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大聖女選定~悪女は聖女の裏の顔~  作者: あまがみ


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20/30

闇の代表取締役ノア05

 マルティーニとピエールから、複数の侵入者を確認し制圧済み、という知らせがあった。


 ロズリーヌが予想した通り、深夜零時に『お客様たち』はやって来た。灯りの乏しい月夜にも関わらず、華麗な身のこなしで次々と侵入した『お客様たち』は、中には屋敷の中にまで入り込んだ者もいたが、大半は外に仕掛けた罠に引っかかってくれた。おかげで犠牲者を出さずに制圧できた。これ以上何事もなければ、この襲撃は犠牲者を出さずに乗り越えられたとみて良いだろう。念のため、使用人たちの寿命の確認は必須だが。


 ロズリーヌは、灯りを落とした食堂の長い食卓につき、ピエールの最後の報告を待っていた。「お客様には全員お帰りいただきました」と言われれば、これで終わり。「お客様がいらっしゃいました」と言われれば、重要人物の御出座しだ。


 緊張感の蔓延する中。両開きの扉がノックされ、向こうから扉が開いた。


 扉の隙間から滑り込んできたピエールが恭しく礼をする。


「ローズ様。お客様がいらっしゃいました」


 ロズリーヌは気を引き締め、腹から声を出した。


「通してくれ」


 扉が大きく開け放たれ、お客様がやってくる。お客様は闇に溶ける黒いローブを深く被って顔を隠していた。それでも黒いローブが浮かび上がらせるシルエットから、念入りにボディメイクをしている男性だということが分かる。


 ピエールが席端の椅子を引くと、お客様は躊躇なく座った。


 食卓についた者だけを照らす燭台が、ロズリーヌの怪しくも艶めかしい笑みを橙色の灯りの中に浮かび上がらせる。


「お待ちしておりました。夜食を用意いたしましたので、よければ一緒にいかがですか?」


 ピエールが銀のワゴンに軽食を乗せて運んできて、来客、ロズリーヌの順に皿を置く。


「生ハムとチーズ~死への誘いを込めて~。どちらも自家製の毒入りです」


 殺意のある料理名を聞いたお客様の顔が弾かれたように上がり、ロズリーヌをねめつけた。


「一緒にセルティーニュ産の赤ワインをどうぞ」


 ピエールがワイングラスに深紅の赤ワインを注いでも、お客様の視線はロズリーヌに固定されたまま。もちろんロズリーヌも視線を逸らさない。


「一度でも口にすれば、解毒のデザートを食べるまで、私の話に付き合っていただきます。お気に召さないのであれば手をつけなくて結構ですので、どうぞ、そのままお帰りくださいませ」


 ロズリーヌはふっと笑うと、自身にも用意された毒入りの生ハムとチーズを口に運び、たったいま注がれた赤ワインを一口飲んでみせた。


 脅し? いいや。これは宣戦布告だ。さぇ、この戦場に上がって来い。そう問うている。


(さて、どう出る?)


 赤ワインを堪能しながら、じりじりと待つ。


 すると。お客様はフォークを手に取り、ロズリーヌがしてみせた行動をなぞってチーズと生ハムを食べ、赤ワインを飲み下した。


 ロズリーヌの瞳が煌めき、お客様の胸の前に黄金の懐中時計が現われる。カチリと針が傾いて、ピエールがきっかり一時間【調合】してくれたことを確信する。彼の魔力由来の【調合】は、物質を正確に量る能力だ。


 これで彼は解毒のデザートを食べるまで逃げられない。


 ロズリーヌはにこりと笑ってみせた。


「良い話ができそうです。お名前をお聞きしても?」


「ノアです」


「やっとお会いできましたね」


「えぇ。貴方にお会いしたくて、居ても立っても居られず来てしまいました」


 中低音の男の声に畏れの震えはない。緊張をしているようにも感じられないのは、同じような場数を踏んでいるからだろうか。それとも毒はハッタリだと思っているか。ただ、いずれにせよ、隙が無い。彼のことを探るには、もう少し互いの緊張を解いて吐かせなければならないだろう。


 食事は前菜からスープへ。「白ネギとジャガイモのポタージュです」とピエールが空になった二人の前菜の皿を下げ、湯気の上がるスープを並べた。


 ロズリーヌが手を付けると、ノアもスープを口に運ぶ。毒を自ら飲んだとは思えないほど、余裕を感じる。


「嬉しいお言葉をくださるのね。初めてお手紙を頂いた時は、こちらを驚かせるようなお言葉しかいただけなかったので、意外です」


「お手紙はいかがでしたか? 驚いていただけるよう、演出に拘りました。ただのお手紙じゃぁ、味気ないでしょう?」


「魔法のようで驚きました。けれどお人が悪い。あんな風に私を驚かせるなんて。次も同じことをなさるなら、読まずに燃やしてしまおうと思っています」


 暗に二度と勝手に部屋に侵入して手紙を置いて行くなと告げる。


「お気に召しませんでしたか。以後、気を付けます」


 ノアはどこか楽しそうにそれだけ言って、スープを飲み干した。


 どうやって屋敷へ侵入し、ロズリーヌの部屋に手紙を置いたのかは分からない。彼に語る気はないようである。


 そうこうしているうちに、次の食事が運ばれてきた。魚料理だ。


「白身魚のポワレ~レモンバターソース~です」


 スープの器が下げられて、淡い黄色のソースがかかった少量の白身魚に焼いたアスパラガスが添えられたお皿が置かれた。削って散らされている、より鮮やかな黄色のレモンの皮が華やかだ。


 深夜ということもあり少量の提供だが、レモンの爽やかな香りと酸味が食欲を刺激する素晴らしい逸品。ノアも満足そうに頷いている。


 ロズリーヌは「そうだ」とたった今思い出した彼のように、次の話を展開する。


「本日のおもてなしはいかがでした? あのようなお手紙をもらったので、こちらも張り切らせていただいたのですよ」


「あぁ、通りで。驚かされましたよ。実は、こんなにも大人数でお伺いする予定ではなかったのですが、部下が勘違いしたようで。それについては謝罪いたします。部下たちには言って聞かせますから、非礼をお許しくださいませんか」


「というと、貴方の予定にはなかったということですか?」


「そういうことです」


 ロズリーヌは内心首を傾げる。


(ノアの予定に無かったということは、我が屋敷を襲ったのは別の者たちだということか?)


 それにしては、こうしてノアがわざわざ出向いてくる理由がつかない。配下にある者たちの勝手な暴走にしても、頭領らしき彼の目を掻い潜ることは容易なのだろうか。


「事情を説明していただけますか?」


「いえ、それは致しかねます」


 駄目元で聞いてみたが、案の定断られてしまった。これ以上踏み込んでも意味がないと判断したロズリーヌは、次の話に移ることにした。


 絶妙なタイミングでピエールが魚料理を引き上げ、肉料理を提供する。


「牛フィレのロースト~赤ワインソース~季節の野菜のグリル添えです」


 表面を香ばしく焼かれた牛フィレに、艶やかなソース。グリルされたズッキーニやトマトは彩を添えている。ナイフで小さく切ったフィレ肉を口に運び、ひとたび噛み締めれば、香ばしさと牛肉独特の旨味をほのかな渋みのあるソースが引き立てた、上品な味が広がった。しっとり柔らかい肉は歯切れも良く、あっという間に皿の上から減っていく。


「貴方のシェフは優秀ですね」


 たまらずといった様にノアが褒める。ロズリーヌは「ありがとうございます」と礼を言って赤ワインを飲み下した。


 さぁ、ここからが本題だ。


「ところで、ノア殿。一つ、確認したいことがあります」


「なんでしょう?」


「どうして『怪盗』の調査をしてはならないのですか?」


 徐にノアは赤ワインのグラスを取った。そうして静かに飲み下し、たっぷりの間を置いてから口を開いた。


「今回のことで、身をもってその理由を感じたと思うのですが?」


 ロズリーヌは咄嗟に言葉を返せなかった。


 今宵の晩にトリオール邸に侵入した人物は二十数人。一部を取り逃がしたが、事前に準備が出来たこともあって制圧済みだ。


 しかしロズリーヌに他人の寿命を視る能力があったから無事だっただけだ。もしロズリーヌにその力が無かったら、あるいは襲撃を計画した者たちにその力を知られていたら、確実に命が危なかった。


(裏を返せば、この襲撃は『怪盗』──宝石ドロボウの件に関わっているということだ)


 過去にシャルルリエルも何者かの襲撃を受けていることを思い出す。だがなぜ、事件を調べているだけで命まで狙われなければならないのか、というそもそもの疑問は深まった。


「……調査をしてほしくない理由があることは分かりますが。どうしていけないのです? 貴方が犯人で、貴方には表に出られない理由があるからですか?」


 ノアはフフッと上品に口元を隠して笑った。


「半分は正解ですね」


「貴方が犯人ということですか?」


「さぁ、どうでしょう」


 煙に巻かれてしまった。これ以上話す気がないことは、優雅に赤ワインのグラスを揺らしている彼の様子から明らかだ。


 ロズリーヌは思考する。


 ノアが襲撃犯に加担していることは、非礼を詫びに来たという彼自身が証明している。しかし宝石ドロボウ事件の犯人(彼の場合なら首謀者と言った方が良いかもしれないが)とすると、ある疑問が浮かんでくる。こうして二十数人を動かす力のある人物なら、ちまちま馬車を襲撃していないで、警備の手薄な貴族の屋敷を襲った方が手っ取り早いのではないかという疑問だ。


(いや、もしかしたら、今回の襲撃が彼の不本意だったように、宝石ドロボウの件も彼の与り知らない所で勝手に彼の部下が行ったという可能性があるのか)


 ノアが把握しきれないくらい、彼の組織が大規模なものならそれもあり得るかもしれない。


 それくらいなら答えてくれるか、とロズリーヌは口を開く。


「そういえば。貴方はご自身を闇の代表取締役とご紹介してくださいましたね。私は伯爵として領地を統治していますが、貴方はどのくらいの規模を統治しているのですか?」


「うーん、そうですね。貴方が想像しているよりも、遥かに大きいとだけ答えておきましょうか」


 引き合いに出した伯爵領よりも大きいということだろうかと、ロズリーヌは逡巡する。


 具体的な規模は分からずじまいだが、大きいことは確かなのだろう。それなら推測した通り、宝石ドロボウ事件は彼が把握しきれていないところで彼の組織が起こした事件である可能性がある。


「……貴方が犯人でないのなら、誰が『怪盗』なのか教えていただけませんか? 教えていただけたら、我が屋敷を襲撃し、私の命を狙ったことは水に流しましょう」


「人に毒を盛っておいて、交渉ですか?」


「えぇ。毒は貴方に言うことを聞かせるためのものではありませんから」


 ノアはふぅんと気のない返事をして、手を顎に持っていった。何かを考えているらしい。


 そうして数拍後、ノアは言った。


「実は、私もどういう結末にしようか悩んでいるのですよ。貴方は、どんなものが理想ですか?」


「どういうことですか?」


 まさかそんなことを言われるとは思わず、ロズリーヌは思わず聞き返してしまった。


 ノアは低い声で答える。


「誰を罪人にするかを判断するのは、一体全体誰なのでしょうね?」


 犯人ではなく罪人と表現したノアの言いたいことが、ロズリーヌにも分かった。


「……」


 また、答えられない。ノアとの会話は至極頭を使わせられる。


 答えを導き出せず、しばらくロズリーヌが黙り込んでいると、ノアが立ち上がった。


「さて。私はこの辺りでお暇させていただきます。お会い出来て光栄でした」


「え?」


 考えていたから反応が遅れてしまった。ノアは優雅に礼をして、踵を返す。


 ロズリーヌは焦って彼を呼び止めた。


「待って! まだ解毒薬入りのデザートが……」


「いえ、甘いものは苦手ですので、今宵はこれで。こんな夜遅くにお邪魔いたしました」


 ノアは構わず、デザートを運んできたピエールと入れ違いで食堂を出て行った。


「ま、待て! 待ってくれ!」


 ロズリーヌは慌てて立ち上がり、ピエールが運んできたシャーベット入りの小さなグラスを引っ掴んで、ノアの後を追った。


 食堂を出るとノアはすでに玄関先にいて、屋敷の外へ出ようとしていた。


(どうする!? 無理矢理口に突っ込む!?)


 焦るロズリーヌは充分に考えることができなくなっていた。


(仕方ない!)


「お忘れ物ですよ!」


 考えることを放棄し、急いで薄い緑色のシャーベットを自分の口の中に放り込んだロズリーヌは、ノアに飛びついて両手で顔を挟むと唇を合わせた。


 冷たいシャーベットが互いの熱に溶かされて消えていく。こくりと喉を下す音が聞こえてきた。どうやらちゃんと解毒薬を呑み込んでくれたようだ。ロズリーヌはほっとして閉じていた目を開けた。


「……」


 深く被っていたローブが外れ、ノアの顔が露わになっていた。


 闇にも映える艶やかな黒い長髪がフードから零れ落ち、顔の上半分は白くのっぺりとした仮面で隠されている。そして、たった今自分が口づけた形の良い唇からは、甘い香りのする吐息が漏れた。


「……忘れ物を届けてくださってありがとうございます」


 ノアは抱き着いていたロズリーヌをそっと地面に降ろしてくれた。それから「お返しです」とロズリーヌの額に軽く唇を落とした。


(え……なん……)


 ロズリーヌは額を押さえて固まった。


 あくまでも人助けのために解毒薬を口移しで飲ませたのとは訳が違う(ロズリーヌの解釈では)。場所は違っていても、キスはキス。


「夢の中でもお会いしましょう。ロズリーヌ・トリオール伯爵」


 ロズリーヌが放心している間に彼はフードを深くかぶり、優雅に一礼して、闇の中へと消えたのだった。

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