第98話 【相談相手】
昼休み。
休憩室。
宮本は缶コーヒーを飲んでいた。
向かいには若い清掃員。
二十代前半。
入社して半年ほどだった。
「宮本さん」
「ん?」
「看護師さんって辞めても困らないんですか?」
突然の質問だった。
「誰の話だ」
「高梨さん」
宮本は苦笑した。
最近の空気を感じ取っているのだろう。
「困るだろうけどな」
コーヒーを置く。
「俺らよりは困らん」
「そうなんですか」
「資格あるから」
若い清掃員は首を傾げる。
宮本は続けた。
「病院あるだろ」
「ありますね」
「施設もある」
「ありますね」
「訪問看護もある」
「ありますね」
「だから食いっぱぐれない」
若い清掃員は少し驚いた顔をした。
宮本は笑う。
「俺なんか違うぞ」
「……」
「もう五十八だ」
肩をすくめる。
「ここ辞めたら次探す方が大変だ」
その言葉は重かった。
現実だった。
「だから高梨さんは戦える」
宮本は窓の外を見る。
「生活のためだけなら我慢すればいいんだから」
若い清掃員は黙った。
それ以上言葉が出なかった。
午後。
高梨は新人看護師から相談を受けていた。
いつもの光景。
のはずだった。
しかし。
「すみません」
新人が頭を下げる。
「主任に聞いてみます」
そう言って去っていく。
高梨は少し驚いた。
以前なら。
最後まで話していた。
答えを求めていた。
だが最近は違う。
途中で終わる。
距離を感じる。
夕方。
主任との面談。
内容は普通だった。
勤務調整。
研修。
委員会。
だが。
最後に主任が言った。
「高梨さん」
「はい」
「少し休暇取りませんか」
高梨は顔を上げる。
「休暇?」
「有給残ってますよね」
「ありますけど」
主任は笑顔だった。
本当に心配しているようにも見える。
「最近疲れて見えるから」
高梨は礼を言った。
だが。
どこか違和感が残った。
夜。
ホテル。
榊は施設長から送られてきた報告を見ていた。
高梨への対応記録。
特別なことは何もない。
配置転換なし。
降格なし。
処分なし。
ただ。
少しずつ役割が減っている。
少しずつ中心から外れている。
少しずつ孤立している。
榊は画面を閉じた。
誰も傷付けていない。
誰も怒鳴っていない。
誰も命令していない。
だが。
確実に進んでいる。
組織が一人の人間を外へ押し出す作業が。
そして高梨もまた、
そのことに気付き始めていた。




