11.上級貴族って、誰?
「アル君~!!」
シャルダン及び、彼の精鋭軍を一蹴したアルド。皆がその勝利に喜ぶ中、誰よりも先に金髪の美少女ユーリシアが彼の元へと駆け付けた。
「あれ、ユーリ? なぜお前がここ居るんだ?」
フェリルの街で留守を命じておいたはず。その彼女がなぜここに? そんな心配とは別にユーリがアルドに抱き着いて涙声で言う。
「心配したんだから、本当に心配して、ううっ……」
「そ、そうか。すまなかったな。悪い……」
無敵の元勇者も、この少女の涙には弱い。黒髪の頭をぼさぼさ掻くアルドに、スキンヘッドの店主が近寄り声を掛ける。
「アル、助かったよ。でもよお、お前一体何者なんだ……? あり得ねえぞ、この状況」
周囲にはアルドによって倒されたシャルダンの配下の山。絶対無敵の領主軍がたった一人の男によって壊滅させられた。アルドが答える。
「ただの飲んだくれのオッサンだよ」
「いや、そんな訳……、ん、あれ?」
そう答えながら店主がある異変に気付く。
「あ、あれ!? 俺の肩の傷が……、治ってる!?」
ユーリシアを守るために領主軍に受けた肩の深い傷。それがいつの間にか治癒しているのだ。アルドが尋ねる。
「どうしたんだ?」
「いや、確か俺は肩に怪我をしていて……、ユーリちゃん。何かした?」
押さえた肩をぐるぐる回しながらずっと一緒にいたユーリシアに店主が尋ねる。
「え、い、いえ、別に何も……」
何もしていない。ユーリシアが首を振って答える。
「あなた、大丈夫!?」
一方、シャルダンが拘束していた女たちも次々と開放されていく。その中でも飛び切りの美女、ティセル・グレーデルが負傷して倒れている夫の元へと駆け付ける。
「……ティセル。会いたかった。無事で良かった」
胸に矢を受けた彼女の夫、四角顔のライドウ・グレーデルが笑みを浮かべてそれに答える。幸い、近くにいた蜂起軍の元僧侶によって治療され一命は取り留めていた。
「あなた……、ううっ……」
涙を流しライドウと抱擁するティセル。無理やり連れ去れた女たちの解放に皆も目頭を熱くする。
「さて、こいつはどうする……」
スキンヘッドの店主が尻を押さえて倒れているシャルダンを見て言う。アルドが答える。
「どうするも何も、縛り上げて誰かに突き出せばいいじゃねえか」
「誰かって、誰に?」
「うーん、まあ、誰だろう……」
犯罪や警備を担当するのが領主の仕事。その領主が悪事を働いた時は、ここを管轄する貴族の責任となる。領主を裁けるのは基本貴族だけ。それも高位の貴族でなければならない。
「そ、そうなんだよ……、ボク様をやっつけたって領主のボク様をどうにかできるのは貴族だけなんだ。あんたが何者であろうと、それは無理で……」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
無駄口を叩き始めたシャルダンの尻をアルドが再び蹴り上げる。とは言え今回の出来事は領主への反乱。国が嫌うクーデター。
どうするべきかと思慮し始めた皆の耳に、その新たな訪問者の声が響く。
「何をしているんだ!!」
視線の先、馬に乗った数名の従者と共に現れた高貴な服装に身を包んだ男性。長い口髭、貴族特有のシルクハット。馬に付けられた装飾だけでも上位貴族だと分かる。
「ハルド公爵様!!」
地面に倒れていたシャルダンがまるで助けを求めるように飛び上がり、地面に頭をつける。公爵。それは国の中でも特に上位の貴族であり、ハルドはここら一帯を管轄する貴族である。
「民衆の反乱が起きたと聞いてやって来た。これは一体どう言う有様だ!?」
敷地内に倒れたままのシャルダン軍。対するは武装した街の人たち。明らかに民衆の反乱と呼べる状態であった。シャルダンがハルド公爵の馬の元へ這って行き、懇願するように言う。
「大規模なクーデターが起きまして、何の罪もないボク様が突然襲われ、この有様……。ハルド様、どうぞお助けを……」
民衆の反乱を聞き急遽駆け付けたハルド公爵。確かにその凶報は本当だったようだ。スキンヘッドの店主が前に出て言う。
「公爵様! これは正当な戦いです!! 我々は法外な税を掛けられ、女たちは連れ去られ、仕方なく戦ったのです! どうか、どうかご理解を!!」
土下座し、地面に頭をつけるスキンヘッドの店主。だが、貴族であるハルド公爵は冷たくそれに答える。
「例えそれが法外な税だとしても、力をもって相手を制圧することはお前たちに許可されていない。それを行うのは上位貴族である我々の仕事だ」
「そ、それは……」
店が襲われアルドが連れ去れてしまいカッとなった。後先考えずにシャルダンを襲った。浅はかだったと言われれば確かにそうだが、でも公爵などと言う上級貴族には通常面会すらできない。だからあの時これ以外の選択はなかった。ハルド公爵が部下に命じる。
「ここにいる者すべてを捕らえよ。しっかりと事実確認をする」
「はっ!」
最悪の展開。追い込まれていたシャルダンの顔に下品な笑みが戻る。せっかくの天誅が水の泡になるのか。そう思った皆の視線の中、気品溢れるハルド公爵の前にその少し腹の出た無精ひげの男が立ちはだかった。
「何だ、お前は。私の決定が不服なのか?」
シャルダンが馬上からその男、アルドに向かって言う。公爵と知っての狼藉。下手をすればこの場で斬り捨てられる。
「ア、アル……」
「アル君……」
さすがに相手は雲の上のような存在の上級貴族。シャルダンのような地方領主とは訳が違う。アルドが言う。
「あんたのことは誰だか知らねえけど、悪さをする奴をぶっ叩いた。それだけだ」
「ぶっ叩いただけだと? 貴様、一体自分が誰に対して、何を言っているのか……」
そこまで言った公爵の口が開いたまま止まる。
(ん?)
スキンヘッドの店主やユーリシア、そしてそこに居た皆がハルド公爵へと視線を向ける。
「あ……、あなたは、まさか……」
馬上の上で体を震わせ、大きく目を見開いたまま固まるハルド公爵。そしてすぐに馬から降りると、シルクハットを取り、片膝をついてアルドに頭を下げる。
「え、ええ!?」
皆が驚く。特に領主であるシャルダンは上級貴族の有り得ない行動に唖然とする。ハルド公爵が言う。
「お久しぶりでございます。『永久の騎士』アルド様」
「エ、永久の騎士!? 何だ、それは……」
初めて聞く言葉。シャルダンが首を振って信じられない顔をする。ハルド公爵が答える。
「お前のような者が知るはずもないだろう。アルド様は国が特別に認められたお方。国王様が我ら公爵よりも上の特別貴族である『永久の騎士』を創設され、唯一その称号をこの方に与えたのだ」
「あ、がっ……、そんな馬鹿な……」
アルドが黒髪の頭を掻きながら答える。
「う~ん、そう言えばなんかそんなもん、くれるとかなんとか言っていたな……」
十二年前、魔王討伐の旅から帰ったアルドたち勇者パーティ。国王はその栄誉を称え、アルドを特別上級貴族である『永久の騎士』と言う一代限りの爵位を与えていた。
そんなものには興味がなかったアルド。ほとんど忘れてしまっていた。ハルド公爵が尋ねる。
「お聞き致します。この者が一体何を……?」
アルドが片膝をついたハルド公爵に答える。
「まあ、悪いこと一杯したそうだ。詳しいことはあいつらに聞いてくれ」
そう言ってアルドが街の皆を指差す。
「承知致しました。おい、この領主を縛り上げろ」
「はっ!」
命じられた部下がシャルダンを取り囲み、嫌がる彼を縛り上げる。ハルド公爵がアルドに頭を下げて言う。
「ではこれにて失礼致します。アルド様」
「ああ、よろしく頼むぞ」
そう言って退場するハルド公爵を見送るアルド。直にシャルダンの部下たちも取り調べを行うとのこと。アルドが背伸びして言う。
「さ~て、ユーリ。無事終わったし、俺たちも行くか!」
「あ、うん! セシル公国だね! 了解、アル君!!」
勇者の剣を買い取ったと言うマルダン商会。その本部がある隣国はここより近い。
皆が驚く中、ユーリシアとふたり歩き始めたアルドが、何かを思い出したかのように振り返り、スキンヘッドの店主の元へ駆けて来て小声で言う。
「そうそう、これ返すよ。なあ、依頼聞いたから飲み代のツケ、チャラにしてくれねえか?」
そう言って手渡されたのは、店主が勇者アルド・シュナイデル宛に書いた助けを求める手紙。驚き、震える手でそれを受け取った店主が答える。
「ア、アル……、お前、やっぱお前……」
アルドが店主の肩をドンと叩き走り去りながら言う。
「よろしくな!!」
「アル!!」
名前を呼ぶ店主。その去り行く背中に向かって叫ぶ。
「また飲みに来い!! そうしたら考えてやるぞ!!」
アルドはちらりと店主を見て、軽く手を上げるとユーリシアと共に消えていった。




