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大聖女選定~悪女は聖女の裏の顔~  作者: あまがみ


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第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズ01

「『女神の赤い首輪』がロズリーヌさんの元へ戻ったというのは本当だったのね!」


 とある侯爵夫人主催の交流会。いつもは独りで過ごしているロズリーヌに、サラ・ブライトン公爵夫人が声をかけてきた。先日の彼女主催の夜会にて『女神の赤い首輪』を出品したからだろうか。あるいは……とロズリーヌは公爵夫人の不自然に煌めく瞳に目を細めた。


「えぇ、そうですけれど……」


 彼女の瞳が、本当に聞きたいのは『女神の赤い首輪』の話ではないと訴えている。傍で聞き耳を立てている貴族たちも同じだろう。


 ティモシーが『女神の赤い首輪』を高額で競り落とし、ロズリーヌへのプロポーズに使った所為で『女神の赤い首輪』をつけて参上した今日の交流会では、いつにも増して注目の的になっていた。しかし皆の態度が、本当に見たい、聞きたいのはティモシーとロズリーヌの関係であると語っている。そんな空気を醸し出されたとて何もないのだが、この注目をかえってこちらの都合の良いように使ってやろうとロズリーヌは考えた。


 首元に手を添えてネックレスを強調しながら、口を開く。


「確かに『女神の赤い首輪』は私の元に戻りました。けれどこれは本物の『女神の赤い首輪』ではないんです」


「え!?」


 驚いたサラ夫人の表情を見て、ロズリーヌは口の端を上げた。


「精巧なイミテーションなんですよ」


「イミテーション!? どうしてまた、偽物なんかを身に付けていらっしゃるの?」


 サラ夫人が大声を出したので、近くにいた貴族たちだけでなく、離れたところにいた貴族たちの耳にも入ったようだ。ぞろぞろとこちらへ近付いて来ている。


「これにはみなさんも納得するような理由があるんですよ」


 ロズリーヌはもったいぶるように言って時間を稼ぎ、皆が充分近付いてきたところを見計らって本題に入った。


「サラ公爵夫人も、最近私たちを不安に陥れている怪盗のことを御存じでしょう? 私たちは闇から現れ、闇に消える怪盗を防ぐ術がなく、大変困っています」


 こくこくとサラ夫人は何度も頷いた。


「そう……最近は外へ出るのが怖くって。けれどお誘いがあったら出ない訳にもいきませんから」


「私もそうです。けれど、そこで思ったのですよ──」


 言葉を切ってさらに皆の興味を駆り立ててから、満を持して発表する。


「──だったら、貴重な物だけは外に出さなければ良いと」


 辺りが静まり返る。これは決してロズリーヌの言葉が革新的だったからではなく、ほとんど「何を言っているんだこの娘は」という呆れからだった。しかしこの反応もロズリーヌには織り込み済みだった。


(次に出て来る言葉は、でも――)


「でも、アクセサリーは身に付けるものでしょう? それができるのなら、皆さん苦労はしていませんわ」


 想定したことを言ってくれるサラ夫人に、ロズリーヌは満足して頷いた。


「サラ夫人の言う通りです。アクセサリーは自身の美を引き出すためのもの。身に付けて社交場へ赴かなければ意味がありません」


 正しくは富を知らしめ、憧れを集めるために身に付けるものだろうが、割愛しておく。


「けれど今サラ夫人が褒めてくださったように、イミテーションでも十分美しいと思いませんか? わざわざ、本物を身に付ける必要はないのですよ。だって、私たちは、どなたがどのようなアクセサリーをお持ちなのか、知っているではありませんか」


 ロズリーヌの理論はサラ夫人の心を突いた。


「確かに……わたくしのこの『深海の雫』も皆さんわたくしが持っていることを御存じだわ」


 サラ夫人の指先が、彼女の首元で煌びやかに輝いている『深海の雫』に触れる。


 同じようにロズリーヌも『女神の赤い首輪』のイミテーションに触れた。


「そう、その事実だけで私たちには十分なのですよ。素晴らしいものは必ず有名になり、私たちは必ずそれを知っています。だってそれが社交界ですもの。だから危険を冒してまで身に付けなくても良いのです。怪盗が私たちを脅かしている今、私たちは無駄なことに心労を抱えていて、楽しい時間が楽しくなくなっています。その懸念を払って、心から社交場を楽しもうではありませんか」


「わたくしもそう思います」


 無邪気な高い声が後方から同意した。


 貴族たちはどよめき、ロズリーヌを取り囲んでいた人の輪が割ける。そうしてできあがった道の先に、聖女シャルルリエルが現われた。


 泡立つように騒ぐ貴族たちを後目に、シャルルリエルは跳ねるようにしてロズリーヌの目の前までやってくる。そうしてロズリーヌの前だけで笑い──次の瞬間には眉を下げて「でも……」と今にも泣きそうな声で訴えた。


「ブライトン公爵夫人がおっしゃったように、アクセサリーは身に付けるものです。ずっとしまっておくなんて可哀想……」


「全くその通りだシャルルリエル!」


 シャルルリエルの後を追って現れた皇子マクシムが大きな声で同意する。


「高価なものを手にしても、身に付ける機会がないのでは意味がない。お前は身に付ける楽しみを我々から奪いたいのか?」


 周りの貴族たちがそれはそうだと頷き始める。


 もう少しでこちらの思い通りにいくところだったのに、面倒なことになってしまった。この二人がいると必ず話がこじれる。ロズリーヌは心の中でため息を吐いた。後ろで控えているマルティーニは気づかれないように悪態を吐いている。


(こうなったときのための策は無いこともないが……)


 ロズリーヌは扇子で自身の腕を叩きながら思案する。思いついた方法は伯爵位に過ぎない自分が申し出るには位が足りない内容だったからだ。公爵夫人であるサラ夫人に発言してもらうことも視野に入れていたが、彼女はシャルルリエルとマクシムに煽られた貴族たちの圧力に気圧されてしまっている。


 どうしたものかと考えを巡らせていると。


「それでは、私がその機会を作りましょう」


 凛と響き渡る、高らかな声が麗しき姿と共に降臨した。聖レピュセーズ帝国の第三皇子ティモシーである。


 ティモシーの存在に気づいた皆は息を呑み、彼が颯爽と歩いてロズリーヌの傍まで来るのを静かに見つめた。


「こんにちはロズリーヌ殿。あの日以来ですね」


 ティモシーはまずロズリーヌへ笑いかけてから隣に立ち、集まった面々に向かってもう一度分かりやすく宣言した。


「こんにちは皆さん。お話は聞かせてもらいました。私は全面的にロズリーヌ殿の考えに賛同します。けれど聖女シャルルリエル殿のように、残念だと考える方もいらっしゃるご様子。ならば定期的に本物を身に付けるような特別な機会を、私が設けましょう」


 この国最高峰の皇家の彼が口に出した『特別な機会』という言葉は、貴族たちの興味を駆り立てたようだ。皆の目の色が変わっていく。ロズリーヌは分かりやすく表情を変えた彼らの顔を順番に眺めながら、これはこれで面倒なことになったものだと今後を案じていた。


 皇族へ取り入る隙を自ら作るというのだから、彼の負担は計り知れない。それを計算できないティモシーではないはずだが、彼はむしろどこか楽しそうだった。


「皇家主催の催しなら警備も皇家の名で動かせますので、お客様の安全は私が必ず守りましょう。ただし、招待客は私と婚約者の彼女が選びますので、この場の全員を招待できるかは分かりませんが」


 ティモシーがロズリーヌの肩を抱くと、皆の表情は青ざめた。上げて落とすのが上手い。ティモシーは完全にこの場を掌握していた。


 しかし、それを良しとしない者がいる。


「さすが殿下ですわ! それならアクセサリーたちも喜ぶでしょうし、私も納得です!」


 シャルルリエルは慌てた様子で大きく声を張り上げた。ティモシーが攫った注目を集めるには声を大きくするしかなかったのだろうが、焦りも強調されてしまっており、これでは威光を誇示することができない。シャルルリエルを見つめる貴族たちの目は聖女を見る目ではなく、実力不足の男爵令嬢を見る目だ。


「マクシムも機会を設けますから! ね、マクシム!」


「あ、あぁ! もちろんだ!」


 味方がいないことを敏感に感じ取ったシャルルリエルがマクシムの胸を叩くと、マクシムはそういうおもちゃのように頷いた。ティモシーはそんな二人を見て、上品だが冷淡な笑みを零す。


「ご自由に。私の方は、そうですね。三ヵ月後くらいでいかがですか? 催しは何にしましょう? 舞踏会、交流会、夜会など、何でも。私にご意見を手紙にしたためて送ってください。一つ残らず目を通します。そして彼女と相談して招待状を送りましょう。お待ちしております」


 ティモシーが優雅に礼をすると、貴族たちは頭を叩かれたかのようにざわめいた。シャルルリエルやマクシムはそっちのけで戦略を立て始めている。


 皆の意識が計画に向かっている間に、ティモシーは「それでは」とロズリーヌの手を引いて、その場を辞した。


 耳だけを皆の声に傾けるとシャルルリエルの高い声が「こちらは一ヵ月後に開きます!」と叫んでいるのが聞こえてきたが、果たしてどうなることやら。


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