寛治、問われて。
だいちゃんのおっ父は、どうやって
悲しみを乗り越えたのか?
あるいは乗り越えられなかったのか?
どう読みますか?
では、どうぞ。
6
冬が終わっても、りっちゃんには逢えなかった。
学校が春休みになって、久澄村に積もっていた雪もあらかた溶けた。
おらは最上級生になった。
りっちゃんにあげるつもりの髪飾りは、しろへび様への贈り物ということにして、学校に行っている間はおっ母に隠してもらっていた(おっ父がおっ母にだけは話していたのだ)。
だいちゃんが死んでしまってから、また鈴はふさぎ込むようになってしまって、千代はとても気にかけていた。
お菓子、持ってっていいが?
と何度も足を運んで、冗談を言って笑わせようとしても、滅多には笑ってくれないのだそうだ。
山が怖いと言うようになったと、行くのはもちろん、見るのも怖いらしいと、千代はおらに相談してきた。
どうしたらいいべな?
と問われて、おらはうなっただけで答えらしい答えは言えなかった。
四方を山に囲まれたこの久澄村で、山が怖い、か。
こんなとき大人はよく
「お山にはしろへび様がいらっしゃって、おらたち久澄村のみんなを見守ってくれてるんだぞ、だから怖いことなんて何もねえ」
なんてあやすのだけど、鈴も鈴のおっ父の悲痛な叫びを聞いている。
しろへび様が助けてくれなかったって、憎しみとまではいかないだろうけど、少しの不信感は芽生えているように思えるのだ、少なくともおらは。
だからここのところ、鈴の前ではしろへび様は禁句だ。
それとも、それを踏まえたうえで、あえてしろへび様の話をするべきなのだろうか?
わからないだ。
兄ちゃんも一緒に来てくんろ。
そう言われて、おらと言えばしろへび様ってくらいなのに、おらが行ってもだいじょぶが? と不安がよぎったが、おらの手を引く千代の力があまりにも強かったので、断り切れなかった。
何かしらの考えがあるのかないのか、千代は鈴の家に着くまで、一度も振り返らなかった。
それはおらに対する申し訳なさからくるものだったのかもしれないし、鈴の心の具合が悪いのをしろへび様のお力を借りて治そうという強い決意のようでもあった。
豊兄ちゃんが表で大根を洗っていた。
おらたちに気がついて、おう、と手を挙げた。
「大根だ」
おらも手で合図を返した。
「うん。今晩はふろふき大根だ」
「おらも好きだ。鈴ちゃん、いる?」
千代が言った。
「山を見てると自分もいつか、だいみたいに死ぬんでねえがって怖がってっから、とりあえずは山を見て慣れろ、おらもみんなも山ほど山に出入りしてるけれど、死んでねえべ、だからなんも心配することねえ、て言い聞かせてるんだけどな。怖いもんは怖いみてえでどうしょうもねえ。なあ、寛治、またしろへび様の話でもしてくんねえか?」
「うん。いや、おら逆効果じゃねえかって思っただ」
おらははっとして訊いた。
「豊兄ちゃんのおっ父は、今何してるだ?」
「ん、おっ父は出かけてる、夜までには戻るって」
「ああ、そうか。しろへび様の話は、豊兄ちゃんのおっ父の前でしてはなんねえんでねえげ?」
だいちゃんのおっ父のだいちゃんが死んだときのしろへび様への恨み節は、相当深かった。
何度も何度も、何でだ、何で助けてくれねえだって人目もはばからず号泣していた。
四十九日を終えたあの日、お寺から帰ってくるだいちゃんの一家とおらはばったり出くわした。
おらはまだだいちゃんのおっ父が落ち込んでいるのではないかと表情を窺った。
おらを見てにっこりと笑うその顔に、ほっと胸を撫で下ろしただ。
「寛治君、だいとよく遊んでくれてありがとう。ときどきはお墓参り、してあげてけろ」
瞬きをした次には、やっぱりどこか寂しそうな目をしていた。
でもおらは覚えている。
だいちゃんのおっ父がおらたちにどれだけ優しくしれくれたかを。
あの優しい目が確かにおらの心を掴んでいた。
だからおらはあのときの恨み節を、まるでおらひとりに向けての文句、不平不満であるかのように思ってしまう自分を戒めた。
だいちゃんを助けなかったしろへび様と、しろへび様に助けられて生き長らえたおら。
憎いしろへび様と、その使いの子。
そう腹の中でおらを嫌っている、怒っているのではないか、と恐々としてしまう自分を。
だいちゃんのおっ父が言ったわけではねえ。
だからおらの決めつけ、妄想の類、そう言われればそうなのかもしれねえ。
でもおらはその日からだいちゃんのおっ父から逃げるようにしていただ。
「そんなことはねえだ。こないだも山が怖いって言ってる鈴に、鈴みたいなめんこい子はしろへび様が守ってくださるからだぁいじょぶだ、て言ってたぞ」
「……そうげ」
少し安心した。
でも、まだ心を凍らせるような危機感が拭えたわけではなかった。
そんなおらを見透かすように
「気にし過ぎだ。久澄村の人間で、しろへび様が嫌いな人間なんて、いるわけねえべ」
と豊兄ちゃんは笑った。
おらも笑って返した。
「ところで寛治、最近はしろへび様に、会ってねえのげ?」
「うん。春になる前には逢えるかもしれないみたいなことは言ってたけど、まだ逢えてねえんだ」
「そら、しろへび様は神様なんだから、忙しいわな。簡単には会えねえべ」
そんな話をしていると、がらがらと戸が開いた。鈴だ。
「今、しろへび様の話、した?」
「うん。でもまだ新しい情報は入ってはねえだ。だから豊兄ちゃんが神様なんだから忙しいわなって。簡単には会えねえべって」
おらは努めて明るく言った。
「なあ、寛治兄ちゃん。もし今度しろへび様に会ったら、何でだい兄ちゃんを助けてくれなかったのかって、その理由、訊いてもらえねえべか」
おらはひとつ息を吐いてから、真顔で言った。
「わかった。約束する。そんで理由を聞けたら、ちゃんと鈴に教える。約束だ」
鈴は微笑んだ。
千代がお菓子持ってきたよと笑って、縁側に座って四人で食べた。
冬と春の境目のような時候だった。
太陽がおらに半纏を脱がせた。
雲が東のお山の上に漂っているのを除けば、空のすべてが青だった。
肌を刺す冷たい空気と柔らかな生命の息吹とが入り混じったような青だ。
もうすぐ村の大人たちが本格的に田植えや畑仕事を始める時期になる。
おっ父の好きな土の匂いがプンプンする時期だ。
季節の移ろいによって世界が変化するように、人もまた変わる。
願わくは鈴の心も冬から春へと変わってほしい。
そう思った。
ここまではなんとか、一日一投稿(たまに二話投稿)のペースで
来ています。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
高望みかもしれませんが、
感想やポイントをいただけたらもっと嬉しいです。
これは自分で書いたら駄目なことですか?
では、また。




