16.怯える少女
「やめなさい! 子供に手を上げるなんて許さないわ!!」
セシル公国の公都クラシスにあるマルダン商会の本部。多くの商品が並ぶ店内にいた人たちが、突如起こった声を聞き視線を向ける。
茶髪のボブカットの少女。十歳にも満たない少女の目には涙。販売員に打たれた頬が赤くなっている。
「誰だ、お前は!? 関係ないだろ!!」
ユーリシアの声以上に大声で威嚇する販売員。静かだった店内が一瞬で騒然となる。
「関係なくないわ! こんな小さな子を打つなんて放っておけないでしょ!!」
ユーリシアの主張は正しい。ただ不思議と周りの人たちは誰ひとりとそれに加勢しようとはしない。ボブカットの少女が涙声で言う。
「お願いです、お父さんの形見を返してください……、お願い……」
(形見?)
少女の言葉を聞きユーリシアが一瞬考える。だがすぐに販売員が冷たく言い返す。
「だったら金を持ってこい! お前が壊したアミュレットの弁償代だ!!」
「ううっ……」
女の子が座り込み下を向いてむせび泣く。何があったのか分からない。ただ、今はこの少女を落ち着かせることが先決だ。ユーリシアは少女の肩を抱き、優しく声を掛ける。
「とりあえずお姉ちゃんと一緒に出よ。お話聞かせて」
ユーリシアは目に涙を浮かべた少女を支えながら歩き始める。
「また来るから!!」
威嚇するような強い口調。ギッと販売員を睨みつけてから後ろにいたアルドに言う。
「行くわよ、アル君」
「……至急、あるだけの武具を準備して欲しい」
「ほうほう、それはそれは。かしこまりました」
アルドは少し離れた場所で、騒ぎに動じず売買の話をする見慣れない軍服の男を見て首を傾げる。
(あれはクレゾン王国の軍服。あるだけの武具って、戦争でも始める気か?)
勇者パーティ時代に訪れたクレゾン王国。ここからは遠方の地だが、なぜその軍がこのセシルにて武器を買い漁るのか?
黙ったままその男を見つめるアルドにユーリシアが強めの口調で言う。
「アル君、何してるの!! 行くわよ!!!」
「え? あ、ああ。分かった」
気にはなるものの今はユーリシアと少女のことが先。カツカツと肩で風を切って歩く彼女の後に黙ってついて屋外へと出た。
「怖かったね。まずは名前を教えてくれるかな?」
マルダン商会を出た先にある円形状の広場。中央に美しい噴水が勢いよく水を噴き上げ、周囲には散歩や雑談を楽しむ人などが訪れている。
ユーリシアは茶髪のボブカットの少女をベンチに座らせると、隣に腰を下ろし、打たれた頬に手を当てながら優しく尋ねた。
「……リニア。私はリニアって言うの。ううっ」
リニアと名乗った少女。名前を告げると再び顔に手を当ててむせび泣く。彼女の肩を抱きながら隣に座ったユーリシアが言う。
「私はユーリシア。こんな酷いこと絶対許せない。あなたの力になるわ。何があったのか教えてくれる?」
普通なら初対面の人間に対して信じることなどできないだろう。だが誰も味方のいないリニア、そして先ほどのユーリシアの行動。彼女にとってはそれだけで十分だった。
「あのね……」
リニアが涙声でゆっくりと話し始める。いきさつは単純だ。
街で母親と買い物をしていたリニア。すると前方から来たガラの悪い二人組の男と肩が接触。そのせいで彼が持っていたアミュレットが落ち破損。貴重で高額だと言うアミュレットの弁償を迫られ、致し方無く母親はリニアの持っていた父親の形見であるブレスレットをマルダン商会にて売却したとのこと。リニアが言う。
「でもね、あの男二人がマルダン商会の人たちと仲良く話すのを見たんだよ……」
察するにタチの悪い当たり屋。それもマルダン商会絡みの可能性が高い。
「本当に悪い奴らなんだね、マルダン商会って」
リニアの話を聞き、ユーリシアが腕組みしながら少し離れた場所にあるマルダン商会の大きな建物を睨みつける。
「アル君もそう思うでしょ??」
「ん? ああ……」
腑抜けた返事にやや苛立ちながらユーリシアがリニアに言う。
「そうそう、このオジサンはアルドって言うの。一応それなりに強かった元冒険者なの。このオジサン」
(ユーリ、てめえ……)
まだギリギリ三十路前。オジサンを連呼されるとさすがに頭に来る。リニアがアルドを見上げて言う。
「おじさんも冒険者なの? リニアのお父さんも冒険者だったの。それでダンジョンで拾ったブレスレットをリニアにくれてね。ううっ……」
アルドが父親と同じ冒険者だったことを嬉しく思う一方、再び亡き父のことを思い出し涙ぐむリニア。アルドがリニアの頭をその大きな手で撫でながら言う。
「頑張ったんだな、お前の親父さん。そのブレスレット、お兄さんが取り返してやるぞ」
それを聞いたリニアが撫でられながら顔を上げアルドに言う。
「本当!? ありがとう、おじさん!!」
「あ、ああ。まあな……」
ユーリシア、そしてリニアからの再追撃を受けたアルドが軽いめまいを起こす。
ぐう~
不意に鳴るリニアのお腹。それに気付いたユーリシアが尋ねる。
「お腹減ったの?」
「うん、昨日から何も食べていなくて……、お金ももうこれだけしかないの」
そう言って差し出しのはパン一切れ買える程度のはした金。ユーリシアはお金を差し出したリニアの手をぎゅっと握り笑顔で言う。
「これはいいから。さ、お姉ちゃんと一緒に何か食べに行こ!」
「え? あ、うん!!」
少し戸惑う表情を見せたリニアだったが、すぐに笑顔になりユーリシアの手を握り立ち上がる。
「何食べたい~? 何でもいいよ!!」
「本当? ええっとねえ……」
アルドはそんなまるで姉妹のような二人の背中を見ながら思う。
(自分だって全然金ねえのによぉ)
やっと笑みが戻った少女。それがユーリシアにとっては最高のご褒美。アルドは二人の後ろを歩きながら巨大なマルダン商会の建物を黙って睨みつけた。




