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久澄村エルフ奇譚   作者: 小町 翔平
30/39

寛治、有頂天になって。

寛治にいいことが起きます。

とても嬉しいことです。

本来はみんなが喜ぶことです。


では、どうぞ。

                    7




「夏休みになる前に、今年の久澄丸を演じる人を発表します」


 そう神主さんは言った。

 そして一学期最後の踊りの授業で神主さんは言った。


「今年の久澄丸は、真田寛治君に演じてもらいます」


 教室内が色めき立った。

 みんな、やったねとか、良かったねとか、すごいねと声をかけてくれた。

 おらもまさか選ばれるとは思ってはいなかったから、心臓が強く脈打っただ。

 神主さんは続けた。


「久澄丸は主役ですが、主役以外が重要な役ではないのかといったら、もちろんそうではありません。どの役も、豊穣祭りに欠かせない、大切な役です。みんなで力を合わせて今年も豊穣祭りを成功させましょう」


 授業が終わってからも下校中も、みんなはおらを囲んで大騒ぎだ。

 おらは気分がよかった。

 家に帰ったらおっ父とおっ母に報告しよう。

 兄弟らはどれくらい驚くだろう。

 そしてりっちゃんに、褒めてほしい。

 夏休みはみっちり踊りの稽古をするので、これまでの時間に逢うことは、まず無理だ。

 そのことの相談もしたい。


 夏になって日は伸びたけれど、おっ母が晩ご飯を作る時間が遅くなったわけではないので、しろへび様の話を終わりにする時間は春頃と変わらなかった。

 お菓子やお駄賃を受け取ってお開きになって、晩ご飯を食べながら、家族みんなに言っただ。

 おら、久澄丸に選ばれたよって。

 田んぼを挟んだ向こうの家まできっと聞こえただろう、家族全員の驚きの声が。


 久澄丸に選ばれて、家族が喜んでくれて、自分も嬉しくて、おらは有頂天になっただ。

 おらはどうしてもりっちゃんに報告したくて、晩ご飯を食べ終えてから日没までの時間に、逢いに行こうと決めた。

 逢えるかどうかはもちろんわからないけど、御神木まで行ってみようと、おっ父とおっ母に許可を取ってから走った。


 夏の夕暮れの匂いがした。

 田んぼや畑の、たわわに実った農作物の吐き出した匂いでもあり、昼の日差しを受けて土が水分を放出したときの匂いでもあり、村の四方を囲むお山から来る木々の匂いでもある。

 緩やかな南風に乗って、おらの鼻から吸いこまれるたんびに、その匂いはおらを嬉しくも切なくもした。


 おらが神社に着いたのはまだ太陽が沈み始めたばかりの頃で、これなら暗くなる前にはりっちゃんへの報告と帰宅を果たせると、そろばんをはじいた。

 階段を上りながら顔を上げると、ぽっかりと茜雲があった。

 見惚れてしまったせいで、階段で見事にけっつまずいてこけそうになった。


 お社を見て、はっとした。

 今日の午後の話なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、ここに来るのはおらが久澄丸に指名されてからは初めてなのだ。

 急に重圧を感じた。

 おらはお社の前に行き手を合わせた。

 未熟者ですが、精一杯、頑張ります、と。


 それから御神木に行って手を合わせたのだけど、りっちゃんには、やっぱり逢うことも話すこともできなかった。

 でも、どこがどう通っているのかと訊かれても上手く説明はできないのだけども、おらなりに筋は通したつもりになった。

 暗くなる前には帰ろうと、振り返った。


 三津男君と剛君と大吉君がいた。嗤っていた。


「しろへび様の使いの子。しろへび様には会えたのか?」

 三津男君が言った。

「うんにゃあ。会えなかっただよ」

「知ってるわ、んなこと。なんでお前が久澄丸なんだよ」

 剛君が責めてきた。

「おらが決めたわけじゃねえ。決めたのは神主さんだ。おらに文句を言うのは筋違いだ」


 おらはなんにも間違っていねえ自信があった。

 でも彼らには間違いか間違いじゃないかは問題じゃなかった。


「うるせえんだよ」


 三津男君のその声を合図にしたように、三人はおらに飛びかかってきた。

 おらは引きずり倒された。

 殴られて、蹴られた。痛くて怖くて、小便をちびって、泣いた。

 おらは頭を抱えてうずくまって、何にも抵抗はできなかっただ。


「おい、寛治。今度の踊りの稽古のときに、久澄丸はできませんって言え。辞退しろ。じゃなかったらこの程度じゃ済ませねえぞ。わかったか」

「……わかっただ」


 おらの返事を聞いた三津男君たちは、唾を吐いて帰っていった。

 おらはしばらく動けなかっただ。


寛治に嫌なことが起きます。

とても悲しいことです。

いつの世の中にも、人をねたむ、

非常識な輩はいるのです。

自分の間違いに気づいて、正せる人でありたいですね。


では、また。

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