20.随分偉くなったな。
「な、何だあいつは!?」
「絶対ただの農夫じゃないだろ……」
「こんなのあり得ない……」
マルダン商会本部。広く高価な商品が並ぶその店内で、鍬の柄を片手に無双するアルドを見て警備員たちが後退りする。勝てない。リーダーが瞬殺され、応援に来た警備員たちも全て倒れた。
皆の視線を受けた黒髪の男が、床に倒れた警備員に問う。
「マルダンはどこいにいる?」
「……お、奥の中庭に」
通常の警備員では太刀打ちできない今、彼らの頭にはあれしかないと思った。皆がじっと見守る中、鍬の柄を肩にゆっくり遠くへと進むアルド。その後ろについて歩くリニアが驚いて言う。
「おじさん、強い!!」
「そう、お兄さんは強いんだぞ」
警備員たちが倒れた凄惨な風景と、リニアとの少し間抜けな会話。そのギャップにユーリシアの緊張も少し解れる。
「と、止まれ……」
中庭へと続く広い廊下に出たアルドたち。絨毯が敷かれた豪華な廊下。駆けつける警備員も遠くから負け犬のように声を出すだけで、誰もアルドに近付こうとはしない。たった一人の男にマルダン商会の警備体制は崩壊した。
それでも彼らはまだ負けたとは思っていない。その最強の砦があるために。
「ここか?」
廊下の先、ひと際大きく立派な観音開きのドア。アルドが勢いよくドアを蹴り開けると、そこには太陽の日差しを燦々と受けた広大な中庭が広がっていた。木々が立ち並び、草花が生える。とても公都の中とは思えないほど広く立派な庭園。
その中央、お洒落なテーブルで会話を楽しんでいたこの屋敷の主マルダンが、その侵入者に気付き声を上げる。
「お、おい! お前!! なに勝手に入って来ているんだ!?」
中庭に現れた少し腹の出た黒髪の男。マルダンはすぐにそれが報告にあった『ハルド』と名乗る侵入者だと思った。対面に座る小太りで口がへの字に曲がった法政大臣ガイレフは、黙ったまま赤ワインを口にする。
中庭の周囲に集まる棍棒を持って震える警備員たち。その無様な様子がマルダンをさらに苛立たせた。立ち上がりアルドに向かって歩き始めるマルダンが大声で言う。
「ここがどこだか分かっているのか!? マルダン商会だぞ!! この農夫め!! 不法侵入罪で拘束だ!! 処刑だ、処刑っ!!!」
背後には公国中枢を握る法政大臣。そして自身はセシル公国最強の商会の会長。今の彼に敵はないはずだった。無敵のはずだった。黒髪の男が鍬の柄を肩に睨みつけながら言う。
「随分と偉くなったな、てめえ」
その言葉を聞き顔を真っ赤にしてマルダンが叫ぶ。
「だ、誰なんだ!! お前!? なぜたかが農夫ごときがこの私を……」
「俺はアルド・シュナイデル。なんだ、忘れちまったのか?」
「……え?」
一瞬、マルダンの体が固まる。アルド。アルド・シュナイデル。目の前にいるのは『ハルド』とか言う農夫ではなかったのか。
そのまさかの可能性に及んだマルダンが、顔を青くしてその名を口にする。
「アルド、アルド……、アルド、さん……」
アルド・シュナイデル。それは先の大戦で魔王と戦い、そして駆け出しだった自分を盗賊から救ってくれた大勇者。マルダンが顔から汗を吹き出しながら尋ねる。
「あ、あの、あなたはもしかして、あのアルドさん、でしょうか……?」
これまでの態度が一変。まるで強者の威光に晒された敗者のようなか弱い声。周りの警備員たちが唖然と見つめる中、アルドが答える。
「どこのアルドだよ。俺は俺だ」
この声、この太々しい態度。間違いない。想定外の事実がマルダンの体の自由を奪う。だがどうしてここに? どうして今更!? 混乱するマルダンにアルドが言う。
「お前、随分と悪いことやってるそうじゃねえか?」
「い、いえ、そんな滅相もない! 私は真面目な商人で……」
まるで教師に叱られる生徒。誰もがそんな目で二人を見つめる。アルドが言う。
「まあ、いい。お前には色々と用事があってな。とりあえずこの子の……」
そう言ってアルドが後ろに立つ茶髪のボブカットの少女リニアを呼ぼうとした時、中央の椅子に座っていた小太りで口がへの字に曲がった男が立ち上がり叫んだ。
「何をしている、マルダン!!」
見かねた法政大臣ガイレフ。ずかずかとふたりの元へ歩み寄りながら言う。
「何をやっているんだ! そのような不法侵入者、とっととつまみ出さぬか!!」
マルダンが狼狽えながら答える。
「い、いえ、ガイレフ様。この方は先の大戦の勇者アルド様でして……」
「勇者、アルド、だと……?」
いきり立って歩いていたガイレフの足が止まる。じっとアルドを見つめるガイレフ。そして言う。
「勇者アルドは死んだと聞いた。偽者だろ!!」
(うわっ、俺は殺されたことになってんのか……)
長年隠居生活を続けていたとは言え、あまりにも寂しい自分の処遇に自虐的な笑みが浮かぶ。
公国中枢で権力を握るガイレフ法政大臣。彼もマルダン同様、人生の絶頂期を謳歌していた。だが、そこに思わぬ人物が現れる。
「アルドさーーーーん!!」
明るい声。場を和ませるような声色。アルドにとって懐かしいその声の主は、中庭にやって来ると大きく手を振り笑顔で叫んだ。
「お、コレットじゃねえか!」
コレット・サーマル。元勇者パーティのメンバーで『大僧侶』の二つ名を持つ、現セシル公国で大大臣を務める仲間。青髪で丸メガネ。昔と変わらぬコレットにアルドが言う。
「変わんねえな! いや、ちょっと老けたか?」
アルドの元へ駆けつけたコレットが笑いながら言う。
「アルドさんに言われたくないな~、どうしたんですか? このお腹?」
そう言ってアルドの少し出たお腹を指でつつくコレット。アルドがややバツが悪そうに答える。
「うるせえ。俺ももうオッサンだ。多少は仕方ねえ……」
「ふふっ」
口に手を当てて笑うコレット。対照的に法政大臣ガイレフは突然現れた上官に目を見開いて固まる。コレットが言う。
「再会を喜びたいところですが、ガイレフ大臣。ここで何をされていたのですか?」
そう言って尋ねるコレットの目には、テーブルの上に置かれた金貨や宝石の山。公国内有数の商会、そしてその会長との密談。積まれた金貨。その意味は一目瞭然であった。ガイレフが答える。
「い、いや、これはただ別に……」
ガイレフには黒い噂があった。ただ狡猾な彼はその証拠を上手く隠し続けていた。コレットが言う。
「ちょっと調べさせてもらいますね」
「……」
下を向き、黙り込むガイレフ。どうするべきか。最悪の状況。このままでは拘束されるのは間違いない。彼の頭は高速で回転し、最適な解答を導き出そうとしていた。
ガイレフがマルダンの元に歩み寄り無機質に言う。
「マルダン、あれを出すぞ」
それを聞いたマルダンが驚き尋ねる。
「ほ、本当にやるのですか……!?」
「ああ、やる」
それを聞いたマルダンが大声で警備員たちに命じる。
「特殊部隊、出撃っ!!!」
「えっ!?」
驚くコレット。そしてあっと言う間にセシル公国軍正規の鎧を纏った一軍が中庭に出現。アルドやコレットたちを囲むように対峙した。安全な場所へ移動するふたり。ガイレフが言う。
「コレット様。あなたのこと以前から鬱陶しく思っていましてね。私のことを随分色々と嗅ぎまわっていましたよね……」
「ガイレフ大臣、あなた……」
「勇者アルド? そんな死にぞこないの男に何ができる? ここは国の支配も及ばぬ商会内。つまりね、あなた方が死んでも誰も分からないんですよ……」
マルダンが多額の私費を費やし、秘密兵器として常駐させていたセシル公国軍。精鋭を選抜し、その強さは折り紙つき。すべては豊富な資金が成せる業。アルドが背に付けた鍬の柄を手に面相臭そうにつぶやく。
「ちっ、仕方ねえなあ……」
コレットが悲痛な表情で叫ぶ。
「や、止めてください!! いくら強くても、死んじゃう……」
それを聞いたガイレフが大声で笑って答える。
「わははははっ!! もう遅い、もう遅いですぞ!! お前たちここでみんな死んで……」
じっと聞いていたコレットが顔を上げて言う。
「違いますよ」
「なに?」
そう口にしたコレットが笑顔で言う。
「死んじゃうのはあなたですよ、ガイレフ大臣」
「なっ……」
驚くガイレフ。コレットはまるで子供のような笑顔で黒髪の彼を見つめた。




