あなたを愛することになる
「――と、いうわけなのですけれど。まだ謝罪が必要だと思われまして?」
思ったより長い話になってしまったけれど、シモンズ様は一度も遮らずに話を聞いてくれたわ。最初はずっと何やら釈然としない顔をしていたけれど、いつの間にか楽しげに相槌まで打ってくれていたの。
「……いや。シャーロット嬢、あなたには謝罪ではなく、最上級の感謝を」
「あら……」
ただ単に謝る必要はないと言いたかっただけなのだけれど、なぜか感謝されてしまったわ。
「お礼を言われるようなことは何もしていませんわ。死を覚悟して嫁いできたならともかく、私は単にいい条件の結婚話をお受けしただけですもの」
「それでも、だよ。いくら影響がないと分かっていても、呪われているというだけで忌避されてもおかしくないのに。それでもあなたは自分の意志で私を選んでくれた。それが私にはとても嬉しいんだ……ありがとう、シャーロット嬢」
「シモンズ様……」
「どうか、オリー、と」
「でしたら、私のこともシャルとお呼びくださいな、オリー様」
「……シャル」
向かいのソファに座っていたシモンズ、いえ、オリー様が柔らかく微笑んで立ち上がり、私の前に跪いた。
「改めて私からお願いしたい。私と結婚してくれ、シャル」
「……よろしいのですか?」
「あなたの話を聞いているうちに、どんどんあなたに惹かれてゆく自分に気づいたんだ。天地神明に誓ったことをすぐに翻す不届き者になってしまうが……私はきっと、あなたを愛することになると思う」
「それでしたらきっと、私たち相思相愛になれる日が来る気がしますわ。……末永く、よろしくお願いいたします」
差し出された手に自分の手を重ねると、そこにそっとオリー様の唇が触れる。そうして少しだけきゅっと力を込めてから手を離すと、今度は私の隣に座りなおした。
お前の嫁候補が来ているからと、名前くらいしか教えてもらえないまま突然寝室に押し込められて。そんなひどい状況だというのに、真っ先に出てきた言葉が私を安心させるためのものだった、優しい方。
「……私の天恵は、『毎日一輪ずつ、愛する人に贈るための花を生み出せる』能力なんだ」
「まあ、とても素敵な力ですのね」
麗しの貴公子には大層お似合いで、でも呪いの効果からすると皮肉すぎる天恵。それを聞いて、ずっと疑問だったことを思い出したわ。政治的には独身でも問題ないオリー様を、殿下はなぜ、執念深いほどの熱意で結婚させようとしたのか。
「もしかして、殿下はそのことを……?」
「ああ。私の両親は政略結婚ではあるが、とても仲睦まじくて。私も将来の伴侶とそんな関係を築くのが夢だと、天恵で生み出した花を毎日贈るのだと……ずっと昔、幼いころに一度だけ、そんな話をしたことがあった。……あんな些細な会話をいつまでも覚えていたんだとしたら、随分と頭の容量を無駄遣いしているな。もっと仕事を詰め込んでも大丈夫そうだ」
オリー様は皮肉気に笑ったけれど、その声は少しだけ嬉しそうに聞こえたわ。
「……いつか私が花を生み出せるようになったら、あなたに贈りたい。受け取ってくれるだろうか」
「もちろんですわ。いっとう綺麗な花瓶に生けて、いつでも眺められるようにお部屋に置きましょう。次の日に新しいお花に入れ替えたら、前の花は押し花にして、ずうっと残しておくのですわ」
「うん……いいね、それなら押し花専用の部屋を用意しよう。部屋中が押し花でいっぱいになるまで贈り続けるよ」
「部屋いっぱいの押し花! きっととても美しいのでしょうね、今から楽しみです」
準備をしている間は、どうすれば彼の弁舌に対抗できるかと悩んでおりましたのに。蓋を開けてみれば、こんなに穏やかに、心地よくお話ができるだなんて。
「あ……そういえば私、初夜になるかもしれない覚悟で乗り込んできたのですけれど……」
あんまり楽しくてうっかりしていたけれど、結婚が決まった以上はそういう流れになるのよね?
「そのことなんだが、私としては、今夜はこのままあなたと語り明かしたいと思っている。あなたのことをたくさん聞きたいし、私のことも聞いてほしい」
「話を……それだけでよろしいのですか?」
「それが政略上必要だというのならついさっき初めて会ったばかりの相手とでも閨事をするつもりはあるけれど、私たちはそうではないだろう? ちゃんと両家で顔合わせをして、結婚式も挙げて……そうする間に、もっと心を通じ合わせたいんだ。……もっとも」
オリー様がちゃめっ気たっぷりにウインクしながら続ける。
「もしこれがこの話をなかったことにするための時間稼ぎではないかとあなたが不安になるようなら、華麗なる女スパイ殿の色気に惑わされるのもやぶさかではないけれどね?」
「ふふ、そこは疑っていませんわ。これが婚約止まりであればオリー様の有責で破棄される心配をしたかもしれませんが、結婚まで口にしておいて覆すような方とは思えませんもの」
「決まりだな。せっかくだから紅茶でも用意しよう」
オリー様が使用人を呼ぶためのベルに手を伸ばす。ふ、とその動きが途中で止まって、こちらを振り返った。
「そうだ。ひとつだけどうしても気になって、先に教えてほしいことがあるんだが」
「なんですの?」
「その……結局、御父上の白髪はプチッといかれてしまったのだろうか」
「まあ!」
ふふふふっ、もう、オリヴァー様ったら、真面目な顔で何を仰るのかと思えば!
「それは是非とも、顔合わせの時に直接お確かめくださいませ!」
シャーロット父
石橋を建て替えて渡るタイプ。一日に十回は妻と娘を「待て待て」と宥めているが、時にそんな二人が慌てふためくほど大胆な行動にでる一面も。
シャーロット母
石橋だろうが吊り橋だろうが気にせず前進するタイプ。政略結婚だからゆっくりと距離を縮めていこうと思っていた夫にぐいぐい迫り、僅か半日で陥落させた過去を持つ。
シャーロット兄
橋の観察に夢中になっている間に渡るのを忘れるタイプ。シャーロットの結婚から遅れること半年、一緒に橋を眺めつつ頃合いを見て「そろそろ渡りましょう?」と声をかけてくれる気立のいいお嬢さんと婚約した。
シャーロット
橋そっちのけでじゃぶじゃぶ川遊びを始めるタイプ。自分がコールマン家で一番の常識人だと思っているが、私が頑張らなきゃ!みたいな気負いは特にない。家族みんな楽しくやっているし何の問題もないわ。
シモンズ公爵夫妻
日頃から橋の細やかな管理を欠かさないタイプ。愛息子であるオリヴァーの決断を尊重してはいるが、お嫁さんが来ないのは寂しいなと思っていたのでシャーロットの潜入には快く許可を出した。
オリヴァー
前日までには橋の点検と補修を終わらせて当日は悠々と渡るタイプ。一晩語り明かした翌朝早々に花を生み出して、「まぁ、まだ花瓶も用意できていませんのに!」とシャーロットを大笑いさせた。
王太子
有能な臣下がしっかり管理してくれているからどんな橋も安心して渡れると思っているタイプ。もちろんその分臣下の管理はきっちりする。オリヴァーとシャーロットの結婚式でシャーロット父と揃って大号泣し、参列者の腹筋を大いに鍛えた。
スカーレット
橋も川も関係なく縦横無尽に跳びまわるタイプ。大人気小説スカーレットシリーズの主人公。『女スパイ・スカーレットの華麗なる○○』のタイトルで、最新刊の『潜入』まで全十八巻が絶賛発売中。コールマン家では家族全員で共有して読んでいたが、ある意味キューピッドのようなものだから、とシャーロットの嫁入り道具のひとつとしてシモンズ家に持ち込まれた。すぐにシモンズ家も全員読者となり、コールマン家には代わりとして新しく全巻セットが贈られた。




