17.三十路はおじさんじゃないぞ。
「美味しいー!! お姉ちゃん、美味しいね!!」
アルドとユーリシアは、マルダン商会に騙された茶髪のボブカットの少女リニアと共に、広場にある食堂で早めの昼食をとっていた。地元の人も使ういわゆる大衆食堂。公都クラシスの名物の焼き飯を幸せそうな顔で頬張る。
「うん、美味しいね!」
ユーリシアも同様に焼き飯を注文。皮肉にもこの旅で初めてまともな食事をとることになった。目の前に置かれた美味しそうな料理を前に、アルドが神妙な顔で尋ねる。
「なあ、ユーリ。こんなに頼んで代金は……、ふがふがっ!?」
ユーリシアがすぐにアルドの口を手で塞ぎ、リニアに笑顔で言う。
「何でもないわよ、リニアちゃん。たくさん食べてね!」
「ふが、ふがふが!(おい、もう放せ!)」
ユーリシアはアルドが余計なことを言わないと確認してから、耳元で小声で言う。
「つまらないこと言わないの! あんな小さな子供に心配させたくないでしょ?」
「ああ、まあ……」
それは分かる。ただ、恐らくこの食事代で持っている路銀が底を突いてしまったはず。明日からの宿代や食事はどうするのか。いや、最後の晩餐と言うなら一杯飲みたいところだ。
そんなことを考え始めたアルドにユーリシアが更に小声で言う。
「私はどっかで野宿でも何でもいいわ。大丈夫だから」
「……」
幼子だと思っていたユーリシア。いつの間にか体だけでなく、心も大きく育ったのだとアルドは感慨深くなった。
ただそれとは別に、現在進行形でアルドにはひとつ気になることがあった。今度はアルドがユーリシアの耳元で小声で言う。
「ユーリ、顔を動かさずに聞け。お前、ずっと見られているぞ。監視に近いと言うか……」
二人とも顔はそのまま。ただ食堂の端にある席でこちらをじっと見つめる男二人組の視線に、ユーリシアが気付く。滲む汗。初めて来る場所で、何も身に覚えがない。あるとすれば先ほどマルダン商会で啖呵を切ったことぐらいか。ユーリシアが冷静を装いながら尋ねる。
「まさか、商会の人……?」
少し間を置いてからアルドが答える。
「いや、多分違う。身につけている服がセシルの物じゃねえ」
この距離でそんなことまで分かるのか。ユーリシアはアルドの鋭い洞察力に改めて驚く。
「ねえ、ふたりで何こそこそ話してるの~??」
そんな空気を一変させるかのように食事を終えたリニアが尋ねる。ユーリシアが笑みを浮かべて答える。
「な、何でもないわよ! あ、もう食べちゃったのね。まだ食べる??」
リニアが首を振って答える。
「ううん、もうお腹いっぱいだよ。ありがと、お姉ちゃん!」
「そう、それは良かった。子供は食べることが仕事だからね!」
「ねえ、お姉ちゃん」
お腹が膨れ少し落ち着いたのか、リニアがアルドとユーリシアの顔見てから尋ねる。
「お姉ちゃんとおじさんは、結婚してるの?」
「え?」
「はぁ?」
思わず顔を見合わせるアルドとユーリシア。一瞬で真っ赤になるユーリシア。対照的にアルドは困った顔で言う。
「ちげーよ。俺はこいつがこんなちっちゃい頃から面倒を見ている。言ってみれば親子みてえなもんだ。なあ、そうだろ? ユーリ……」
真っ赤な顔からそのまま突如怒りの表情に変わるユーリシア。口を尖らせ腕を組み、顔を背けて答える。
「ふん! そうね、そうよね。どうせ私はアル君のお子様ですよ!!」
(んんっ、なんで怒ってるんだ……??)
当たり前の事実。それを伝えただけなのになぜ急に怒り出した彼女が理解できない。ユーリシアが不服そうに持っていたスプーンの先でテーブルをトントン叩きながら、その朴念仁を睨みつける。
しかし拗ねていた彼女がその食堂の端を見て、少し驚いた顔でアルドに言う。
「ね、ねえ、アル君。あれ、いなくなってるわ……」
アルドもユーリシアの視線の先、食堂の端に目をやる。いない。確かに先ほどまで座っていた男二人組が消えている。何者だったのか。確かめることができないまま、どこかへ消えてしまった。
「まあ、仕方ねえ。そのうち分かるよ」
「うん」
どこかの外国勢力の者か? それともマルダン商会の手の者か? 旅を続ければいずれ分かるだろう。それよりも今はこの少女リニア、そして勇者の剣を追う方が重要。アルドがふたりに言う。
「よし。じゃあ、飯食ったら行こうか」
顔を上げるユーリシア。そして尋ねる。
「え、行くってどこに??」
アルドは少し上を向き強い口調で答える。
「決まってんだろ? マルダン商会に殴り込みをかけるぜ!」
その顔はなぜか少し嬉しそうにユーリシアには見えた。
『世界の孤島』と呼ばれるヴァルファード王国。
その王都郊外には群れを成して進軍する魔物たちの姿が日に日に多くなっていた。
「灼熱弾丸!!!」
その先頭に立ち指揮官と共に魔物を迎え撃つ赤髪の美少女アリス。得意の火炎魔法を魔物たちへと連発する。
ドン、ドドドドォオオン!!!!
無数の赤き弾丸が、魔物に着弾すると同時に爆発を起こす。悲鳴を上げ絶命する魔物たち。だがその後ろからまるで湧き出してくるかのように新たな魔物が雄叫びを上げながら現れる。
(キリがないわ……)
強気で負けず嫌いのアリスですら一瞬弱気になる光景。地平線に広がるように集結する悪魔。そのすべてが自分達への牙を剥き出しに襲ってくる。
「ぎゃああああ!!」
「ぐわあああ!!!!!」
前線で戦っていたヴァルファード王国軍から悲鳴が上がり始める。前衛の決壊。魔物の強撃に耐えられなくなった重歩兵の一部が地面に倒れていく。アリスの従者が言う。
「姫様、ここはもうもちません! 一時避難を!!」
「何を言っているの!!」
突然響く姫の大声に周囲の兵士たちが驚く。アリスがじっと魔物を睨みつけて言う。
「馬鹿なの、あなた!! 国を率いる私たちがここで逃げてどうするの!? 先頭に立ち、皆を鼓舞するのが仕事でしょ!!」
「は、はい……」
こうなると梃子でも動かないヴァルファードの姫様。ただその気概は十分兵士へと伝播する。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「突撃だ! 怯むな、突撃っ!!!」
上がる兵士の士気。そしてその男が現れる。
「勇戟閃光!!!!」
一筋の閃光。青い光となって魔物たちの前に現れたかと思うと、大声と共に白き波動が魔物たちへと放たれる。
「勇者ティング!!!」
「ティング様!!」
兵士の間から大きな歓声が沸き起こった。劣勢が続くヴァルファード王国。その中にあって皆の数少ない希望の光。若き勇者ティング・バレスティン。青い髪を靡かせ魔物たちの前で仁王立ちする。
「さあ、来い!! 僕が相手だ!!!」
先の見えぬ戦い。若き勇者が救国の英雄となれるのか。皆の期待と不安を一身に背負い、その青髪の若者は無我夢中で剣を振る。




