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拝啓、勇者様。以前、あなたに救われた者達が悪さを始めました。どうかまたお助け下さい。  作者: サイトウ純蒼
第三章「強欲商会マルダン」

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14.勇者の使い?

「うおおおおおおおおおお!!!」


 ドォオオオオン!!!!


「ギャギャァアアア!!!!!!」


 セシル公国に入ったアルドとユーリシアは、自然豊かな公国の旅を順調に続けていた。だが、リーディア王国の山奥に隠居していた頃には全く現れなかった魔物。それが公国入国後、徐々に姿を現すようになった。



「お疲れ、アル君!」


 二人を襲った魔物を鍬の柄でぶっ飛ばしたアルドに、木の陰に隠れていたユーリシアが駆けて来て言う。アルドは鍬の柄をクルクルと回し背に収める。滴る汗。現役の頃は大した事のない魔物だが、長いブランクのせいか歳のせいか、体の重さを実感する。


「ああ……」


 ユーリシアが差し出す手拭いで滴る汗をぬぐう。おっさんになったんだなと改めて思う。


「アル君、すごいね! 本当に勇者なんだ!!」


 対照的にユーリシアは、これまでの食っちゃ寝するだけのぐーたらアルドとは違い、全く別人のような彼を見て喜びを隠せない。アルドは手拭いをユーリシアに返しながら言う。


「ちげーよ。もう引退している。それよりあれがセシルの公都クラシスだ」


 アルドが指さす先に見える大きな城塞都市。『魔法公国』との別名を持つ魔法国家。世界中から優れた魔導士や僧侶が集まる。大きな堀と城壁に囲まれた公都クラシスは、その魔法国家の象徴であり難攻不落の街としても有名だ。


「うわー、おっきいね! 美味しいものとかあるのかな~」


 初めての旅。魔物の襲撃。それでもユーリシアがこれだけ普通でいられるのは、やはり絶対的存在と一緒だからであろう。


「あるぞ。クラシスの銘酒と呼ばれる、そりゃまた澄んだ清水で作られた酒が……、痛ててててて!!」


 悦に入ったアルドの頬を両手でつねるユーリシア。すぐに鞄の中から束になった手紙を取り出し、それでアルドの頭をパシパシ叩きながら言う。


「アル君にはちゃんと働いてもらいますからね! もうお金がほとんどないんだよ……」


「あ、ああ。分かってる……」


 傍から見ればダメ亭主にしっかり者の嫁が叱る姿。気付いていないのは当人たちだけである。ユーリシアが手紙を見ながら言う。


「公都クラシスからも結構手紙来ているけど、マルダン商会絡みの依頼が多いわね」


 勇者の剣を購入したと言うマルダン商会。その本部があるのが公都クラシスだ。アルドが腕を組み唸り声を上げながら言う。



「う~ん、マルダンって名前。どっかで聞いたことがあるんだがな……」


 思い出せない。なにせ勇者時代は星の数ほど多くの人に会い、助けて来た。そのすべてを覚えているわけがない。


「マルダンさんにも色んなマルダンさんがいるからね! さ、行こ。アル君!!」


 笑顔でアルドの手を引き歩き出すユーリシア。そんな彼女の金色に光る髪が、まるで輝かしい太陽のようにアルドは思った。





「綺麗な街だね、アル君」


「ああ」


 公都クラシス。深い堀と分厚い壁に囲まれた城塞都市。だがその城壁の中は、外の物々しさとは真逆の美しい街並みが広がっていた。

 整然と並ぶ建物、程よく植えられた木々、石畳の街道には穏やかな顔をした人たちが行き交う。魔物の侵入を一切封じた城塞都市。ある意味ひとつの理想形の街がそこには広がっていた。


「あの、すみません。マルダン商会はどこに……」


 安宿に荷物を置き、早速マルダン商会について街の人に尋ねるユーリシア。だが、皆まるで申し合わせたように同じ顔をして答える。


「マルダン商会? あんたら旅の人かい? あんなのには関わらない方がいいよ」

「君らも騙されたのか? 直接乗り込むよりまずは公安に相談した方がいいよ」


 マルダン商会について尋ねたほぼすべての人がその悪評を口にした。一体何をやっているのか分からないが、場所は街の反対側にあることは判明した。あまり良い予感がしないユーリシアがアルドに言う。


「アル君。マルダン商会に向かいながら、途中お手紙の依頼者さんに会ってみようか。たっぷりお礼を出すって書いてある貴族もいるしね」


 少し情報収集が必要なのかもしれない。そう本能的に感じ取ったユーリシアの提案だ。


「そうだな。マルダンって名前を思い出せるかもしれねえ」


 ユーリシアの提案に同意するアルド。ふたりは街の反対側にあるマルダン商会に向かいながら、勇者に助けを求める貴族の屋敷へ足を運んだ。




「え? 勇者アルド・シュナイデル? ……冗談は止めてください」

「あの勇者アルドだって? 何言ってるの?」

「勇者を語る不届き者め! 公安に突き出すぞ!!!」


 ただ訪れたほぼすべての屋敷で門前払いを食らった。理由は単純。若き日の勇者の面影と今が違っていること、それにそもそも当時のアルドを実際見た者はそれほど多くはなかった。


「……普通にショックなんだが」


 落胆し、肩を落とすアルド。今のアルドしか知らないユーリシアがそのアルドの肩に手を乗せ優しく言う。


「し、仕方ないわよ。アル君が悪い訳じゃないし」


 どうフォローしていいのか分からない。そんな中、ダメ元で訪れた最後の貴族の屋敷で奇跡が起きた。



「ああ、その手紙! お待ちしておりました!! さあ、どうぞ中へ!!」


 手紙を見せられた執事が、喜びと驚きを持って二人を屋敷内へと案内する。中級貴族の屋敷。それでも十分に豪華な調度品が置かれた来客室へと案内される。


「さあ、どうぞ。お口に合うか分かりませんが、紅茶でございます」


 香りからするに特上の茶葉。無論そんなことを知らないアルドが、棚に置かれた茶色の瓶を指差し口を開く。


「俺はできればあれが……、痛っ!!」


 指さしたのは年代物の酒瓶。すぐその悪行に気付いたユーリシアがアルドの手を叩く。そしてすぐに耳元で囁くように注意する。


「アル君、行儀よくしなさい! また追い出されちゃうわよ!!」


「す、すまない……」


 せっかく見つけた年代物の酒。依頼を聞けばあれを飲ませてくれるのか。もはや別のことで頭が一杯になりかけたアルドたちの前に、その誠実そうな主が執事と共に現れた。



「初めまして。フェルノールと申します。わざわざ訪ねてくださりありがとうございます」


 整えられた黒髪に、キリッとした目。服装もセシル公国伝統の衣装で正装し、アルドとユーリシアに向けて丁寧にお辞儀をする。


「は、初めまして。急な訪問、失礼致します」


 ユーリシアも深く頭を下げそれに答える。フェルノールの招きに従い、ふたりが大きなソファーに腰を下ろす。それを待ってから落ち着いた様子で紳士が語り始めた。



「マルダン商会に困っております」


 それはもう周知のこと。黙って頷くユーリシアとアルドにフェルノールが続ける。


「取引で様々な難癖をつけ、法外な料金を要求してきます。商品に傷がついていただとか、作物に痛みがあっただとか。とにかくやり方が卑劣なんです」


 マルダン商会はここ十年ぐらいで急に成長した商会。魔族との戦いで疲弊したライバルを買収。セシル公国を中心に急速にその名を広めた。ユーリシアが尋ねる。


「政府に、公安や国に訴えることはできないのでしょうか?」


 当然の質問。不正な取引であれば取り締まるのは国の仕事。フェルノールが首を振って答える。


「それが、これはあくまで噂なのですが、マルダン商会は国の中枢と繋がりがあるようでして、無視をされたり、訴えたりした者が逆に捕まるなどしております」


「そんな……」


 マルダン商会の悪質さに眉を顰める。フェルノールが身を乗り出して言う。



「そこで我々は思ったのです。あの魔王を倒した勇者アルド様にお願いできないかと」


 黙って聞いていたアルドの眉がピクリと動く。


「理不尽なことに真っ向から立ち向かい、悪を斬り、世を正す。我々を救ってくださるのはあの勇者様しかいないと思ったのです」


 通りでセシル公国から助けを求める手紙が多かったのか。ユーリシアは今更ながらその理由に合点がいった。アルドが言う。



「あのよぉ、勇者ってのは別に警察でもな……、痛っ!!!」


 腕を組み、そう話し始めたアルドの腿を思い切りユーリシアがつねる。そして笑顔を浮かべてフェルノールに答える。


「分かりましたわ! 可能な限りマルダン商会について調べてみようと思います! どうぞお任せください!!」


 その言葉を聞いたフェルノールが嬉しそうな顔で言う。


「有難い。是非お願いします! お礼はたっぷりさせて頂きます」


 ユーリシアも嬉しそうな顔で頷く。フェルノールが言う。


「ああ、申し訳ございませんがこれより所用がございまして、これにて失礼します。では、勇者アルド様によろしくお(・)伝(・)え(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)」



「……え?」


 フェルノールはゆっくり立ち上がると笑みを浮かべ一礼してから退室する。呆気に取られていた二人に執事が言う。


「では、使(・)い(・)の(・)御(・)方(・)。お出口までご案内致します」


「あ、いや……」



 まだ頭の整理がつかない二人に執事が言う。


「では、勇者様によろしくお伝えくださいませ」


 貴族の屋敷の前。出口まで案内された二人は、そう言って頭を下げドアを閉める執事を黙って見つめた。



「ぷっ……」


 屋敷の前で佇む二人。ユーリシアがついに堪えきれなくなり、大声で笑い始めた。


「ぷぷっ……、くっ、あははははははーーーーーっ!!」


「おい、笑いすぎだ……」


 涙目でお腹を抱えて笑うユーリシア。


「だ、だってぇ、使いの人に間違えられて……、くくくっ……」


 引きつった顔で落ち込むアルド。そんな彼の頭を撫でながらユーリシアが言う。



「大丈夫、大丈夫! ユーリはちゃんと分ってるからね! 可愛い勇者様っ!」


「ふん……」


 ユーリシアの笑い声。その明るい声は、まるで天にも届くようにずっと響いていた。

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