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大聖女選定~悪女は聖女の裏の顔~  作者: あまがみ


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23/30

闇の代表取締役ノア08

***


 街の端まで歩いて引き返し、ノアの屋敷まで戻って来た三人は、執務室に入って再び同じ位置についた。


 地下都市の興奮は冷めやらないが、ロズリーヌには此処へ来た目的がある。そろそろ本題に入らなければならなかった。


「さて、ノア。聞きたいことがあるのだが、良いだろうか」


「答えられることなら」


 一旦聞いてはくれるらしいと解釈し、包み隠さず話すことにする。


「私たちが此処へ迷い込んだのは、とある事件……宝石ドロボウ事件の犯人を追ってきた結果だ。犯人はすっかり見失ってしまったのだが、何か知らないか?」


 ノアは沈黙で答えた。白い仮面がこちらを見たまま微動だにしない。表情が見えないので、彼が何を思っているかは定かではなかった。


 ロズリーヌは彼が口を開くのを辛抱強く待った。


 数秒後、ノアは静かに口を開いた。


「……宝石ドロボウを捕まえたらどうするつもりだ?」


 望んだ答えではなく、問いだったけれど。


 ロズリーヌは心の赴くままに答えた。


「罪を償ってもらいたいと思っている」


「貴族の所有物の窃盗は重罪だ。捕まれば死刑。それでもか?」


 間髪入れずに返ってきた声色は一段低かった。


 こんなところへ逃げて来るのだから、宝石ドロボウ事件の犯人の身分は平民だろうというのは予想がついていた。ノアの回答で確信を持つことになったが、同時に、ロズリーヌはもう一つ確信してしまった。


 地下都市の住民たちを尊重しているノアが、死刑になることを分かっていて犯人を売ることはないだろう、と。


 しかし、諦められるものではない。もう少しで犯人に辿り着けるのだ。


 ロズリーヌは慎重に言葉を選んで口にした。


「何であれ、罪を償ってもらいたいというのは変わらない。けれど……死刑は違うと思う。盗みは悪いことだが、殺されるような罪ではない。しかもそれがもし逆の、貴族から平民にしたことなら、裁判にかけられることすらないのだ。そもそも身分によって罰が違う刑罰なんて間違っている。貴方はそう思ったことはないか?」


 ロズリーヌは口に出したことが皇帝への謀反と捉えられてもおかしくない内容だと理解していた。しかし、分かっていながら、堂々とした態度を崩さなかった。


 ノアはまたしばらく黙り、やがてゆっくり立ち上がった。


「こちらへ。見せたいものがある」


 ロズリーヌは疑問符を頭に浮かべはしたものの、大人しくノアの後ろについて執務室を出た。もちろんマルティーニもついてくる。


 案内してくれたのは二階の最奥の部屋だった。扉には三つも鍵穴のある錠がかかっている。


 ノアはローブの下から取り出した鍵束の鍵を選び出して、錠を外した。


 一度ロズリーヌを振り返り、扉を押し開けて中に入ると、ノアは室内の灯りをつけた。


「な、に……!?」


 途端、ロズリーヌは驚愕した。思わず部屋の中に飛び込む。


 宝石のついた金や銀のアクセサリーがベルベットを敷いた箱に入れられ、長机に並べられている。胸から首までの石像の首元で深海を覗いているかのように輝く大粒のサファイアをあしらったネックレスは、サラ公爵夫人の『深海の雫』だ。


「これは一体!?」


 説明を求めて振り返ると、ノアはため息交じりに言った。


「宝石ドロボウが俺に売りつけに来るんだ」


「盗品を買いつけているのか!?」


「こんな曰くつきの物、いるものか。買うふりだ。表に出したらすぐに足がつくから裏の奴らも取引ルートに自信がないとこんなものは買わない。そもそも裏にはこんな高額な物を買える奴はそうそういない。宝石ドロボウはそれを分かっていて俺に持って来るんだ」


「金は払っているのか?」


「もちろん。必要のない物に高い金を払わされ、困っているところだ」


 うんざりした様子でノアは言うが。


(断れば良いのでは?)


 ロズリーヌはそう思う。彼なりに理由があって金を払って買ったふりをしているのだろうが、犯人が分からない以上、ロズリーヌはどうして彼がそうまでしているのか全く検討もつかなかった。


 不思議な人だ。


 ロズリーヌの中の彼の評価が、得体の知れない犯罪組織の親分から、地下都市の顔役、そして面倒見の良い指導者に変わりつつあった。彼の人となりが垣間見えると、妙に親近感が湧くこともあれば、分かり合えないのかもしれないという気持ちにもさせられる。ひとえに言い表せられない複雑な気持ちになるのだ。


「……宝石ドロボウが売りつけに来るということは、貴方は宝石ドロボウを知っているのだな」


 話を元に戻せば、ノアは頷いた。


「しかし貴方に教えようとは思わない。貴方が先ほど俺に問いかけたことについては、同意するが。俺はすでに警告しているはずだ。この件からは手を引けと」


「理由は何だ? どうして私に手を引かせたい?」


「誰の得にもならないからだ」


「どうしてそう言い切れる? 貴方にも事情があることは分かっている。だが、私にも宝石ドロボウを突き止める事情がある。知っていることを全て教えて欲しい」


 強く言い放つと、ノアは思案するように顎に手を当てた。


「それでは、取引でもしようか?」


「取引?」


「宝石ドロボウの情報の代わりになる『特別な情報』をあげよう。それで貴方はこの件から完全に手を引く。決まりだ」


 パチンと指を鳴らされ、ロズリーヌは目を瞬いた。


「い、いや、ちょっと待ってくれ。私が欲しいのは宝石ドロボウの情報だけで、その他に欲しい情報なんて……」


「必ず欲しいはずだ。なぜなら、この俺の顔を、これから特別に明かしてあげようと言うのだから」


「……っ!」


 不覚にも知りたいと思ってしまった表情を読まれたのか。


「交渉成立だ」


 ノアは己の仮面に手をかけようとする。こんな一方的な交渉なんて無効だが、真面目なロズリーヌは素直に焦った。


 彼の顔を見てしまったら、宝石ドロボウの情報は得られないどころか、事件から手を引かなくてはならない!


「ちょ、ちょっと待て!」


 ノアが仮面の紐を解く。


「わぁぁぁぁ!」


 ロズリーヌは咄嗟に手で両眼を覆い隠して彼の顔を見ないよう足掻いた。


 一方。


「えぇ~!! うそぉ!?」


 彼の顔をしっかり目撃したマルティーニが驚愕の叫びを上げる。


 マルティーニの興奮に駆り立てられ、彼の素顔を見たいという衝動にみまわれる。けれどロズリーヌは聖女ロズアトリスとして身に付けた欲望に打ち勝つ力を総動員して、見事耐え抜くことに成功した──はずだった。


「私を見てくれ、ローズ」


 ──ちゅっ。


「ひえっ」


 目を覆う指先に感じた柔らかい感触に驚く。


 そして何より、自分を愛称で呼ぶ聞き覚えのある甘い声に、確かめたいという気持ちが最高潮に達した。


(まさか、そんな……)


 恐る恐る指の隙間から彼を見る。


 ──端正な顔立ちに、悪戯っぽく微笑む唇。艶のあるプラチナブロンドの長髪が肩口から流れ、はちみつ色の瞳がねだるようにこちらを見つめていた。


「ティモシー殿下!?」


 ロズリーヌが名を呼ぶと、ノア──ティモシーは「いかにも」と、悪戯が成功した子どものように笑った。


***


 地下都市からトリオール邸まで帰って来たロズリーヌは、重い石を背負っているかのような疲れを感じて自室のベッドに倒れ込んだ。マルティーニが「お手入れをするまで寝ないでくださいね!」と釘を刺して走り去っていく音が遠くで聞こえているような気がする。


(まさか……ノアが殿下だったなんて)


 闇の代表取締役と己を称した裏の番人が地下に都市を創った顔役であり、果ては帝国の第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズだったなんて、一体全体誰が予想できるものか。


 そしてノアがティモシーだったということは、まんまと掌の上で踊らされていたということで。彼を相手取ったときはいつもそうだが、あまりにころころ転がされすぎて、ロズリーヌは呆気にとられるしかなくなるのだった。


 しかし、ここで諦めるロズリーヌではない。無策で突撃しても進展はないので、今一度、それも早急に対策を練り直さなければならない──のだが。


「どうやって彼から一本取れば良いのだ?」


 隙のない彼の隙を突く策が容易に思いつくわけがないのだった。


 ロズリーヌがベッドに転がってあれやこれやと考えていると、マルティーニが化粧を落とすための道具や基礎化粧品を持って現れた。


「……殿下から宝石ドロボウの情報をもらうにはどうしたらいいと思う?」


 手際よく化粧を落とし、顔の汚れを落として基礎化粧品をまぶしてくれるマルティーニに意見を聞いてみると。


「ロズアトリス様がお願いすれば嬉々として話しますよ、絶対」


 参考になるような、ならないようなことを返されて、ロズリーヌは困った。


「ロズアトリスがノアに会うのはおかしいだろう。ノアが殿下だと知らないロズアトリスが殿下にお願いするのもおかしい。……そもそも、ロズアトリスとティモシー殿下の婚約は解消され、二人にはもう接点などないのだから、ロズアトリスが殿下に会う理由がない」


 胸が痛んできて、ロズリーヌはそこで言葉を切った。


 するとマルティーニは。


「会いたいなら会えば良いんですよ」


 と、事も無げに言うのだった。ロズリーヌは何だか焦ってしまう。


「あ、会いたいだなんて。間違ってはいないのだが……いや、いやいや。私はただ殿下から宝石ドロボウの情報をもらいたいだけで、彼自身に会いたいというわけではなくて、あくまで、あくまで話をしたいだけで……」


 ごにょごにょと言い訳を連ねるロズリーヌの様子を、マルティーニはにんまりとした笑顔で見届ける。


「しかし、私は殿下と話をしたくても、殿下はそうではないかもしれず……。私と会っても、殿下には何の見返りもないから……」


「そういうことなら、見返りを用意してみてはどうです?」


 マルティーニが提案すると、ロズリーヌは真剣な表情で考え始めた。真面目なロズリーヌが真摯に愛や恋のあれそれに向き合っているのかと思ったマルティーニは、微笑んで口を開いた。


「例えば、ちょっとしたプレゼントとか、日頃の感謝を伝えるとか……」


「見返り……新しい利益……それだ!」


 マルティーニの話から何かを閃いたらしいロズリーヌが、突然立ち上がった。マルティーニはきょとんとした顔で首を傾げた。


「至急、殿下──ノアに手紙を送る! 届けてくれるかマルティーニ!」


 マルティーニは何度か目を瞬かせた後、ぱっと表情を輝かせて背筋を伸ばした。


「かしこまりました! 一緒に素敵な文面を考えましょう!」


 ロズリーヌは、嬉々として返事をしたマルティーニが、手紙のことをラブレターだと誤解していることに気がつかないのだった。

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