第97話 【居場所】
十月中旬。
高梨は変わらず働いていた。
利用者からの信頼は厚い。
家族からの評価も高い。
新人看護師からも慕われている。
何も問題はない。
表面上は。
午後。
会議室。
看護師だけのミーティング。
高梨が入室すると、
一瞬だけ会話が止まった。
そしてすぐ再開する。
ほんの数秒。
それだけだった。
だが高梨は気付く。
最近増えていた。
こういう場面が。
気のせいかもしれない。
だが。
気のせいではない気もする。
会議が始まる。
主任が資料を配る。
来年度の役割分担。
委員会。
教育担当。
研修担当。
例年なら高梨にも何かしら役割が付く。
しかし。
今回はない。
名前がなかった。
高梨は何も言わない。
主任も何も言わない。
会議はそのまま終わった。
夕方。
休憩室。
若い看護師が声を掛けてくる。
「高梨さん」
「どうしたの?」
少し言いにくそうな顔。
「相談があったんですけど」
「うん」
「やっぱりいいです」
そう言って去っていく。
高梨は見送った。
以前なら相談してきた。
最近は減っている。
なぜだろう。
答えは分かっていた。
噂だ。
高梨さんは会社と揉めている。
高梨さんに近付かない方がいい。
誰かが言ったわけじゃない。
だが組織には空気がある。
そして空気は伝染する。
夜。
施設長室。
榊と施設長。
二人きりだった。
「どうですか」
施設長が聞く。
榊は窓の外を見る。
「解任は難しい」
施設長は頷く。
予想通りだった。
「ですが」
榊は続ける。
「退職は可能です」
施設長は黙る。
その意味を理解していた。
「本人を追い込めと?」
榊は首を横に振る。
「違います」
静かな声だった。
「居場所を失わせるんです」
施設長の表情が曇る。
榊は続ける。
「高梨さんは看護師です」
「……」
「仕事はどこでもあります」
「……」
「だから戦える」
施設長は何も言わない。
「逆に言えば」
榊が言う。
「ここに居続ける理由がなくなれば辞めます」
部屋が静かになる。
施設長は知っていた。
榊が正しいことを。
そして。
その方法が最も傷が少ないことも。
懲戒解雇はできない。
能力に問題もない。
だから。
少しずつ孤立させる。
少しずつ役割を減らす。
少しずつ組織の外へ押し出す。
現実に最もよく使われる方法だった。
帰り際。
榊は廊下で高梨とすれ違う。
「お疲れ様です」
高梨が言う。
「お疲れ様」
短いやり取り。
だが。
高梨は気付いていた。
最近。
榊の視線が変わったことに。
調査者の目ではない。
何かを決めた人間の目だった。
その瞬間。
高梨は初めて理解する。
この人は味方ではない。
最初から?




