19.丁重な出迎え!?
人気の少ない路地裏。マルダン商会の刺客を瞬殺したアルドは、鍬の柄を手に、再度商会本部へと向かっていた。
「あれ……?」
歩きながら茶髪のボブカットの少女リニアが、首の辺りに手を当て驚いた顔をする。手を繋いでいたユーリシアがそれに気付き尋ねる。
「どうしたの、リニアちゃん?」
「さっきナイフでつけられた傷が、治ってるの……」
「え?」
マルダン商会の男たちに捕まった際に突き付けられた短剣。その刃先がリニアの首に当たり、先ほどまで赤い血痕の線ができていた。それが今は綺麗に治癒している。
屈み込み、首の辺りをじっと見ていたユーリシアが尋ねる。
「リニアちゃんってさ、もしかして治癒の魔法とか使えるのかな?」
いわゆる回復魔法。まだ幼いリニアではあるがここは魔法都市だし、才能があれば決して不思議なことではない。リニアが首をかしげて答える。
「う~ん、分かんない……」
とすると無意識なのか。そう考えていたユーリシアにアルドが言う。
「ユーリ、お前じゃねえのか?」
「え? 私……?」
驚き座ったままこちらを振り向くユーリシア。そしてすぐに手と首を振ってそれを否定する。
「違う、違うって! 私、魔法なんて使ったことないし!!」
「誰だって最初は使ったことねえよ。ま、そのうち分かるさ」
「そ、そうね……」
アルドがそう思う理由はもうひとつ別にあった。
「さて……、行くか」
そんな話をしているうちに三人の前に再びマルダン商会の本部、見上げるような巨大な建物が姿を現した。
「待て、そこの男!!」
「あっ!! あいつらは!?」
アルドを先頭にマルダン商会正面の階段を上がっていた三人に、警備員が気付き声を掛けた。木の棒を持った黒髪の男、金髪に青い瞳の少女、そして茶髪のボブカットの少女。まさに商会が警戒していた三人組。警備員が腰に付けた棍棒を抜いて言う。
「止まれ! お前たちを入れる訳にはいかない!!」
「うっせーよ」
ドン!
「ぎゃっ!!」
アルドが背に付けた鍬の柄を取り出し軽く振り回す。足元をすくわれた警備員が派手に転び、ぶつけた頭を押さえる。
「邪魔すんなよ」
アルドは鍬の柄を肩に乗せ、悠々と建物内へと足を踏み入れる。
「不法侵入者だ!!」
「手配の連中だ!!!!」
建物内に入ったアルドたちを、応援にやって来たたくさんの警備員たちが取り囲み叫ぶ。やはり自分たちはお尋ね者だったのか。改めて商会のやり方に怒りを覚える。
「おい、聞け!!!」
店内に響く大きなアルドの声。買い物をしていた顧客たちが突然の事態に驚き、巻き込まれないよう避難を開始。アルドが言う。
「俺の名はアルド!! ここへマルダンを呼んで来い!!!」
犯罪ギリギリ、いやほぼ犯罪行為を行い成長してきたマルダン商会。それゆえ恨みや復讐により、このように正面から乗り込んでくる連中は稀にいる。
警備員がアルドたちを取り囲む中、そのひと際大きな身体の男がゆっくりと現れた。
「客人。ここは商いの場。そのような粗相はあかんで」
警備服の上からでも分かる筋肉。潰れた片眼。綺麗に刈り上げられた髪。彼がこの警備員のボスであることは一目瞭然であった。怯え、アルドの後ろに隠れるユーリシアとリニア。アルドが言う。
「マルダンを連れて来い。話がある」
ふうと小さくため息を吐き、ボスの男が答える。
「これだから田舎のオッサンは困るな。痛い目ぇ見たくなかったらすぐに……」
そこまで口にした男。いつの間にか自分の真横に立つアルドに気付き固まる。
ドフ……
みぞおちに一撃。アルドの拳を受けた男がゆっくりと崩れ落ちる。
(なんや、これ……、見えんかった。動けんかった……、こいつ、クソ強い)
一撃で戦意消失。これまで多くの強者どもを屠って来たボスの男が初めて感じる恐怖。倒れてからも止まらぬ体の震え。一体何者か? そんな彼の耳に部下たちの声が響き渡る。
「捕らえろ!!」
「あいつをぶっ殺せ!!!」
倒れながらその目に映る部下たちの突撃。『やめろ……』と内心叫ぶも声すら出ない。そしてすぐに彼が心配した通りの光景が目の前に広がった。
「会長、ご報告でございます」
同じ時刻。その巨大な商会の建物内にある広い中庭で、優雅に紅茶を楽しんでいたマルダンに配下の者が現れて言った。対面に座るのは小太りで口がへの字に曲がった法政大臣ガイレフ。大好きな赤ワインのグラスに口を付けたところであった。
「何だ? 今、お客様との商談中だぞ」
商談も何もない。テーブルの上には金貨と宝石の山。ガイレフ大臣とはただの賄賂のやり取り。その言葉の意味を十分理解している配下が頭を下げて言う。
「承知致しております。ただ、ハルドと名乗る者が会長に面会を求めており、店内で暴れておりまして……」
万が一にもマルダン会長の知り合いならば報告が必要。ただその名前を聞いたマルダンが腕組みをして首を傾げる。配下が続ける。
「黒髪で少し腹の出た中年男性です」
「腹の出た中年、ハルド……? う~ん、知らんなぁ。どうせまた私に逆恨みでする蛮族でしょう。丁重に追い払って差し上げなさい」
「かしこまりました」
配下の者が再び頭を下げ退出する。正面に座るガイレフがワインを口にしてから言う。
「馬鹿な奴は減らないな。この公都クラシスでお前に歯向かうなど」
「ご冗談を。私は善良な市民でございますよ。ちょっとだけお金の好きな市民ですが」
「ふっ」
ガイレフが足を組み直しそれに笑って答える。マルダンが天然パーマで痩せた顔に笑みを浮かべて言う。
「ただ、時折こうした見せしめは必要でしょう。私たちに逆らうとどうなるかって言う見せしめが」
「ほどほどにな。後処理が大変だ」
「存じております。どうぞご心配なく……」
マルダンはガイレフと手にしたグラスをコンとぶつけ紅茶を口にする。いつもの風景。いつもの出来事。この時はその程度にしか思っていなかった。
その少し後。セシル公国大聖殿。神への祈りを終えたその青髪で丸メガネの男に職員が報告する。
「お探しでした男らしき人物の所在が確認できました」
それを聞いた青髪の男が目を丸くして喜ぶ。
「本当!? わあ、良かった! これでアルドさんに会える!! 今、どこにいるの??」
職員が驚いて尋ねる。
「え? これから行かれるのですか?? 今日の午後は大切な閣議が……」
「そんなもの延期延期延期っ! 延期でいいよ! で、どこにいるの?? 早く教えて!!」
「は、はあ……」
職員は戸惑いながらも彼の質問に丁寧に答えた。




