18.若きマルダンと冒険者アルド
「ちょっといいかい? そこのオッサン」
セシル公国の公都クラシス。
食事を終え、再びマルダン商会へと向かっていたアルドたちの前にフード付きのローブを被った男が現れた。行く手を阻むように立つ男。だがアルドはそれを無視。黙って通り過ぎようとする彼を見てローブの男が慌て気味に言う。
「おい、待て! お前だ、お前!!」
大きな声を出されてようやく自分が呼ばれていることにアルドが気付く。後ろにいたユーリシアとリニアの顔に浮かぶ怯えた表情。アルドが言う。
「ん? まさか俺のことか?」
「決まってるだろ! 他に誰がいる!?」
アルドは広場の遠くを歩く中年男性を指差しローブの男を見つめる。
「ふざけるな! お前だ、お前っ!!」
そう言って興奮気味にアルドを指差すローブの男。アルドが面倒臭そうに言う。
「何だ、お前? 俺は用事などないぞ」
「ふん、たかが農夫のくせに随分偉そうじゃねえか。まあいい。俺はよぉ、そこのガキが欲しがっているブレスレットについて知ってんだ。ちょっと来い」
ローブの下から鋭い視線がリニアを捉える。怯えるリニア。その前にユーリシアが立ち男に言う。
「本当に知っているの? あなた誰?? マルダン商会の人なの??」
その言葉に冷静に男が答える。
「ついてこりゃ分かるよ」
歩き出す男。ユーリシアはアルドが頷くのを見てからリニアと手を繋ぎ、男の後ろを歩くアルドに続く。
数分。いや、体感的にはもっと長く感じたろう。歩き始めた男は、アルドたちを人気の少ない路地裏へと誘導。何も話さぬまま黙って歩き続ける。
「おい、お前らマルダン商会の者か?」
堪りかねたアルドがローブの男の背後から尋ねる。止まる足。男が振り返りながら言う。
「お前らクラシスの人間じゃねえな? だったら教えてやる。この街でマルダン商会に楯突く馬鹿がどうなるかを」
同時にローブの中から抜き出された短剣。それを合図に周囲に潜んでいた仲間が現れ、アルドたちを取り囲んだ。短剣を突きつけながら男が言う。
「有り金全部おいていけ。それで許してやる。ああ、女どもは貰っていく。あれはあれで使い道があるから……」
ドン!!!!
「ぎゃっ!!」
男が話し終える前にアルドが強烈な頭突きを食らわす。悲鳴と共に倒れる男。額からどくどくと出血し、痛みにのた打ち回る。
「て、抵抗するな!! こいつらがどうなっても知らねえぞ!!!」
「ア、アル君……」
「きゃあ!」
仲間たちが隙を突いてユーリシアとリニアを拘束。手にした短剣を突き付けてアルドを脅し始めた。男たちが言う。
「農夫の分際でマルダン商会に楯突くからだ!! それとも貧しすぎてマルダンさんのことすら知らねえのか!? ぎゃははははっ!!!」
品のない笑い。じっと黙って聞いていたアルドが言う。
「マルダン、あの馬鹿、許さねえぞ……」
呼び捨て。商会のボスに対する侮辱。ローブの男のひとりが怒りに震え、腕を上げ、アルドに殴り掛かりながら大声で言う。
「お前っ!! 死んでマルダンさんにお詫びを……、ぎゃっ!!」
微動だにせず、たった拳ひとつで男がアルドの足元へと沈んでいく。アルドが言う。
「詫びるのはどっちか、俺が聞いてやる」
アルドの脳裏に、まだ冒険を始めた頃の情景が鮮明に蘇った。
「おーい、そこの君!! ちょっと助けてくれないか??」
村を出てひとり魔王討伐の旅に出た若き勇者アルド・シュナイデル。皆に揶揄われながらも彼は魔王を倒すと言う途方もない目標に向かって邁進していた。
そんなアルドがセシル公国を訪れたある日。郊外を歩いていた彼を遠くからひとりの痩せ男が呼び止めた。
「どうしたんだ?」
近付くアルド。呼んだのは天然パーマの痩せた男で、たったひとり木製の荷車を引いている。荷車にはたくさんの荷物。だがその車輪が岩の溝にはまって動けなくなっていた。天然パーマの男が言う。
「ちょっと助けてくれないか。動けなくなってしまって……」
「ちっ、仕方ねえな」
アルドは急いでいたが可哀そうに思い荷車を後ろから押す。無事に荷車が溝から出たところで、男が頭を下げて言う。
「どうもありがとう。私の名前はマルダン。これは顧客に届ける大切な荷物で、間に合わなかったら大変なことになっていたよ。本当に感謝するよ」
そんなことどうでもいい。アルドは先を急いでいた。マルダンが空を見上げて言う。
「私の夢はね、大きな商会を作ることなんだ。そして世の中で困っている人を助けたい。その夢が潰れるところだった。本当にありがとう。あ、そうそう、君の名前は?」
アルドはその周りの異変に気付きながら小さく答える。
「アルド・シュナイデル。それより囲まれているぞ……」
「え!?」
マルダンはアルドの言葉でようやく冷静に周囲に目を向ける。いつの間にか自分の荷車を取り囲むように現れた武装した男たち。アルドが言う。
「あれは野盗だな。ん? あの黒い短剣は……」
野党たちが手にする黒い短剣。それを見たマルダンが顔を真っ青にして言う。
「ま、まさか、黒煙の鷹……」
『黒煙の鷹』、それはこの当時強い勢力を誇っていた盗賊集団。黒い武器を好んで使い、煙のように跡形もなく消えることからそう呼ばれている。無慈悲に相手を殺し、すべてを奪い尽くす。まさに黒い悪魔。マルダンが震えながら言う。
「ア、アルドさん。あなた冒険者ですよね。た、助けてくれませんか……」
アルドが思う。戦って勝てないことはない。ただ、この痩せ男を守りながらだと少々骨が折れる。考え込むアルドにマルダンが言う。
「私が将来大物になったら幾らでも報酬を差し上げます! これは未来への投資。お願いです。助けてください!!」
商人らしい科白。アルドは舌打ちしながらそれに答える。
「ちっ、面倒臭せえが、まあいい。約束守れよ」
「も、もちろんです!!」
剣を抜いたアルド。たったひとりだと侮っていた黒煙の鷹はあっと言う間に全滅。この時初めて盗賊たちの間に将来の勇者『アルド・シュナイデル』と言う黒髪の少年の名が刻み込まれる。
「た、助かった……」
アルドは盗賊を倒すと『じゃあな』と言って立ち去って行った。
残されたマルダン。偶然、盗賊たちが持っていた一振りの宝剣を発見し、それを街で売却。法外な値で売れたその利益で小さな商会を設立。その後悪事に手を染めながらも、紆余曲折を経てセシル公国でも指折りの商会へと育て上げた。
「う、動くな!! この女がどうなっても……、ぎゃっ!!!」
ユーリシアを人質に取ったローブの男。短剣を突きつけながらアルドに叫ぶも、いきなり飛んできた鍬の柄が顔面に当たりそのまま倒れる。
「き、貴様!!」
周りの男たちが叫ぶ。ただアルドは投げつけた鍬の柄が地面に落ちるより先に彼に駆け寄りそれを掴み、そしてクルクルと頭の上で回しながら言う。
「かかって来いよ、雑魚どもがっ!!!」
全く動きが見えない。それなりの鍛錬を積んだローブの男たちに動揺が走る。そしてほどなくその動揺は後悔へと変わった。




