↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大聖女選定~悪女は聖女の裏の顔~  作者: あまがみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/30

闇の代表取締役ノア02

***


 ブライトン公爵邸からトリオール伯爵邸に帰宅するなり、ロズリーヌは自室に駆けこんでティモシーに一通の手紙を書いた。内容はティモシー主催の催しを此処トリオール伯爵邸で行わないかというものである。


「第三皇子殿下主催の催しを我が屋敷で行っていただこうと思う。荷が重いかもしれないが、できるな。ピエール、マルティーニ」


 書いた手紙を執務机の前に並んでいる二人に掲げると、二人は「かしこまりました」と声をそろえて頭を下げた。


 とはいえ気になったのか、マルティーニが首を傾げた。


「それって、イミテーションを披露したときの夜会でティモシー殿下が話していた催し物ですよね? どうして急に、お屋敷で行ってもらおうと思ったのですか?」


 もちろん、それには理由がある。


「罠を張って宝石ドロボウを誘き出すのだ。我が屋敷で行う催しだと計画しやすいからな」


 にやりと片方の口角を上げれば、マルティーニは手を叩いて喜んだ。


「さすがローズ様です! ブライトン公爵に首を突っ込まないように言われて頷かれたときは、さすがのローズ様も……と思いましたが、試練を続行されるのですね!」


 ロズリーヌは無邪気なマルティーニに微笑みを返しつつ、口からは至極真剣な声を出した。


「試練のためだけではないよ。サラ夫人が奪われた『深海の雫』を取り戻すには、少しでも早く犯人を捕まえるしかない。裏の市場に出回り、時間が経ってしまっては追えなくなるからな」


「大事なご友人のためというわけですね!」


 きゃぁっと感激したマルティーニが小さく跳び上がる。隣のピエールは優しく微笑み、何度も頷いていた。


 あとはティモシーが聞き入れてくれるかどうかだ。決して悪い提案ではないはずだが、聞いてみないことには分からない。


 ロズリーヌは手紙を封筒に入れて蝋封をすると、封筒に顔を寄せてティモシーが応じてくれることを祈った。



***



 小鳥が囀る昼下がり。ロズリーヌは屋敷の玄関先でティモシーがやってくるのを待っていた。トリオール邸での夜会の主催を快諾してもらえたので、打ち合わせのために邸へ招待したのである。


 二頭立ての馬車が邸の前に停まり、御者台から御者が降りてきた。黒髪で片目にモノクルをかけている彼には見覚えがある。


(確か私たちの婚約の噂を広めた青年……。殿下の従者だったのか)


 あの時のプロポーズ紛いの演出は、結局婚約せずにいる今となっては笑い話の一つだが、振り返ってみるとますますティモシーの張った巧妙な罠に感心せざるを得なかった。


 青年はそんなことがあったことなど忘れているのか、平然とした態度でこちらに会釈をして、馬車の扉を開けた。ティモシー皇子殿下の御出座しだ。


「ご招待ありがとうローズ。秋の夕暮れの色だね。とても似合っているよ」


 鮮やかなウィルミヨンのドレスを纏ったロズリーヌを褒め、静かに見つめてくるティモシー。


 あまりにも、じっと。


「……ティムこそ。冬の夜空の色だ。素敵だよ」


 彼の着ているブルーニュイの衣装を褒めることで、彼の瞳の罠から自然と抜け出す。そそれから。


「早速だが、ホールへ案内しようと思う。良いだろうか?」


 とすぐに提案した。


 ティモシーは「よろしく」と腕を出した。ロズリーヌが手を絡め、行先を指と言葉で示すと、ティモシーは目的地までエスコートしてくれた。


 トリオール邸のホールは、普段ギャラリーとして使われている部屋にあたる。黒髪の女神が花に埋もれた壁画。天井からは白い羽の生えた美しい女性の天使が慈愛の瞳を注いでおり、部屋の中心には石像や銅像が並んでいて、ソファや椅子、テーブルなどは壁際に追いやられている。


「素晴らしい」


 部屋に入るなりティモシーが美術品を誉めてくれたので、気を良くしたロズリーヌは美術品を一つ一つ解説した。ティモシーはしきりに頷きながら聞き、しげしげと美術品を眺めて歩いた。


「どれもこれもかなりの価値がある。一番は……これだ」


 【審美眼】を持つ彼が足を止めたのは、黒髪の女神が描かれた壁画の前だった。


「『赤い首輪の女神像』よりもか?」


 意外だったのでロズリーヌは目を瞬いた。


 この部屋の中心には、今は亡き有名な彫刻家の『赤い首輪の女神像』という大理石の像が飾られている。長い髪をなびかせ、身に纏ったたっぷりとした布をはだけさせる女神の姿は、大理石を掘って作られたとは思えないほど躍動感に溢れている。そして首元では実際の価値あるネックレスが輝いており、このネックレスこそが、『女神の赤い首輪』なのである。(ロズリーヌは彫刻家の血縁者から、作者はただネックレススタンドが欲しくて彫刻を作っただけらしいと教えてもらっているが、内緒にしている。)


 ロズリーヌの問いにティモシーは頷いた。


「もちろん『赤い首輪の女神像』はそれだけで価値が高く、さらに『女神の赤い首輪』と合わさって、とても値が張る一品になっている。けれど同様に、この壁画も価値が高いよ。物凄く詳細な女性の肉体美と麗しい花を繊細に描き、女性の持つ強さや儚さ、美しさなど全てを表現している」


 彼の持つ【審美眼】で見出された美術というだけでも納得するのに、この表現による説得力。もはや疑う余地はない。


「見事だとは思っていたが、それほどまでとは。今度サロンを開いた時に作者に伝えよう。殿下のお墨付きをいただいたと。絶対に喜ぶぞ」


「この壁画を描いたのは男?」


 そうだと答えると、ティモシーは「やっぱり」と浮かない顔をした。


「サロンを開くときは必ず私も呼んでほしい」


 美術を紹介することで、ロズリーヌが定期的に開いている美術サロンに彼が興味を示してくれればと頭の片隅で思っていたロズリーヌは、彼の申し出にすぐさま飛びついた。


「是非! 皆、喜ぶ! 【審美眼】に敵う美術家がいたらパトロンも考えてほしい!」


「貴方は何故、私がサロンに呼んで欲しいと言ったのか分かっていないようだね?」


 端正な顔をにこりともさせず、真顔で見つめるティモシー。ロズリーヌはどうして彼がそんな顔でそんなことを言うのか分からず、首を傾げた。


「私が後援している美術家たちに会いたいのではないのか?」


「もちろん、その者たちには未来の後援者として会いたいが。貴方の周りにちらつく男の影を確認しておきたいんだよ」


「どうして?」


「貴方の魅力に惹かれる者として、こんなに素晴らしい貴方のフレスコ画を描く男を見過ごすわけにはいかない」


「私のフレスコ画だと? どこに?」


 ティモシーは無言で黒髪の女神の壁画を指した。ロズリーヌは目を大きく開いて驚く。


「いや、これは女神の壁画だ。本人もそう言っていた。別の作家に頼まれてモデルになったことはあるが、彼には頼まれていない」


「この女神は間違いなく貴方をモデルにしているよ。私には分かる。この女神が目を開ければ、その瞳は鮮やかなマゼンダをしているはずだ」


 確固たる自信を持ってそう断言するものだから、ロズリーヌはそうなのかもしれないという気持ちになってきた。さすがに麗しい女神の壁画を見ても自分自身だとは思えないが、モチーフの一部にされたのかもしれない、くらいには。此処は女伯爵ロズリーヌ・トリオール邸だ。画家が気を利かせて伯爵の特徴を反映させていてもおかしくはない。


 そうロズリーヌが人知れず納得した裏で。ティモシーは「ところで」と低い声を出した。


「モデルをしたことがあると言ったね。まさか、脱いだりしていないだろうな?」


「まさか!」


 ロズリーヌは大袈裟に首を振って否定した。


「さすがにそこまでの依頼は断っている!」


「ということは打診されたことがあるのか」


 なおも低い声で問いかけるので、威圧されているような気分になり、ロズリーヌは恐々として頷いた。


「はぁ……。後で貴方の美術サロンに参加している美術家のリストがほしい。その美術家たちに私が自ら会いに行っても支障はないね?」


 もう一度、頷く。殿下自ら会いに来てくれるなんて、美術家たちには大きなチャンスになることは間違いないだろう。それにティモシーが持つ【審美眼】は美術家たちの間でも有名で、パトロンまでいかなくても自分の作品の真の評価をしてもらえるとなると、喜ぶに違いない。しかし。


(何故だろう。美術家たちに先に連絡して、何処か身を隠せるところを手配しようか? と申し出たくなる気がするのは)


 ロズリーヌは内心首を傾げるのだった。


 ティモシーの機嫌が損なったのはその時だけで、それからは円滑に進んだ。


 美術品を撤去した後に残るホールの装飾を説明しながら、練り歩いて大きさも体感してもらい、同時に侍従の動線を確かめる。そうして当日控室として使用できる部屋に移動し、同じソファに座ってどういう催しにしようか意見を出し合った。


 催しはすぐに意見が一致して決まった。第三皇子主催ということで皇族から男爵家までが集まるだろうということから、仮面で身分や素性を隠して参加できる仮面舞踏会を選んだ。


 それから会場内の装飾や採用する楽団、提供する食事などを話し合い、まとまってきたところで一旦休憩を挟むことにした。


 あらかじめ侍従に指示してあったため、マルティーニとピエールが運んできたワゴンにはお菓子と紅茶が用意されていた。


「甘いものは好きか?」


 二人がケーキスタンドや紅茶をテーブルに並べている間に問いかけるロズリーヌ。すると。


「正直に言うと、食べられないわけではないけれど得意ではないよ。でもジャムは好きだ」


 そんなことを言われて、ロズリーヌは驚いて一瞬固まってしまった。


(し、知らなかった。殿下は甘いものが好きなのだとばかり思っていた……)


 なぜならロズアトリスとティモシーの会合は、必ず昼下がりのティータイムだったからだ。それも、いつもティモシーからの誘いで始まり、場所は彼の私邸。ロズアトリスが到着すると、一言も発さずとも侍女がティモシーのいるところまで案内してくれ、テーブルいっぱいに並んだ甘いものをたくさん食べるという、毎回お決まりの催しだった。だからてっきり甘いものをたくさん用意して行うお茶会が好きで、彼は甘いもの好きなのだと思っていたのに。


「甘いものが得意ではないとは知らなかった。作り直させようか?」


「充分だよ。スコーンとジャムが三種類もあるからね。ローズは甘いものが好き?」


 頷くと、ティモシーはほろりと優しく微笑んだ。


「じゃぁ、私の代わりにたくさんお食べ。私が用意したものではないけれどね」


 目の前にあったマカロンやカヌレやケーキを取り分けてロズリーヌの前に置いてくれる。代わりにロズリーヌはスコーンを取り分け、三種類のジャムが入った器をティモシーの前に置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。