12.閑話「夫婦の祝杯!?」
シャルダンの大豪邸を出て数時間、アルドとユーリシアは隣国セシル共和国への国境に近付いていた。
勇者の剣を買ったとされるマルダン商会の本部が置かれる隣国セシル。夕暮れに空が恋朱色に染まる中、二人の足も自然と早まる。アルドの横を歩いていたユーリシアが言う。
「でもアル君って、本当に勇者だったんだね~」
アルドが元勇者だったと言うことは無論知っている。だが彼が戦った姿は見たことないし、そもそも魔物すらほとんど見たことがない。アルド曰く『勇者の自分には弱い魔物は寄ってこない』とのことだが、初めて見るアルドのカッコいい一面にユーリシアはときめきが止まらなくなっていた。
「そんなこと昔から言ってんだろ」
背に鍬の柄を背負い歩くアルド。少し出た腹に無精ひげ。この姿で言われたら普通『自称元勇者』と一笑されただろう。
「うん、そうだよね!」
アルドの腕に手を絡めて笑うユーリシア。金色の髪が夕焼けを浴びてほんのり赤い金色に光る。アルドが少し照れながら答える。
「お、おい、あんまりくっつくな……」
「いいじゃん~、なに言ってるの今更~」
少し膨らみかけたユーリシアの胸の柔らかさを感じながら、アルドが話題を反らすように言う。
「きょ、今日はもう国境が閉まっているみたいだから、あの街で泊まるか」
既に東の空は暗く、国境を管理する建物の扉は閉ざされている。ユーリシアも頷いてそれに同意。
「そうだね! お腹も減ったし、何か食べようか!!」
「ああ、そうだな」
アルドはそう言って手を引いて歩き出すユーリシアにやや戸惑いながら、その小さな国境の街へと向かった。
「いらっしゃい!」
安宿に荷物を置き、ふたりは街の中央にある小さな食堂へやって来た。小さいながらも国境の町とあって人の往来は激しく、食堂も多くの人で賑わっている。商隊の一行や引っ越しする一家、冒険者風の男女なども見かける。
「アル君、何食べる?」
「そうだな……」
壁に書かれたメニュー表。アルドの目には食べ物よりもずっと欲しているものがある。それを確認し、恐る恐るユーリシアに尋ねる。
「その、ユーリ。少しだけ、飲みたいんだが……、いいか……?」
無論酒が飲みたい。ただ家とは違いここは食堂。財布はユーリシアが握っているので自然と彼女にお許しを貰わなければならない。
「うーん……」
渋る理由は分かっている。路銀がない。今日の宿も悲しいほどの安宿。元勇者でありながら何たる様だ。だがアルドにとって寝る場所よりも今晩の一杯の酒の方が重要である。
「まあ、いっか。私とアル君の祝杯、昨晩挙げられなかったもんね! いいよ!」
(祝杯? 何の話だ……?)
アルドはユーリシアが言っている意味がいまいちよく分からなかったが、それよりも許可が下りたことにほっと胸を撫で下ろした。
「乾杯~、アル君!!」
「あ、ああ、乾杯……」
葡萄水を片手に妙に上機嫌なユーリシア。酒と言う無駄金を使っているのになぜこうも機嫌が良いのか分からない。ただ『祝杯』と言えばまた酒が飲めるかもしれないのではと密かに思った。
「じゃあ、なんで魔物が減らないんだよ!!」
運ばれて来た食事を楽しく食べていたアルドとユーリシアの耳に、隣の席にいた男二人の言い争う声が響く。持っていたグラスが止まるアルド。ユーリシアも視線をその二人に向ける。
「それは知らねえよ! だけど勇者が魔王を倒してくれたからこの程度で済んでるんだろ!?」
「この程度!? 俺の村は魔物に襲われ壊滅したんだぞ!! 俺の親父は……」
男の目に涙が溜まる。黙り込む相手に続けて言う。
「本当に魔王を倒したのか?? 俺は信じねえし、信じたくもねえ!!」
そう言って男は持っていたグラスをドンとテーブルに置いた。
勇者が魔王討伐の旅から戻って来ても魔物はさほど減ることはなかった。今なお続く魔物の被害。この様な言い争いは決して珍しいものではなかった。
黙って聞いていたユーリシアが何かを言おうと立ち上がろうとする。
(!!)
「……アル君」
その彼女の腕をアルドが掴み、小さく首を振る。自分が元勇者だってことは知られたくない。だから隠居生活を続けていた。それはユーリシアも理解していたのだが、目の前で自分の大切な人を侮辱されるとやはり黙ってはいられない。
「いいんだ。座れ、ユーリ」
「……」
そう諭されて諦め黙って座るユーリシア。アルドは強くてカッコいい。見てないけど、昔魔王を倒してくれたはず。
悶々とするユーリシアの目に、言い争う男二人の傍に立つ中年の女性の姿が映った。
「あんた、何を言ってるんだい?」
見知らぬ中年の女性。男が言い返す。
「何を言ってるって、俺は当たり前のことを言ってるだけだ!」
魔物が減らない不満。その責任は勇者にある。そう口にする男に中年女が言い返す。
「私は勇者様に感謝しているわ。うちの娘、昔勇者様に助けられたんだよ。魔物が減らない? だったら自分で退治してみな! 男だろ、あんた!!」
彼女のテーブルにはユーリシアよりさらに幼い少女が座っている。アルドは二人を見つめる。昔助けたのか。残念だが覚えていない。なにせあの頃は毎日が無我夢中だったから。
「あんたもそう思うだろ?」
中年女は隣に座っていたアルドの背中をドンと叩いてそう尋ねる。不意の攻撃に思わず酒を吹き出しそうになったアルド。小さく答える。
「あ、ああ……」
「そうだぜ、兄ちゃん!! 勇者だって全部は倒せねえぞ」
「村のことは気の毒だが、それを勇者のせいにするのは筋じゃねえよな」
周りからも酒に酔った男たちが声を上げる。男二人の論争が、いつの間にか勇者擁護の空気へと変わり広がっていく。
(アル君……)
勇者の話で盛り上がる皆の中、テーブルで静かに酒を飲むアルド。そんな彼をユーリシアはじっと見つめた。
「昨日はすまなかったな」
翌朝。宿を出て国境へと向かいだしたアルドがユーリシアに言う。
「何のこと?」
朝日を受けてキラキラと輝くユーリシアの金色の髪。振り向き、澄んだ青い瞳でアルドを見つめる。
「何のことって、その、夕飯の時にだな……」
勇者と称えられ魔王の居なくなった世界を作ったはずなのに、魔物の被害は一向に収まらず、未だ世界は混沌の中にある。自分と一緒にいれば昨晩のようなことがきっとまた起こる。理不尽な誹謗中傷。それを関係のない彼女に向けられるのは本意ではない。だがユーリシアが嬉しそうに答える。
「え~、全然! だってぇ~、夫婦の祝杯も挙げられたし~、ユーリはかなり嬉しかったよ~! きゃっ、恥ずかしい!!」
そう言って両手で顔を押さえ、真っ赤になるユーリシア。
(夫婦? そんな奴らがあの食堂にいたのか……??)
数年ぶりに聞いた勇者への批判。その動揺のせいだろうか、そんな夫婦の話など一切記憶にない。
「俺といるときっとお前を辛い目に遭わせてしまう」
ユーリシアがアルドの手を取り笑顔で言う。
「いいの。そんなの全然いいの。二人で手を取り合って乗り越えていく壁なんだから!!」
「あ、ああ……、そうだな」
自分が勇者だと知られれば、きっと彼女を不幸にする。そんな心配をしていたアルドは、ユーリシアの明るい笑顔にやや救われた気持ちになる。
「借金も二人で一緒に返していこう! さ、行くよ!!」
「ああ、分かった」
正直よく分からない部分もあったが、今は借金返済のために手紙の依頼を受けなければならない。そして勇者の剣。ヴァルファード王国に行くために絶対見つけ出さなければならないアイテム。
そう、十二年前の忘れ物を取りに行くために。




