15.マルダン商会
満天の星が夜空に輝く深夜。静かな暗闇が辺りを覆う中、セシル公国の端に位置するマルダン商会の本部の前に一台の馬車がゆっくりと停車した。周りには黒のローブに身を包んだ男数名。隠していても分かる強者たち。慎重に周りを確認してから中に座る人物に声を掛ける。
「どうぞ、お降りください……」
その声に反応するように静かに開かれる馬車のドア。現れた男は小太りで、皆と同様に黒のローブを着用。周りの目を気にするかのように足早にマルダン商会の建物の中へと消えていく。
「ようこそおいでくださいました、ガイレフ大臣様」
目を見張るような大きな建物。マルダン商会本部の中で、その人物を笑顔で迎えた天然パーマの痩せ男マルダン・ボレクレが手をこすり合わせながら笑顔で迎えた。人目を気にしなくていい場所に来た安心感からか、ガイレフと呼ばれた男がローブを脱ぎ去り不満そうに言う。
「ああ、面倒なことだ。マルダン、手短にしてくれよ」
「かしこまりました。ささ、どうぞ……」
マルダン商会創業者であるマルダン・ボレクレ。馬車から来たその小太りで口がへの字に曲がった男を、丁重に応接室へと案内する。
「ふん、相変わらず羽振りがいいな」
ガイレフが案内された応接室。特上の絨毯に年代物のシャンデリア。部屋に置かれた棚の上には多くの骨董品が並べられ、壁には各国の一流画家による絵画。室内には非常に貴重なマダケミス木のお香の香りが漂う。
外国の王族が所有していたと言う由緒あるソファーにどんと座ったガイレフの正面に、腰を低くしながらマルダンも着席。とある書類を差し出しながら言う。
「これが今月の分でございます……」
書類に書かれた大きな数字。それを一瞥してからガイレフが尋ねる。
「何だ。前と変わらないではないか?」
執事が運んできたティーカップを手にしながら不服そうな表情を浮かべるガイレフ。マルダンが天然パーマの頭部に汗をかきながら答える。
「こ、これ以上はさすがに……、わたくし共も潰れてしまいます……」
ガイレフが口をさらにへの字に曲げながら言う。
「分かっていると思うが、お前の所の訴訟を揉み消すのに幾ら掛かっていると思うんだ? 法政大臣の私だからここまでやってやれているんだぞ?」
「はい、十分承知しております。先日のルーコック様の件も、ガイレフ様がいらっしゃったからこその勝訴かと思っております……」
座りながら更に腰を低くするマルダン。セシル公国中枢との癒着。法と政治を司る大臣との繋がりが、マルダン商会飛躍の裏の原動力となっていた。ガイレフが下から睨み上げるように言う。
「ふん。だったら次はもっとちゃんとした数字を示せ。お前以外にも私の助力を欲する者は山ほどいる。分かっているな?」
「承知、承知でございます。あ、そうそう、これはその代わりと言っては何ですが……」
マルダンが後方に立っていた執事に合図をする。それを見た執事が素早く棚の上に置かれた小さな装飾美しい箱を持ちマルダンに渡す。ガイレフが見つめる中、マルダンがその小箱を開け中にあった豪華な指輪を見せながら言う。
「確か来月は奥様のお誕生日だと伺っております。こちらはその昔、とある国の王族の女性が持っていたとされる大変貴重な指輪でございます。是非、奥様の贈り物としてお納めくださいませ……」
ガイレフがその指輪を手にし、じっくり眺めてから言う。
「ほお、良く私の妻の誕生日を知っていたな。悪くない。何を贈ろうか困っていたところだ。ふん、相変わらず抜け目のない奴め」
そう言いながらもへの字の口に少し笑いを浮かべ、満足そうに指輪を懐にしまう。マルダンは何度も頭を下げガイレフに言う。
「恐縮でございます。お気に召されて嬉しく思います。是非、今後もマルダン商会を良きにお計らいくださいませ」
深く頭を下げるマルダン。ガイレフは首を背けながらも、満足そうに特上の紅茶に舌鼓を打った。
「う~ん、いい天気!」
セシル公国で迎える朝。すっきりと澄み渡った青空に、街を歩くユーリシアが思わず背伸びしながら言う。安宿で一晩過ごした二人は、早速マルダン商会本部があると言う街の反対側へと向かっていた。
ぐう~
不意にユーリシアのお腹が鳴る。顔を赤くし、すっとお腹に手を当てたユーリシアが首を振って言う。
「ち、違うから! お腹なんて減っていないから!!」
路銀が本当に底を突きかけており、今朝もひとつのパンをふたりで分け合って食べた。アルドが申し訳なさそうに言う。
「悪い、甲斐性のない男で……」
魔王と戦った元勇者。それが何たる様。こんな少女ひとり満足に食べさせてやれないのか。さすがのアルドも強いショックを受けていた。
「だ、大丈夫だしー。ほら、お水たくさん飲んだから!」
水は無料。それを聞き更にアルドの悲壮感が強まる。勇者と言う称号を得た。貴族と言う爵位も貰った。だがそれはお腹を満たすことはできない。改めて自分の人生計画と生活力の無さにため息が出る。
ぐう~
そんな二人の鼻に、街道沿いに並ぶ食堂から美味しそうな香りが漂う。強烈な誘惑。我慢すればするほどお腹に意識が行ってしまう。
「あ、アル君! あれがマルダン商会みたいだよ!!」
そんな気持ちを振り払うかのように、ユーリシアが元気な声で指さして言う。その先には見上げるような大きな建物。立派な壁に囲まれた商会本部がその姿を現す。
(う~ん、まだ思い出せねえな……)
ここに来てもまだその名前について何も思い出せないアルド。入り口の警備員の視線の中、ふたりは建物内部にへと足を運ぶ。
「これは……、すごいね……」
建物内はまるで巨大な商店のようであった。色とりどりの宝石、美しい模様の壺に花瓶。金色で可憐な装飾の額に入れられた絵画。年代物の調度品などとにかくありとあらゆる贅沢品が並べられていた。無論歩く人も高位の服装を身につけた貴族や商人など。とても一般市民が足を入れる場所ではない。
アルドとユーリシアは武器防具が販売されている一角へと移動。お目当ての勇者の剣を探したが、残念ながら見つけることはできなかった。ユーリシアがカウンターにいる販売員に尋ねる。
「すみません、とある剣を探しているのですが……」
ユーリシアの説明を聞く販売員。ただそんな剣はないと言う。リーディア王国で自分が売ったと言うユーリシアだが、その証拠もなければ売却証書もない。
その時、後ろで黙ってその様子を見ていたアルドが、壁の高い位置にかけられたある肖像画を見て声を出す。
「あっ、あいつ!! あいつがマルダンか!!」
天然パーマに痩せ顔。マルダン商会創業者のマルダン・ボレクレの肖像画。アルドの脳裏に昔の思い出が少しずつ蘇る。
「お前、いい加減にしろ!!」
バン!!!
「きゃあ!!」
そんなアルドとユーリシアの耳に、少し離れた場所から少女の悲鳴が聞こえる。茶髪のボブカットの少女。販売員に手を上げられた彼女が涙目で言う。
「お願い、お願いですから……」
「お前、しつこいぞ!! この……」
再び手を上げた販売員の前にユーリシアが立つ。
「やめなさい! 子供に手を上げるなんて許さないわ!!」
店内の視線がふたりに集まる。アルドはやれやれと言った表情で頭を掻きながら、ユーリシアの後ろよりその光景を見つめた。




