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久澄村エルフ奇譚   作者: 小町 翔平
23/39

寛治、懸命に祈って。

友達に危機が訪れて、寛治はどう思うのか?

どうするのか?


でも実際そんな状況になったら

大人だってパニックになってしまいますよね。


では、どうぞ。

 だいちゃんの家ではおっ母を亡くしてから、家事は全般、おっ父が舵を取ってやっていたそうだ。

 豊兄ちゃんは優しく真面目な性格をしていて、久澄丸に選ばれたこともある。

 おらたちには言わないが、おっ父を支えようと家の手伝いは人一倍したはずだ。


 鈴は一時期ふさぎ込んでいたが、最近はまたよく笑う、昔の鈴に戻っていた。

 おっ母が死んで、だいちゃんの家ではそれぞれがそれぞれに苦しんで、それぞれがそれぞれの歩調で立ち直ろうとしていただ。


 魚を釣りに行くと、だいちゃんは出かけたそうだ。

 だからまず久澄川をたどって、下流まで探した。

 いなかった。

 だいちゃんが持って行った釣りの道具も見つからなかった。

 それは悪いことだが、良いことでもあった。

 現状で手にした情報が、だいちゃんはまだ溺死したわけではないと物語っていたから。

 ならばとそれから二手にわかれて、山の中を探すのだけど、もうとっぷりと陽が暮れていて、おらたち子どもは大人ひとりに付き添われて家に帰された。

 だからここからはおっ父から聞いた話だ。


 久澄川にも支流があって、魚だって獲れる。

 おらが転げ落ちた崖も、川につながっているのだ。

 村で魚釣りに行く場合は、釣り場は何か所かに決まっている。

 よく釣れて、川の流れの緩い、森の深くではない、子どもでもなるだけ安全な場所だ。

 だからきっとそこにいるに違いないと、その辺を探してみようと大人たちは躍起になった。

 冬山の夜は寒い。

 急がないと凍え死んでしまうことを、大人たちは知っている。

 笛を吹くのを見つけたときの合図にして、おっ父たちは探した。


 釣り竿だけが、あったそうだ。

 だいちゃんのおっ父の顔は灯りに照らされて橙色になっていたが、蒼白だとわかったそうだ。

 まだ死んだわけではねえ、とつぶやいて、だいちゃんのおっ父は崖を下った。

 何度怒鳴っても返事はない。

 何人かが慌てて後についた。

 夜の森は何も見えない。

 灯りがだいちゃんのおっ父の背中を照らす。

 考えていたことはみんな一緒だ。

 だいちゃんのおっ父は崖下に着くと、また怒鳴った。

 ついていった何人かが灯りを照らして周りを見渡す。

 唾をのんだ。

 二度、三度と見渡して、突っ伏しているだいちゃんの姿を発見した。

 そして冷たくなっているのが確認された。

 だいちゃんのおっ父は声をあげて泣いて、みんなはかける言葉が見つからなかったそうだ。

 崖の上で待機していた大人のひとりが、笛を吹いた。


 おらはだいちゃんの亡骸が発見される前に家に着いた。

 家の前に鈴がいて、おらに進捗を訊いてきた。

 

「だぁいじょぶだって言いたいけど、わかんねえんだ。ごめんな」


 鈴の淡い期待を裏切る言葉しか出せなくてただただ申し訳なかった。


「なんで謝んだ? 兄ちゃんを一生懸命に探してくれたんだべ。ありがとうね」

 と鈴は無理をした。

「今な、みんなが二手にわかれて、山に入って探してるところだ。おらは危ねえからって先に帰されたんだ。なあに、だぁいじょぶだ。きっと助かる」

「……なあ、寛治兄ちゃん。しろへび様に頼んでみてくんねえか? 助けてって」


 鈴に言われるまで考えもしなかった。おらの頭はなんて鈍いんだ。

 りっちゃん、りっちゃん、りっちゃん。

 おらは手を合わせた。目をぎゅっとつむって。


 何の返事もなかった。

 神社ではないのがいけないのではと思い立ち、灯りを、と家に入ろうと振り向いたとき、目の端に光が見えた。

 子どもらを家に送り届けた大人が、また山へと戻ろうとしているのだ。

 おらは走った。

 その人に事情を話して、神社まで連れて行ってけろとお願いをした。

 信心深いその人は、よし、と神社までおらの手を引いて走った。

 あんまり速いので、おらは転んだ。

 まったく、どんくさいったら。


 神社に着いて階段を駆け上がり、お社の前で手を合わせた。

 何の返事もない。

 だから御神木へと行った(おらひとりでないとしろへび様お姿を現してくれないかも、と付き添ってくれた大人の人には待っていてもらった)。


 りっちゃん。


 おらは心の底から祈った。

 今のほかに祈らなければならない状況なんて、そうそうないだろう。


 ねえ、りっちゃん。おらの友達が、だいちゃんが、大変なんだ。

 助けてくんろ。

 おらのときみたいに、助けてやってくんろ。


 声は聞こえない。

 姿も見えない。

 おらの祈りが足りないのかと、もっと心を込めた。

 さっと風が吹いて、おらはりっちゃん、と思った。

 でも違った。

 その風はただの風に過ぎなかったのだ。

 遠くで笛の音らしきものが聞こえて、付き添ってくれた大人が、寛治、と叫んだ。

 今度はおらが事情を説明してもらって、ふたりで山のほうへと走った。


 雲間から月明かりが差して、そして目が暗闇に慣れてきたこともあって、松明は消えてしまったのだけど、目に森の輪郭が見て取れるようになった。

 吉兆のように思えた。

 だからおらは、きっと助かったんだと信じて疑わなかった。

 それ以外の可能性なんて考えもしなかった。


 おらたちは松明を持った、二手にわかれたもう一方と合流して笛の音のしたほうに向かった。

 すぐに人だかりが見えた。

 そこはおらがりっちゃんに助けてもらった辺りで、大人たちが囲むように立っていた。

 おらは当然、だいちゃんを囲んでいるのだと思ったし、その通りだった。

 だいちゃんのおっ父が泣いているのを聞いても、うれし泣きだとしか思えなかった。

 おらに気がついた大人のひとりが、寛治は見んでねえ、とおらの足を止めた。


 こんなところで寝かしとくのも可哀そうだ、とだいちゃんのおっ父の肩に手を伸ばして、だいちゃんを抱き上げた。

 手も足も首もだらりとしていた。


 え?


「なしてしろへび様は助けてくれねえだ。あんまりでねえが」


 だいちゃんのおっ父にかける言葉を持った人はいなかった。

 だいちゃんの家の度重なる不幸に、村中が沈んだ。




いいことばかりが続かないのが人生。

とはいえ、嫌な目に遭いたくないのが人情。

私はつらい目に遭って立ち直れない人のことを

弱虫だとは思いません。絶対に。


では、また。

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