闇の代表取締役ノア04
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この日もロズリーヌはいつも通り朝四時に起床し、支度を終え、朝食を楽しみながら予定の確認をした。そうして屋敷を出る時間が近付いてくると、目の前に並んでいるマルティーニとピエールを見る目を煌めかせた。
「今日の貴方たちは……」
二人の胸の前に黄金の砂時計が現われる。二人の命の砂の量に差はあるけれど、十分な量の砂がさらさらと落ちているのだった。
闇の代表取締役ノアなる人物から手紙を受け取ってから行っている、せめてもの予防線である。
「問題はないみたいだな。それじゃぁ、今日も張り切っていくぞ」
ロズリーヌがパンッと手を叩く。
そこへ扉を叩く音がして、侍女が入室の許可を求めて来た。ロズリーヌが入るように言うと、侍女は朝の挨拶をして、ピエールから銀のワゴンを引き継いだ。
「……」
徐にロズリーヌは瞳に【導き】の光を閃かせ、侍女の寿命を読んだ。
「!」
黄金の懐中時計が侍女の胸の前に出現した。懐中時計に残された時間は、あと十八時間。
嫌な考えが頭をよぎり、ロズリーヌは部屋を出ようとしていたマルティーニとピエールを呼び止めた。
「使用人たちを数人ここへ集めてくれ。十人くらいでいい!」
二人は切迫したロズリーヌの様子から何かを感じ取り、早急に侍従を集めて戻って来た。ロズリーヌは再び【導き】の力を使って彼らの寿命を見る。すると料理係も庭師も御者も皆、胸の前に懐中時計をぶら下げて、刻々と命の時間を減らしているのだった。もちろん時間はあと十八時間だ。
「……下がっていい」
額を押さえるロズリーヌを後目に、使用人たちは不思議そうな顔をして下がっていった。残ったマルティーニとピエールだけは、心配そうな表情をしている。
「貴方たちの生命力が強いのも考えものだな。──どうやら今夜、この屋敷は何者かに襲撃されるようだ」
「え!?」
マルティーニは驚いた声を出し、ピエールは顎を静かにさすった。
「どうして分かるのですか!?」
「【導き】の力で読んだ寿命から推測した。貴方たち二人の寿命はいつもと変わらないが、他の侍従たちからは十八時間の制限時間が見えた。よほどでない限り貴方たちは生き残るが、その他の者は十八時間後に天に召されているということだ。そんな状況、この屋敷が襲撃される以外考えられない」
この屋敷の中で十分自衛できる術を持っているのはマルティーニとピエールしかいない。二人が生き残り、その他の者たちの命が尽きようとしているということは、事故や災害ではなく襲われるのだと推測できる。
「そんな……」
マルティーニは青い顔をした。
「ノアですか?」
ロズリーヌは神妙に頷く。屋敷を襲撃されるようなことをした覚えはないが、思い当たる人物は闇の代表取締役なるノアという人物の他いない。警告を無視して宝石ドロボウを調査していたから実力行使に出て来たのだろうと推測されるが、そもそもどうして宝石ドロボウ事件に関わることを嫌っているのかは分からない。まだロズリーヌは、ノアが何らかの形で宝石ドロボウ事件に関わっているということしか把握しきれていなかった。
(宝石を盗んだ本人、あるいは首謀者とみるにはあまりにも浅はかか? いや、今はそれどころではないな)
思案に耽りそうになった頭の中を白紙に戻し、今は屋敷の皆の身の安全を守る策を練らねばならない。
「十八時間後といえば……」
「ちょうど零時ですね」
マルティーニがスカートの下から懐中時計を取り出し、真剣な表情で文字盤を読んだ。
「いかがいたしますか?」
静かに問いかけるピエール。
空気が緊張していた。死人が出るかもしれないのだから、当たり前だ。
しかし。あろうことか、ロズリーヌは口角を上げるのだった。
「返り討ちにしてやろう。ノアという人物が直接姿を現そうものなら、捕まえて宝石ドロボウの件を問い質すのだ」
屋敷を襲撃されるというのに、屋敷の主には焦りも無ければ恐怖も無い。そんな主を前にして、マルティーニとピエールは身を引き締めた。
「もう、時間が無い。ピエール。特製の晩餐を用意してくれ。マルティーニは飾りつけを頼む。お客様をおもてなししようではないか」
指示を下された二人は頷いて、同時に「「仰せのままに」」と頭を下げた。
***
銀の月が沈んでいく深夜。星の瞬きばかりが揺らめいて、かろうじて足元が見える程度の月明かりでは屋敷を十分に照らす光になりきれず、トリオール邸は闇に沈黙していた。
門番もいなければ見回りの私兵もいない。
黒いローブを頭から被った人物はその異様さにしばらく門の前で佇んでいたが、やがて門を登り、ひらりと敷地内に侵入した。
門から屋敷まで続く石畳を進んでいく。すると、不意に茂みをかき分ける音がした。瞬時に反応して顔を向ける。
「こんばんは。ローズ様はお屋敷でお待ちです」
小柄な娘だった。橙色に近い赤毛を低い位置で二つに結っており、顔に特別印象の残る部分は無く、どこにでもいる程度だ。しかし。複数の人間を台車に山積みにしながらこちらへ笑顔を向けて来るこの娘を、誰が普通と言えるだろうか。
「何をしているのです?」
思わず問いかけると、娘は持ち上げていた人物を台車に積みながら答えた。
「片付けです。お庭やお屋敷中に飾りつけをしたら、たくさん引っかかってくれたので。あぁ、安心してください。皆さんちゃんと生きていますよ。気絶している間に捨ててくるつもりだったのですが、お引き取りいたしますか?」
黒いローブの人物は何も答えなかった。
娘は回答を求めていなかったのか、黒いローブの人物が何も答えずとも気にしていない様子で作業を再開した。手慣れているらしく、それぞれ身体に負担がかかりすぎないように見事に積み上げていく様は、見ていて面白味さえあった。
「……」
娘が襲い掛かってきそうな様子もないので、黒いローブの人物はそこで娘と別れ、歩みを進めて屋敷の玄関までやって来た。
計ったかのように中から扉が開き、ランタンを持った老執事が暗闇の隙間から顔を出した。
「いらっしゃいませ。ローズ様は食堂でお待ちです。どうぞ、宵の晩餐を御一緒に」




