10.仕置き
「やれ!! あの農夫を討ち取れ!! ここにいる奴、全員処刑しろ!!!」
開き直った悪徳領主シャルダン。豚のように太った腹を揺らし、細く陰湿な目でアルドを睨み、そして最も醜い引きつった笑みを浮かべ配下の精鋭隊に命じる。
「きゃあ!!」
シャルダンに取り残された美女たちが顔色を変えて逃げ始める。想定外の争い。非力な彼女たちは我先へと散って行く。
(ここはボク様だけの完全閉鎖空間。ここで何が起きようと問題ない。それが例えあの勇者だとしても……)
勇者が表舞台から姿を消して十数年。今更彼がどうなろうと世間の関心はないはず。金に女、そして貴族になると言う目標の為ここまで頑張って来た。それをこんな所で潰される訳にはいかない。シャルダンが叫ぶ。
「エレン!! その農夫を討ち取れ!!!」
「御意」
エレンと呼ばれた精鋭部隊を率いる司令官。全身をリーディア王国の正規鎧に身を包み、光り輝く剣を手にアルドの前に立ちはだかる。
離れた場所でその様子を見ていた酒場のスキンヘッドの店主が青ざめて叫ぶ。
「逃げろ、アル!! 殺される!! 本当に殺されるぞ!!!」
肩に受けた傷からどくどくと血液が流れ出す。それでも大切にしていた仲間に迫る死を前に、自然と声が出た。ただの『飲んだくれ』が勝てるはずがない。それとも皆を逃がすために自分を犠牲にして時間を稼いでくれているのか。どちらにしろ元冒険者である自分が何とかしなければならない。
司令官の目が、領主から命じられた黒髪の男を視野に捉える。
「農夫風情が領主様に楯突くなど有り得んこと。習わなかったのか? ふっ、それとも学び舎に行くこともできないほど貧しかったか」
エレンはアルドが手にしている鍬の柄を見て嘲笑する。アルドが答える。
「その農夫の収めた金で暮らしているお前らが何を言っている? 退け。雑魚に用はない」
「き、貴様っ!!!」
問答無用の斬撃。表情が見えない鉢型兜だが、その比類なき怒りは彼の怒声ですぐに伝わった。
シュン!!!
エレンの剣が振り下ろされると同時に、アルドがひょいと身を躱す。高速を誇る司令官エレンの剣。精鋭部隊の皆が死んだと思った農夫が余裕の表情を浮かべる。
「おのれ!!!」
シュンシュンシュン!!!!
魔物相手でも怯むことのない強き司令官。その彼の高速の剣を一介の農夫がのらりくらり躱していく。
「ど、どうなってる……!?」
「エレン様は、揶揄っているのか??」
敵味方から上がる驚きの声。絶対的領主シャルダンを守護する最強の騎士。その彼に何が起こっているのか。はあはあと肩で息をする司令官がアルドに言う。
「ふ、ふざけるな!! ちゃんと私と戦え!! はあはあ……」
何が起こっているのか分からない。ただ、あの『飲んだくれのアル』が一時的とはいえ最強の指揮官を翻弄している。アルドが言う。
「何も分かっちゃいねえな、お前」
初めてアルドが手にした鍬の柄をエレンに向け構える。『斬り捨ててやる!』、そう思ったエレンが光り輝く剣を振り上げ大声で叫ぶ。
「これでくたばれ!! クソ農夫が!!!!」
「アル君!!!」
黙って見つめていたユーリシアが叫ぶ。相手は完全武装の精鋭司令官。対するアルドは鍬の柄しか持たない飲んだくれのおっさん。
殺される! 駆け出そうとしたスキンヘッドの店主。だがその光景を見て足が止まる。
カァアン!!!!
澄んだ音。甲高い音が辺り一面に響く。
「な、んだと……」
そこには司令官の一撃を片手で、白く光る鍬の柄で受け止めるアルドの姿。エレンが驚き言う。
「馬鹿な!? なぜ、そんな木の棒で……」
「勇力。すべての物質を超硬化させる特殊スキル。だからお前が馬鹿にしているこの鍬の柄は……」
アルドは剣を受けた柄を勢いよく空へと振り上げる。バキンと甲高い音を立てて折れるエレンの剣。そのままクルクルと鍬の柄を回し、エレンの胴へ打ち込みながら言う。
「剣なんかじゃ折れねえ、最高の柄なんだよ!!!!」
ドオオオン!!!!
「ぐわあああああ!!!!」
空を切るように真横から同へと撃ち込まれた白き鍬の柄。爆音を立ててエレンが吹き飛んでいく。
「ぁが、がっ、あがっががっ……」
誰もが目を疑った。最高品質を誇るリーディア王国の正規鎧。吹き飛ばしただけでなく、その鎧が見事に破壊され仰向けに倒れている。何が起きたのか。皆が驚く中、その醜い領主だけが甲高い声で叫ぶ。
「討て、討て討て討て!! あの農夫を討つんだ!!!!」
絶対的領主の厳命。ぼうっと見ていた精鋭たちが一斉に我に返り、そして黒髪の農夫へと襲い掛かる。
「馬鹿どもがっ!!」
アルドが手にした鍬の柄をクルクルと回し突撃してくる精鋭たちを迎え撃つ。ここから圧巻の光景が広がる。
「ぎゃああ!!」
「ぐわぁああああ!!」
「どうなっている!? ぎゅぁああ!!!」
一斉に押し寄せる精鋭軍。ただその誰ひとりアルドに攻撃すら当てることができず、逆に片っ端から反撃され次々と倒れていく。
「ア、アル……、こりゃ一体どうなってるんだ……」
『飲んだくれのアル』を心配したスキンヘッドの店主。だが今はその足を止め、呆然と彼の活躍を見つめている。シャルダンが必死の表情で叫ぶ。
「魔法だ!! 魔法隊、何をやっている!! 撃て、撃て撃て!!!」
信じられない光景に皆同様呆然としていたシャルダン魔法部隊が一斉に詠唱を開始。アルドに向かって魔法を放つ。
「ファイヤーボール!!」
「アイスシュート!!」
四方から放たれる魔法攻撃。ただ標的にされたアルドは、やはり白く輝く鍬の柄を回して大声で叫ぶ。
「ああ、面倒臭せえ!!!」
ドン、ドドドオン……
「うそ、だろ……」
アルドを襲った魔法の嵐。だが彼はやはり鍬の柄一本でそれをすべて破壊。傷ひとつ負っていない。シャルダンが再度叫ぶ。
「何をしている、お前ら!! 全員だ、全員であいつを討ち取れ!!!」
「「は、はい!!」」
もう誰の目にもその攻撃対象がただ農夫でないことは明らかだった。だが絶対領主の命令。反射的にその場にいた兵士たちの足が動く。アルドがじっとそれを見て小声で言う。
「いい加減にしろよ、お前ら……」
白く輝く鍬の柄。それを両手で空へと持ち上げ、一気に地面へと突く。
「勇力波状戟!!!!」
ドオオオオオオオン!!!!
「ぎゃあああ!!!!」
アルドを中心に発生した白く強力な波動。彼を討とうと集まっていた兵士たちを次々と飲み込み、四方へと吹き飛ばしていく。
「う、嘘だ……。こんな馬鹿なことが……」
周りに誰もいなくなったシャルダンが腰を抜かして崩れ落ちる。魔物さえも討伐できる最強の精鋭。相手は十年以上も音沙汰だった中年元勇者。数の利、地形の利。すべてが有利だと思っていたこの戦。
ただ彼は理解していなかった。その相手がアルド・シュナイデルだったと言うことを。
「おい」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
這いつくばって逃げようとしていたシャルダンの尻を近付いてきたアルドが蹴り上げる。
「痛っ! 痛い痛い痛い!!!!」
無様に尻を押さえ涙声で叫ぶシャルダン。アルドが言う。
「てめえはやっぱ何年経ってもクズのようだな。このクソブタ野郎!!」
ドン!!!
「ぎゃあああ!!! 痛いっ!!!!!」
再びシャルダンの尻を蹴りつけるアルド。痛みと恐怖で体を震わせ、シャルダンが振り返って懇願する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!! ボ、ボク様、もうちゃんとしますから……」
アルドはただの鍬の柄に戻った木の棒を振り上げ、上から見下ろしながら答える。
「誰が信じるかよ、このブタ野郎」
ガン!!!!
「ぎゃあああああああ!!!! うぎゃああああ!!!!!」
腫れ上がったシャルダンの尻にぶち込まれた鍬の柄。まるで民衆の怒りが込められたような、大きくて鈍い音が辺りに響く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ひゃぁあ、ごめんなさい……」
もう動くこともできずただただ念仏のように謝罪するシャルダン。ふうとアルドが小さく息をつくと、蜂起軍から一斉に歓声が上がった。
「うおおおお!!!!」
「我らが勝利!!」
「アル、すげえぞ!!!!!」
悪徳領主への仕置き。その最終幕が、歓声の中ゆっくりと下ろされていった。




