎゃっ!!」
問答無用に振り下ろされるアルドの鍬の柄。脳天に直撃を受けたマルダンが衝撃で倒れそうになる。アルドが言う。
「リニアの、この子の目を見てみろ」
ユーリシアの横で半身身を隠しながらマルダンを見つめるリニア。その目は涙で濡れ潤んでいる。
「あの、この子が何か……?」
知る由もない。マルダンにとっては配下の者がやったいつも通りの仕事。その汚れた金の上に今の彼がいる。末端の出来事など気にもしないだろう。
「これがお前のやって来たことだ。こんな幼子が涙し、苦しんでいる」
リニアが半歩前に出て、勇気を振り絞り訴える。
「お父さんの形見を返してください……」
「形見……?」
マルダンが首をひねる。知らないだろう。大きな取引ならいざ知らず、それは名もない冒険者が持っていたブレスレット。アルドが言う。
「お前。その昔、俺と約束したこと覚えていねえのか?」
「お約束、ですか……?」
マルダンが目を閉じあの日の出来事を思い出す。若かった自分。当時と変わらないアルド。荷車の脱輪。盗賊の襲撃。報酬……
「あっ、報酬!! 助けて頂いた報酬をまだ払っていませんでした!! ええっと、お幾らほど払えば……」
「ちげーよ!!!!」
「ひぃ!?」
アルドの声が一段と大きくなる。戸惑うマルダン。あの時、冒険者だったアルドから身を守って貰った。報酬を支払うのは当然なこと。何が違うのか。答えが分からず体を震わせるマルダンにアルドが言う。
「お前、将来大物になったら困っている人を助けたいと言ってたじゃねえか?」
「……」
マルダンが項垂れる。
「だから俺はあの時助けた。勇者になると決めた俺でもすべての奴らを助けることはできねえ。だからお前みたいな別の才能で誰かを助ける奴も必要なんだ。だから助けた。忘れたのか!?」
項垂れたままマルダンが答える。
「いえ、私は……」
忘れてなどいない。ただ商会を大きくすることは想像よりもずっと苦難の連続だった。ようやく築いた富。決して忘れていた訳ではない。ただ顔を背けていただけだ。アルドが言う。
「今からでも遅くねえ。俺との約束、守ってくれねえか」
「……」
沈黙。そしてマルダンが答える。
「は、はい……」
項垂れたままの涙声。怖かった。また貧しくなるのが怖かった。富を失うのが怖かった。だけど思い出した。ぶん殴られ、あの若かった頃に抱いた夢を。マルダンが地面に頭をつけ号泣しながら言う。
「すみませんでした!! 頑張ります、心を入れ替えて、頑張ります……」
ふうと小さく息を吐いてからアルドが言う。
「頑張れよ。真面目にやらなかったらまた来る」
「は、はい!!」
頭を地面につけたままマルダンが答える。
アルドが少し離れた場所にあるテーブルに置かれた金貨の山に近付き、それを一掴みして言う。
「あと、悪いけどこれだけ貰うな。忘れてたけど盗賊から守ってやった報酬」
「え? あ、ど、どうぞ……」
頭を上げ頷くマルダン。怯える彼を強要するようだけど仕方ない。何せ今は一文無し。まあ、冒険者としての正当な報酬だろう。
嬉しそうに頷くユーリシアを見てからアルドが言う。
「それからこの子から強奪したブレスレットを返してやれ」
「は、はい。おそらく店内にあるかと……」
贖罪。もうマルダンはそんな気持ちになっていた。アルドが言う。
「あと、最後だ。俺の持っていた勇者の剣、あれを間違えて売ってしまったのだが、どうやらお前の所の誰かが買い取ったらしい。返してくれねえか?」
「え? 勇者の剣でございますか……、それはそれは……」
そんな大物の入荷は聞いていない。ただそれならば鑑定を含め一旦宝物庫と呼ばれる倉庫に保管してあるはず。
「分かりました。多分うちの倉庫にあるかと……」
「マルダン様!! 大変です!!!!」
商会の配下が血相を変えて中庭に現れる。セシル公国軍や警備員が地面に倒れ、主マルダンが跪く姿に驚くが、それでも大声で言う。
「宝物庫が何者かに襲撃され、中の品が奪われました!!!!」
唖然とするマルダン。アルドはテーブルに置かれたワインボトルをぐいっとひと口飲んでから、小さくため息をついた。




